久しぶりに外へ出ようと思ったのは、単なる気まぐれだった。 の家に転がり込んでから僕は1歩も外へ出ていない。は「日本ではそういうの引き篭もりって言うんですよ。知ってました?」と嫌味を言うが、別に出たくなくて家にいるわけではない。僕の腹の傷は見た目よりも酷いのだ。といっても幻術で傷は隠しているし、少しずつ治しているから走ったり転んだりしない限りは立っていても支障はなかった。その傷がようやく治りつつある。朝幻術を解いて確認したが、傷は薄っすらとピンクの肉が一筋盛り上がっているだけで、傷は完全に塞がっていた。 「骸さん何処行くんですか?」 「来ればわかりますよ。」 そういうものの目的があるわけではない。 ただ足の赴くままに歩き、ぶらぶらする。そんな僕には文句を言いながらも付いてくる。彼女も暇なのだ。(そういえば彼女が暇じゃなかった時などあっただろうか。家に帰るといつもくだらない話や実験をやっている)(昨日はカメラのバルブモードを使った写真の撮り方を紹介した番組に興味津々で無理矢理実験に付き合わされた。)後ろを盗み見ると僕の後を付いて来ていたが、ぽつぽつと出ている露店を興味深そうにきょろきょろと眺めていた。その目の動きが早すぎてそのうち目を回すんじゃないかと思う。結局僕の予想は当たり、しばらくしてからは目を押さえて立ち止まった。まったく世話が焼ける。 「そんなに見たいなら一言いってくれれば良かったのに。」 「あまりにも見たいのがありすぎてどっち見ていいかわからなかったんですよ・・・。」 木陰のベンチでは口をへの字に曲げて眉を寄せた。 すると美人ではない顔がさらに残念な顔になる。は決して可愛いわけでも綺麗なわけでもない。雲雀の言葉を借りるなら“地味な顔”。それから影響されやすい性格のためか子供っぽく見える。およそ僕より1つ下とは思えなかった。 「いー天気ですねぇ。」 は青い空を見ながらのんびりと呟いた。 木漏れ日の光がの髪をキラキラと輝かせる。サイドにまとめた髪が風に揺れた。我ながら良い出来栄えだ。僕が来る前はどうだったか知らないが、は不器用なのできっと手櫛で適当にまとめただけだったのだろう。未だにが結ぶと髪の毛が絡まったり、変な所から後れ毛が出てくるからの髪を結ぶのは僕の役割になりつつある。 「そろそろ行きましょうか。」 大きな欠伸をしたにそう言えば、彼女は「露店見たいです」と挙手をする。 その仕草が教師を前にした生徒のようで、少し笑えた。彼女の大学生活を垣間見た気がしたのだ。 ***** 今日は思いのほか露店が多かった。 看板にはフリーマーケットの文字。どうりで人も多いわけだ。迷子にしないように(あくまでを、だ)手を繋ぐと彼女は驚いた様子もなくいつも通りの態度で「くじ引きやりましょーよ!」と逆に僕を引っ張っていく。の頭にはこの間の僕とのキスはすっかりデリートされたようだ。そもそも彼女はアレをキスだと思っていないのかもしれない。シチューが付いてるわけないのに。そういえば顔すら赤くしていなかった。ぎょっとした顔をしただけだ。別に僕だってアレをキスだと思っていないし、意識されたいわけでもない。ただこの僕がこんな平凡にキスに近い行為をしたのに、なかった事にされるのが腹立つのだ。 「骸さん、今ナルシストっぽい顔しましたよ?」 「・・・ほっといてください。それよりそのティッシュはなんですか。」 「・・・そっちの方こそほっといてください。残念賞ですよ。」 どうやらの不器用は私生活だけでなく、くじ運にすらおよぶらしい。 気まずい顔で次の露店を覗く。キラキラと輝くアクセサリーの売られたその店は好みではなかったようだ。手に取る事もなくすぐに違う店へと足を向ける。そういえばあの錆びたネックレスはいつ捨てるんだろう。ふと彼女がいつも身につけている安っぽいネックレスが気にかかった。今日だっての首にはあのネックレスが鈍い色を放っていた。おもしろくない。 はいつだって適当で滅茶苦茶だった。 大学のレポートも煮詰まると適当に書くし、バターとマーガリンの違いも「高いか安いか」だと思っている。飲みに行ったお店のポイントカードの有効期限が“空に太陽がある限り”と書かれてあったのに大変感動し、それから数日そのフレーズを多用しまくっていた。(軽くウザかったがスルーだ)髪を留めるゴムがなければ、あの食品の口を縛る輪ゴムを使うくせに、あのネックレスだけは替える事がない。以前面白半分で彼女が寝ている隙にネックレスを隠した事がある。ちょっとした出来心だ。僕は彼女が起きるまで「なくしちゃったみたいですねぇ」といつものようにのんびりと言って、「ま、いっか」と大学に行くんだと思っていた。なのには大学には行かず、家の中を引っ繰り返してネックレスを探していた。そんな事初めてだった。結局見つかるまで僕が新しいのを買ってあげると言っても、映画を観ようといっても何も反応を返さなかった。 「・・・・おもしろくない。」 「え?なんか言いました?」 「別に。それよりそんな錆びたネックレスいい加減捨てたらどうですか。」 「いーじゃないですか。気に入ってるんです。」 「(・・・ネックレスなんて、ただの過去じゃないか)」 彼女がそのネックレスをくれた人をいくら想おうと、そんなのは過去だ。もう過ぎ去った事。 それなのに未だに身につけるなんて本当に腹が立つ。無様過ぎだ。結局彼女もただのオンナだったのだ。他のつまらないオンナと同じく、恋だの愛だのくだらない事を美化している。反吐が出る。こんな平凡、さっさと現実を思い知ってしまえばいい。露店が並ぶストリートの向かいに、ある店が目に入った。女性に人気だと噂の店。以前仕事の関係で利用した事がある。迷わずの腕を取り、強引に道路を渡る。 「えぇえ、ちょ、骸さん?!」 驚くなんて無視だ。平民は僕にただ従っていればいい。 白で統一されたその店の入り口を潜ると中の店員全員が僕に気づき深々と頭を下ろす。その姿にはまたびっくりしていた。年配の男性がにこやかに寄って来る。 「いらっしゃいませ、六道様。」 逃げようとするの腕を強く掴んで愛想のいいだろう笑みを浮かべる。 「この子に似合うネックレスをお願いします。」 声にならない悲鳴がから聞こえた。 ***** 「高いじゃないですか、高いじゃないですか、高いじゃないですか。なんですかあそこ!ゼロの数が尋常じゃないですよ!!ヒィィ!」 「普通ですよ。」 店員に笑顔で見送られ、店が見えなくなってからが真っ青な顔で突っかかってくる。別にの金じゃないんだし、そんなに慌てる事ないのに。そんな気持ちを込めて「アレくらいなら揃いのブレスも買えますよ。今からでも買いますか?」と聞いたら「これだから坊ちゃん風情はァァァァァ!!!」とわけのわからない事を喚きだす。空はもう茜色に染まっていて、すれ違う人が挙動不審のに首をかしげて通り過ぎた。さて、今日の夕食は何にしよう。 「・・・・どういうつもりなんですか。」 ちらりとを見ると彼女が僕をじっと見ていた。その黒い目に戸惑った色が浮かんでいる。「何がです?」ととぼけてみれば「ネックレスの事ですよ!」と透かさずにが噛み付いた。 「別にいいじゃないですか。あなたが払ったわけじゃないんだし。」 「だからこそ問題があるんです!・・・なんで骸さんが払ったネックレスが私に贈られるんですか。」 の声はいつものようなあの能天気な声ではなかった。 何か見極めようとしているような声で、彼女にもそれなりの思慮があったんだなぁ、と場違いな所に感心する。小さく息を吐く。どう返答しようか。正直僕だって何故こんな事したのかわからない。ただに腹が立ったから、少しその顔を驚かせたかっただけだ。そう言ってやればよかった。なのにそう言うのは何故か気が引けて、「お世話になっているお礼ですよ」と素っ気無く吐き捨てる。は目をぱちくりさせてから「2か月分の家賃にしては高級すぎますよ」とやけに真面目な顔で言うものだから、僕は全てが馬鹿馬鹿しくなっての額にデコピンをお見舞いする事にした。 |
偽 り サ ー カ ス
(道化師ははたしてどちらでしょう?)
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