「さぁさぁ、六道さん。言い逃れは出来ませんよ。」


そう言ってスタンドライトを向かいに座る骸さんに当てると彼は呆れ顔で「朝から元気ですね」と大きな欠伸をした。綺麗な髪はぼさぼさで、白いシャツもよれている。それもそのはずで、骸さんは今まで寝ていたのだ。私のベッドで私と一緒に。


「裏は取れてるんです!さっさと白状してください。犯人はお前だ!」
「犯人はって・・・それ言いたいだけでしょう。」
「昨日は名探偵コナンがやっていたんです。凪と一緒に・・・そう!凪!神様からの贈り物は何処に行ったんですか!」
「(なんかクロームに変な名前が付いている!)・・・彼女は帰りましたよ。」


骸さんは目を泳がせながらそんな事を言う。嘘丸出しじゃないか。
ライトの首の所を曲げて彼の顔にピンポイントで当てる。骸さんは眩しそうに目を細めて、私からライトを奪った。どうやら容疑者は白状するつもりはないらしい。手持ち無沙汰な私はテーブルの花瓶を弄くる。花瓶には昨日にはなかった赤いバラが1輪咲いていた。瑞々しいそれに触れようとすると「棘があるかもしれないのだから無闇に触らない方が良いですよ」と花瓶まで遠ざけられる。私の手の届く範囲には何もなくなってしまった。


「つまらない。」
「手持ち無沙汰なのが?凪がいないのが?」
「両方ですよ。あーあ、今日は授業も無いし、凪と家にある本でドミノ倒ししようと思ってたんですよ。」
「どんだけ暇なんですか?!凪をそんなくだらないのに誘わないで下さい!!」
「くだらないとは何ですか。ドミノに謝ってくださいよ。それにドミノしたことないって言ってたし。」


いいな、あれ。
昨日ベッドにもぐりこんでから2人でユーチューブのピタゴラスイッチを見たとき、コロコロと球が転がるのを見て凪が呟いた。なんとなく呟いたのかもしれないけど私には本当に羨ましそうに見えた。「ドミノとかやった事ないの?」って聞いたら小さく頷くから、折角だし今日は本ドミノをやろうと思っていたのだ。口を尖らせて「あー」を3回連呼してみる。特に意味はない。


「・・・凪はあなたの事とても気に入っていましたよ。あの子にしては珍しくはしゃいでいました。」
「え?」
、」


ぼそりと呟いた骸さんは、私の怪訝な目などまるっきり無視して髪を掻き揚げると「ゲームをしませんか」と言ってきた。


「簡単なゲームです。コイントスで勝った方が負けた方に1つ質問をする。敗者は質問に対して絶対嘘をついてはいけない。ただし1回だけパスが出来る。1度した質問をもう1度質問してはいけない。どうですか?おもしろいでしょう?」
「別に。」
「では始めましょう。」
「(勝手に始まった!!)」


ピーンとコインの弾かれる音と共に骸さんは右手の甲に左手を重ねた。
「表?裏?」にっこりと笑って無言で聞いてくる。


「・・・・・うら。」
「おや残念。の勝ちです。」
「そうだなぁ、・・・・あ、骸さんの傷は今どうなってるんですか?」


あんなぱっくりと切り裂かれて、次の日には朝ごはん作るってのはどう考えても信じられなかった。
今だって全く辛そうな顔をしていない。


「傷は今もあります。ただ、僕の幻術で修復しているので日常生活に差し支えはありません。」
「幻術ってなんですか?」
「質問は1回ですよ。さぁ次。」
「(融通の利かない・・・ま、それがゲームか)裏。」
「表です。」


骸さんの手の甲には蜘蛛の印の付いた方が乗っていた。
クロロのコインだ。喧嘩になったり取り合いになったときクロロは骸さんのようにコイントスをやった。ただクロロは目が良い。結局いつだってクロロ優先であったからコインの意味はないのだが。


「あなたは人を殺した事がありますか?」
「うわ、初っ端から重いんですけど!」
「どうなんですか?」
「え、あ、んー、骸さんが“殺し”って言うのをどう捉えているかによりますね。私は生まれてから沢山のものを犠牲にして生きてきたわけだし。そう言う意味ならあります。」
「人間なんて皆そうですよ。命の取り合いは?」
「質問は1回でしょ?」
「クハ、確かに。では次に行きましょう。」


次も骸さんが勝った。
しかしさっきの質問はしなかった。変なの、と思っていたら「1度した質問は出来ませんからね。」とすまし顔で言われた。そういえばそうだ。すっかり忘れていたよ。骸さんの質問は「凪の事、どう思いますか?」だった。どうもこうも気が利くし、話も合うし、なにより可愛い。素直に言えば骸さんは意外そうな顔をして「あなたみたいなタイプは、ああいう子とは合わないと思っていました。」と余計な事を言う。


「そんな事ないですよ。凪がどう思ってるかは知らないけど、私は彼女と話していて楽しかったです。本の趣味も合うし。」
「ドストエフスキーの『罪と罰』、でしたっけ?があんなに詳しかったとは。」
「一応文学科ですから。・・・・というか、さっきから骸さん昨日の話題知りすぎじゃありません?どっかに隠れてたんですか?」
「凪が知ってることは僕も知っています。凪は僕で、僕は凪だから。」


こんなことを言うと、変人だと思うかもしれませんが。
そう前置きして骸さんは足を組み替えた。変人も何も会った当初から変人だったから今更何を言われようと驚きはしないだろう。私は余裕のある顔をして骸さんを見据えた。自分ではきりっとした顔のつもりが「なに渋い顔してるんですか」と言われた。なんて事だ。
骸さんの話は長いものではなかった。
ただ少しややこしくて短くすると、骸さんと凪は同一人物で、体の面で言えば凪の体らしい。凪が事故で死に掛けた時、骸さんの力のお陰で凪は助かり、その代わりとして幽霊の骸さんが凪の体を時々借りている。凪が彼の事を“命の恩人”と言っていたのもそのためだったのだ。


「僕は幽霊じゃありませんよ。ただ今は動けない所にいるので思念体として凪の体に一時避難しているんです。」
「はぁーなんというか、大変ですね。両方とも。でも、思念体ならなんで凪の姿のままじゃないんですか?」
「僕には凪の体を借りて僕の姿を実現させる力があるんです。幻術と言いましてね、ないものをあるように見せる。謎は解けましたか?ゲームを続けますよ。」


結構深刻な話のはずなのに骸さんは、何でもないような声でさらっと言い放った。
コインは中を廻り、彼の甲に落ちていく。




******


「・・・・・・なんかズルしてませんか。骸さんばかり勝っているんですが。」
「どうやって?僕がコイントスをしてが答える。平等ですよ。自分の運がないからと言って僕を疑うのはやめてくれます?」


骸さんは眉を顰めて私に冷たい目を向けた。確かに正論だ。黙り込むしかない。
でもさっきから骸さんしか質問をしていないのだ。疑うのは当然だろう。私の個人情報ばかり抜き取られている。私が得た骸さんの情報は、傷の具合は大丈夫な事と凪と骸さんが複雑な関係である事くらいだ。それに比べて私は自分の大学とか好きな食べ物とか家族の事とか(クロロの泥棒で生計が成り立っているのを話さなければならなかったときは流石に冷や汗が流れた。通報されたら一巻の終わりである。でもよく考えれば骸さんだって路地裏であんな怪我していたのだから日向の人間ではないのだ。焦ってそんした)比較的取り止めのないこと。それから時々哲学的なことを質問された。


「そういえばその指輪寝る時でもしてるんですね。今日起きてビックリしました。」
「これ?小さい時に父に貰ったんですよ。いつも付けてたら付けてないとしっくり来なくなっちゃって。普通は外すもんなんですか?」
「普通はそうでしょうね。まぁ、あなたは普通じゃないから丁度良いんじゃないですか?」
「(そっくりそのまま熨斗つけて返してやるよ)」
「そのネックレスも?」


細く滑らかな人差し指が私の首を指差す。
細目のシルバーチェーンに同じような素材の十字架が付いたもの。クロスした所にアクアブルーの宝石が埋め込まれている。シンプルなデザインはカジュアルにもきっちりした服装にも合う。


「良いデザインですが、所々錆びてきていますし別のに変えた方がいいですよ。」
「や、結構気に入ってるので。それにこれ以外ネックレスもってませんもん。」
「買ってあげましょうか?」
「倍返しされそうなので遠慮しておきます。」
「ふーん、別にいいですけど。でもただでさえ冴えない顔なのにきったないネックレスしていると余計に冴えませんよ。」
「煩いなぁ。いいんです!私はこれが好きなんだから。」
「好きな人から貰ったから?」


危うく気管支につばが入るところだった。
なんで。どうして。骸さんを見ると彼は頬杖を付いて、半眼で私を見ていた。醒めた目。でもそれどころじゃない。私は一言だってそんなこと言ってないはずだ。頬が熱くなるのを感じる。


「な、なななな、んで」
「昨日が言ってたじゃないですか。好きな人から貰ったのー、って。あぁワイン飲んで酔っていたから覚えてないんですね。」
「他は?!!何か言ってた?!」
「何も。」
「本当に?!何も言ってない?!」
「えぇ、本当に。結局別れちゃったんですよねー。」
「言ったンじゃん私!!」


十数時間前の酔っ払っていた私をぶん殴ってやりたい。
あーもうだめだ。顔から火が出そう。別れて結構経つのに未だに未練がましく持っているとかって、恥ずかしい。しかもよりにもよって骸さんに知られるとは。この人は後々までこれをネタにするだろう。両手で顔を覆って肱を付く。最悪だ。


「・・・・ゲーム、」
「はい?」
「さっさとゲーム始めましょう!ほらほらコイントス!!」
「はいはい。」


ピーンと高い音がしてコインがはじかれる。


「裏?表?」
「裏か表。」
「・・・・どっちかですよ?」
「だから裏か表!裏か表。裏か表。」
「わかりましたよ。裏か表ですね。まったく子供なんだから・・・・ほら、何が聞きたいんですか?」
「このネックレスについて私が言った事全部教えてください!!」


そう言うと思った、骸さんの顔はまさにそんな顔だった。
骸さんは「他は何も言ってませんよ。」とため息混じりに言うけど信用できない。胡乱な目で見れば「本当ですって」と煩わしそうに言われた。


「ゲームの条件は嘘をついてはいけない、だったじゃないですか。僕はルールは守るんです。」
「・・・・本当ですね?」
「しつこい。あー、もう昼時ですよ。ゲームはお開きにしましょう。洗面所で顔洗ってきなさい。僕はその間着替えます。あなたの父親の部屋と服借りますよ。」


それだけ言うと彼は椅子から立ち上がってクロロの部屋に消えていった。
最初にゲームを提案したのは自分なのに勝手すぎる。テーブルに頬をくっつけて目を閉じた。深いため息が出る。朝からこんな爆弾を落とされるとは思わなかった。そもそも私の甘酸っぱい過去話なんてどうでもいいじゃないか。未練がましくて何が悪い。まぁその所為で彼氏もいないけど、そんなのはあと少しすれば吹っ切れてもっと良い彼氏が出来るはずだ。それまで持っていたっていいじゃないか。







「おや、まだ顔を洗ってなかったんですか?」
「・・・・・・・。」
「無視ですか。少しからかっただけなのに。まったく、は子供ですね。」


鼻で笑った彼に腹が立って「骸さんは好きな人いないんですか?」と嫌味っぽく聞いてやった。
そんなのは人を好きになったことがないから言えるんだ。男に使う言葉じゃないけど彼は美しい。スタイルも良いし背も高い。顔だってとても整っている。いつも相手の方が骸さんを好きになるのだろう。だからわからないんだ。人を好きになれば子供みたいに意地になって、嬉しさなんて少ししかなくて不安ばかりである事も、触れられたくないものだって事も。


「・・・・いませんよ。愛だの恋だのくだらない。そんなのは幻想です。馬鹿馬鹿しい。」


はっと短く息をつく音。
顔を上げれば骸さんが嘲るような目をしてテーブルをみていた。意地を張った様子はない。本心からバカらしいと思っているのだろう。私の視線に気づいたのか彼は「洗面所、先使いますよ。」とクロロの部屋に消えていったのと同様に今度は洗面所に消えていった。骸さんは本当に人を好きになったことは無いのだろうか。私より恋愛経験は豊富そうなのに。それとも豊富すぎて恋愛に疲れてしまったのだろうか。どっちにしろ腹が立つ。恋愛を馬鹿にするのは勝手だが、そのルートが私の未だに鮮やかに甦る甘酸っぱい思い出であることは許せない。私のアレは誰が何と言おうと恋だったし、等身大ではあるけれど愛だった。だから言ってやったのだ。洗面所に聞こえるくらい大きな声で。


「それはそれは可哀相に!」



ノ ー プ ロ グ レ ム
(骸さんは気にした様子もなく平然とそう答えた。“問題ない”ってどういう意味だ。本当に嫌味な人。)


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