「来週の木曜日合コンね。」ジェシュカの一言でその日私はスキップしながら家に帰った。
途中でスキップが崩れたけど気にしない。新しい出会いだ!昔の恋をようやく燃えるゴミに捨てる日が来たのだ。カバンをぐるんぐるんと回してステンレスの安っぽい門をくぐって、家のドアに手をかける。骸さんが来てからは鍵を閉める必要がなくなった。


「ただいまー」


テンション高めに声をかける。
廊下には良い匂いが漂っていた。今日はシチューらしい。スニーカーを脱いで靴下のまま廊下を走り、合コンに行く事を骸さんに報告しようと(いつからそうなったのか、私は家に帰ると料理中の骸さんに付いて回って今日の出来事をたらたら語るのが日課になった)リビングに飛び込む。


「・・・・・・。」






なんか骸さんじゃない男の人が紅茶を飲んでいた。軽くデジャヴだ。


*****


そこに居たのは、落ち着いた雰囲気を醸し出す男性だった。年は骸さんと同じくらい。短めの黒髪に吊りあがった切れ長の黒い目。骸さんとはまた違った美しさというのがある。骸さんが西洋人形ならこの人は日本人形って感じだ。紅茶のカップに口をつけて、彼は入り口に突っ立っている私を一瞥し、また視線を戻す。視線の先はテレビ。ニュースかと思ったらクイズ番組だった。・・・・なんか番組の選択を間違えている気がする。


「おや、帰ってきたんですか?」
「む、むむ骸さん!(うちに知らない人が!!!)」


キッチンから顔をひょこっと出した骸さんに私は顎でテレビに向かって答えを呟く男を示し、一生懸命謎の男を示したのの、骸さんは知らない振り(骸さんに限ってわからないはずかない。この人は頭が良い。ついでにドSだ。この状況を内心で楽しんでいるのだろう)をして「うがい手洗いしてきなさい」と私をリビングから追い出した。これじゃどちらが家主かわからない。いや家主はクロロなんだけど、彼がいない今この家は私が主であっていると思う。その家主に対してこの仕打ちはいかがなものか、と私が思うのも当然じゃないか。ついでに子ども扱いもやめてほしい。私は成人している、れっきとした大人なのだ!


腹立たしい気持ちを抑えてうがいと手洗いをすませ、再びリビングに入ると例の彼はやっぱりクイズ番組を見ていた。仕立ての良いスーツは彼によく似合っている。なのになぜか堅気には見えなかった。たぶんあの鋭い目付きがそうさせるのかもしれない。


「座ったら?」
「・・・・はい、」


恐る恐る向かいの席に座る。
彼はさっきまで私の存在なんてなかったもののようにテレビを見ていたのに、私が椅子に座るとテレビを消して顔をまじまじと見てきた。その目付きが恐ろしい。まだ何もされていないのに尋問されている気分になる。ふいに彼が息をつく。


「地味な顔。」
「・・・・(初っ端から喧嘩売ってんのかこの人)」
「大学生だっけ?」
「はぁ、そうです。」
「声もそんなによくないね。」


本当になんなんだ。
さっきからダメだししかされていない。そりゃ私は凪みたいに可愛いわけじゃないし、ジェシュカみたいに綺麗なわけでもない。クロロにも「お前のその一瞬で忘れ去られるような地味顔は盗賊に向いている」とバカにされた。(彼は褒めたのだろうけど、そんなので嬉しがるやつがいたら見てみたい)でも事実だから仕方がないと、最近やっとそう思えてきたにもかかわらず、声までダメだしをされるとは思わなかった。


「・・・いーんです。一瞬で忘れ去られるような地味顔と可愛くもない声が好きって人と付き合うので。」
「そんなマニアックなのいるかな。」
「世界にはデブ専ブス専ってーのがいるんですよ。というか、大切なのは心なわけでですねぇ、」
「モテない人間って最後には決まってそう言うよね。合言葉なの?」
「・・・・・・・・なんか嫌味ばっかですね。」


彼は「そう?」と頬杖を付いて首を掲げた。自覚がないらしい。一番面倒臭いタイプだ。
その後も彼は嫌味しか言わなかった。化粧が雑だとか(今日は骸さんがやってくれなかったから仕方がない)服のセンスがいまいちとか(それは人それぞれだろ!)私でなかったらとっくに『あしたのジョー』のように燃えカスになっていただろう。それくらい彼の言葉はツララのように鋭かった。


「雲雀、を苛めるな。」
「苛めてるつもりはない。本当の事を言ったまでだよ。」
「君の無自覚な物言いが彼女を傷つけてるんです。彼女の顔が地味だって声が悪くたっていいじゃないですか。僕は良いと思いますよ。それを君はバカ面だとか能天気すぎて豆腐の角に頭ぶつけてしまえとか、車に引かれたカエルのような声だとか、彼女をなんだと思ってるんですか。」
「いやそこまで言われてないです。つーか、それ骸さんが思ってることですよね。アンタこそ私をなんだと思ってるんですか。」


パン用の皿とフランスパンを持ってやってきた骸さんはにっこりと笑って私の突っ込みをシカトした。
いやいや流しちゃいけないところだよ。大事な所だよ!そんな意味も含んだ目で見つめたら「、シチューを分けてください。」と以心伝心率0パーセントの台詞が飛んできた。しかし此処で駄々をこねると骸さんが恐い。骸さんは以前、テレビに夢中で夕飯の準備を中々やらない私に痺れを切らしてヘビを降らせた事がある。幻術の一種と後で知らされたがあんな経験はもうしたくない。渋々ながら席を立つ。骸さんの後を追ってキッチンに入ると良い匂いが濃くなった。誘われるように鍋の中を覗き込む。白いとろみのあるスープにジャガイモやにんじんがごろごろと浮かんでいた。


「うぁ〜、おいしそーですねぇ!クリームシチューは私の好物ランキングの38位ですよ。」
「微妙な順位じゃないですか!おいしそうで留めて置いてくださいよ!」
「世界にどんだけの料理あると思ってるんですか。38位って言ったら上位で・・・げっ!」


オタマでシチューを分けていると忌まわしいものが入っていた。
緑色のアレ。この木何の木きになる木でおなじみのアレだ。ブロッコリー・・・・。私が嫌いな食べ物第1位の天敵。思わず振り向くと骸さんが半眼で腕を組んでいた。その顔は「いい年こいてブロッコリーくらい食べなさい」と言っている。あなたは私の母親ですか。腹が立つもののそんな事真っ向から言えない。私は鍋に向き直り、器にシチューを盛る。こんなのは全ての器に緑のアレを入れなければいいのだ。幸い分配は私である。ブロッコリーを入れるも入れないも私の意のままだ!!


・・・と思っていたのも1分くらいで、骸さんは私よりも1枚上手だった。
分配したシチューを見て骸さんは私からオタマを奪うと3つの器全てに憎きブロッコリーを4個ずつ入れた。まったく、この人には血も涙もない。



****


「いただきます」


手を合わせてシチューを頬張る。
向かいには例のあの人が(こんな言い方をするとハリポタみたいだ)、私の隣には骸さんが座った。いつもなら向かいの席に座る骸さんが隣にいるのは変な感じがしたけど、シチューが美味しいのですぐにそんな違和感も忘れた。もぐもぐとじゃがいもを頬張っていると向かいから視線を感じる。顔を上げれば吊った目がじっと私を見ていた。


「・・・・なにか。」
「小動物みたい。頬袋でもあるんじゃないの。」
「ないです。というか、どちらさまですか。保険会社のセールスさんですか。」


眉を寄せて疑わしげに彼を見ると、「雲雀。」しばらく凝視していた彼が呟いた。
どうやら名前らしい。ファミリーかファーストかは判断できないが。そんな私に助け船を出したのは骸さんだ。


「彼は雲雀恭弥と言って、僕の知り合いです。」
「はぁ。骸さんにも知り合いいたんですね・・・」
「・・・この間からは僕をなんだと思ってるんです。」
「僕はこんな奴と知り合いだとは思ってないけど。むしろ早くくたばればいいのに。」
「骸さん・・・いや私はいいと思いますよ。知り合いと思うにはまず自分が相手の事を知り合いと思わないとですねぇ」
「・・・・今かんっぜんに僕の事かわいそうな人と思いましたよね。それから僕だって雲雀なんて死ねばいいと思っています。」


なんか雲行きが一気に怪しくなっている。
向かいからはチリチリと産毛が逆立つような殺気を感じるし、隣からは背筋がゾクゾクする寒気を感じる。私はこの空気を消し去るべく手段として「ひ、雲雀さんは何してる人なんですか?」と質問してみた。


「?・・・六道と同じだけど。」
「へぇ、詐欺的なヤツですか?そうは見えませんが・・・いやでも見方によっては花瓶とは売ってそうですね。」


骸さん+胡散臭い笑み+日陰の人とくれば詐欺しかない。
私はてっきり骸さんは詐欺か何かで生活しているのだと思っていた。だってあの顔だ。ころっといく人がいてもおかしくない。怪我したのはアレだ。詐欺を働こうとした家がヤバイ感じの・・・たとえばマフィアとかそんなのだったに違いない。マフィアなら腹くらい裂くだろう。想像だけど。1人納得してシチューを食べ始める。そんな私を雲雀さんは少し驚いた顔をして眺めた後、骸さんに視線を移し「何も話してないの?」と意外だといわんばかりの声を出した。話していないってなんだろう。にんじんを咀嚼しながら私も骸さんを見る。骸さんは彼の問いを黙殺して私に向き直ると「ちゃんとブロッコリーも食べなさい。」とさりげなく例のアレを端に寄せた私の皿を指摘してきた。細かい。


「ふぅん、言ってないんだ。―――ねぇ、」


ブロッコリーの攻防をしていた私と骸さんを眺めていた雲雀さんがぽつりと呟く。前半はぼやきで、後半は私に向けた言葉だとすぐにわかった。彼を見ると面白いものを見るように薄っすらと微笑んでいる。


「選ばれた者は凡人社会の法を無視する権利がある、君はこの言葉どう思う?」
「ドストエフスキーの『罪と罰』、ですか。」
「知ってるんだ?」
「最近何かと縁がある本です。」
「そう。で、君はどう思う?」


雲雀さんの目がギラリと光る。
骸さんは何も言わない。ただ、隣で答えを待っている風だった。緊迫した空気が漂う。何をかはわからないものの、何か重大な選択を迫られているような気がして、私は小さく息を吐き出した。その吐息すら大きく聞こえる。


「その質問、これまでに2人にされましたよ。流行ってるんですかね。」
「さぁね。」
「私はそんな権利なければいいのにって思いますよ。」


1人の人間の人生を踏み躙る権利なんて誰にもない。
それこそ金持ちであろうが聖職者であろうが、殺人鬼であろうがそんな権利持っていないはずだ。隣で骸さんの呼吸がぶれたのがわかった。何故かは知らない。もう1度息を吐く。肩を力を抜いてへらりと笑えば向かいの雲雀さんは目を少しだけ丸くした。


「ただそんな綺麗事言ってらんないのが世の中じゃないですか。今のは私の希望です。」
「その希望を叶えようとは思わないの?」
「あぁそういうガッツ私にはありませんから。それに私がこうして生きていられるのも凡人社会の法を無視する父のおかげですし。まぁ、なんというか、難しい問題ですよねぇ。」
「意外と冷めてるんだ?」
「父が言うには、私の長所は薄情にすら思える線引きと図太さらしいですよ。」


とにもかくにも私は選ばれなかった者でいたいですね。選ばれた人間が必ずしも選ばれた分だけの実績を残すとは限らないんで。失敗したら何を言われるかわかんないじゃないですか。胃炎に成りそうです。とぼやくと雲雀さんは喉を震わせて「面白い子」と笑った。


*****


「それじゃ、気をつけて。」


これから仕事があるらしい雲雀さんを玄関まで見送る。
私の後ろには壁にもたれかかって無言で雲雀さんを見つめている骸さんがいる。知り合い、というか仕事仲間同士なのにお互いに声をかけない辺り、あまり仲は良くなさそうだ。食事中からもそんな雰囲気は漂っていたけど。「六道、」靴を履いた雲雀さんはその吊った黒目で骸さんを射る。


「君はしばらく内勤だ。沢田には僕から言っといてあげるよ。」
「あなたの口からそんな言葉が出るなんて、どういう風の吹き回しですか。」
「別に。ただ君が飼っている小動物は中々面白い。僕は面白いものが好きなんだ。だから君が言うまで全ての事を黙っててあげる。」


雲雀さんが薄っすら笑う。すると後ろからただならない悪寒を感じた。
背筋がゾクゾクする。それなのにその殺気を一身に受けているはずの雲雀さんは笑ったままで、失礼ながらこの人頭おかしいんじゃないかと思った。


、」
「(やべっ、顔に出ちゃった?)・・・はい。って、あれ。私まだ名乗って・・・ぐぇっ」


いきなりタートルネックの部分を掴まれた。
引かれて前屈みになると随分と近くにお綺麗な顔があるわけで、その顔が実に愉快そうに笑う。いじめっ子の顔だ。雲雀さんは苦しさに顔をゆがめる私の事なんかまるっきり無視したように顔をもっと寄せ、私の口の端をぺろりと舐めた。一瞬の事だった。時間にして1秒もない。何をされたのか認識する暇もなく、今度は後ろの首根っこをつかまれ、後ろに引かれる。そのときには雲雀さんは手を緩めていたから服が伸びる事も、首を握りつぶされることもなく後ろ、骸さんの方に倒れることになった。


「・・・なんのつもりだ。」


耳元で唸るような低い声が聞こえる。
地を這いずる様な声だ。骸さんの声だと気が付くのに数秒かかる。どんな顔をしているのかは、抱きこまれた所為で見えないが、少なくとも楽しそうな顔はしていないだろう。雲雀さんは平然としていた。この人は本当に人間でしょうか。此処までくると疑いたくなる。


「口の端にシチューついてたから取ってあげただけだよ。それに君が怒る事じゃない。」
「・・・・・・・。」
「じゃぁね、。」


雲雀さんは最後まで意地悪く笑っているだけだった。
対する骸さんの顔はわからないけど機嫌が悪いのは手に取るようにわかる。このままだとヘビでも降ってくるかもしれない。想像しただけでゾッとする。雲雀さんは、玄関を出る際1度だけ振り向いて「あぁそうだ。僕は意外と一瞬で忘れ去られるような地味顔と可愛くもない声が好きなタイプみたいだよ。」と謎の言葉を吐いて出て行った。


「・・・嵐みたいな人でしたね。」
「・・・・・・・。」
「骸さーん。聞こえてますかー。」


腕の拘束が緩まったので振り向けば、何を考えているかわからないオッドアイが私をじっと見ていた。
美人の無表情はやけに威力がある。何も疚しいことはないのになんとなく気まずくて目をぐるぐる泳がせる。すると骸さんは呆れたようにため息をつき、いきなり私の口をぺろりと舐めてきた。前置きが1つもない。前置きがあったとしても今の行動はおかしいだろう。ぎょっと骸さんを見上げれば冷静な顔で「シチューが口についてました」と言われ、さらに「ブロッコリー残してましたよね。アレを食べるまでデザートはお預けです」と私が忘れて欲しいアレの問題を掘り返してきた。何が何だかわからないけど、とりあえずブロッコリーの数を減らしてくれないだろうか。4つって・・・・あまりにも多すぎる。


食後に口を拭いたので口の周りには何も付いていなかった筈だと思い出したのは、アメトークを見終わった後だ。困った。完全にタイミングを逃した。

嫌 が ら せ 工 房
(今更聞くのは野暮である。)


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