ピピピピと目覚ましが鳴った。 といっても私の部屋にはない。部屋に置いておくと止めた後そのまま寝ちゃうので、リビングに置いているのだ。暖かいベッドの中から抜け出すのはかなり辛いが、仕方がない。(そう思うまでにもう5分は経っていて、未だに時計は鳴っている)寝巻き代わりに来ているジャージの上からパーカーを着込んでドアを開けた。うちは2人暮らしにしては比較的部屋数がある。私の部屋、父の部屋、本来客室だったはずの部屋、それからダイニングキッチン。客室だった部屋は現在父の書庫になっている。欠伸をかみ殺しながらテーブルに載っている目覚ましを止めると、不機嫌な声が行き成り聞こえてきた。 「よく10分間も鳴りっ放しにできますね。近所迷惑とか考えたことあります?」 「(・・・・あぁ、そういえば拾ったんだっけ)」 この男を背中に背負ってどうにか家に着いたのは覚えている。 ついでにソファに投げ捨てたはずだ。(そのとき彼は「ぐぎゃぁ」と間抜けに呻いたのだったっけ。)リビングの遮光性のカーテンを開ける。今日は昨日とは正反対の青空が広がっていた。テレビをつけてお湯を沸かす。ちらりとソファを見れば彼が髪を煩わしそうに掻き揚げ、「洗面所借ります」と消えていった。昨日の怪我のわりにしっかりした足取りだ。アレは演技だったのかな。いや、それにしては顔色といい、体温といいリアルだった。それに家について一応処置はした。そのときの傷は今思い出しても鳥肌が立つ。腹を一文字に裂かれていて、内臓が見えなかったのがせめてもの救いだ。病院を勧めたものの「面倒事は嫌なんです。それに大人しくしてれば治るでしょう。」と歯医者嫌いな子供のように駄々をこねたので、私のほうが面倒臭くなり適当に消毒して寝たのだった。(私も存外に薄情だ)テレビの中では爽やかなお姉さんが元気良く今日の天気を解説している。 『今日は全国的に晴れるでしょう。3月下旬並の暖かさです。降水確率は0%。洗濯日和です。』 「今日は晴れるらしいですよ。良かったですね、あなたの血濡れの服も洗濯出来ますよ。」 「あれはケチャップです。」 「まだそのネタ引き摺るの?!」 勝手にタオルを使って洗面所から出てきた彼は、そのまま椅子を引くと私の向い側に座った。 顔色は良いようだ。自然な所作でリモコンを手にとって、これまた自然にチャンネルを変えられた。 「ちょっと何するんですか!この後の占いまだ見てません!」 「僕は朝はニュースを見るって決めてるんです。第一占いなんて当たりっこないですよ。」 「アレを見ないと学校に行けない!」 「何処の小学生ですか!」 「いいえ大学生です。」 「大学生なんですか?!(大学生にもなって占い見れないくらいで駄々捏ねる人初めて見た!)」 彼の驚いた顔が腹立たしくて思わずパンチしたい衝動に駆られたが、私は常識ある大学生なのでぐっと堪えた。テレビからは、堅苦しいおじさんが真面目な顔で犯罪がどうとかマフィアの抗争がああだとか語っていて、占いも、芸能ニュースも何にもない。こんな詰まらない話よく真面目に聞ける。既に飽きてしまった私は、丁度湧いたお湯をポットに入れて、一度部屋に戻って携帯を確認した。昨日の夕方からまったく開いていなかったからメールが4件くらい溜まっていて、ついでに留守電も入っていた。ボタンを押して耳に当てる。機械的な声のあとからよく知る父の声が相変わらずの抑揚のない音程で流れ出した。 『か。俺だ。俺は今スペインでパエリアを食べている。どうだ羨ましいか。』 「(初っ端から無駄なものが・・・)」 『どうせお前は残り物だろ。ふ、ご愁傷様。』 「(バルスされろ!)」 『スペインにはいいぞ。料理が旨い。お前の料理と比べると月とスッポン・・・言い過ぎか、太陽とミトコンドリアだな。お前はもっと料理を勉強するべきだ。此間の煮込みハンバーク、正直ありえなかったぞ・・・。あぁ、フランスでの仕事はうまくいった。品物は今日発送する。中身はわ』プツ 午前1時8分デス。再生ガ終ワリマシタ。 「(使えねー!!)」 肝心な内容がはいっていない留守電に留守電の意味はあるのだろうか。 この人が父であることが時々恥ずかしくなる。彼が留守電を入れるとき、大抵内容がない。今更だけど父は留守電の使い方わかっていないんじゃ・・・と心配になる。もう35歳になるのに。 「誰かに電話ですか?」 白いシャツ姿の不届き者がドアにもたれかかって立っていた。 長い襟足が肩にかかっている。昨日は耳や首や指にジャラジャラとアクセサリーをつけ、ゴシック系の服にブーツと重装備だった彼は、今日は白シャツに黒のスラックスでピアスと指輪はあるものの随分と軽装だった。 「というか、それウチの服ですよね。何勝手に着てるんですか?」 「気づくの遅いですよ。昨日ソファを血で汚すなって言ったのはあなたでしょう。あなたが手当てを放棄した後隣の部屋で探しました。」 「いやいや手当てしたじゃないですか。ガーゼとか包帯とか。」 「丁度いいサイズで助かりました。」 「さっそくシカトですか、このナッポー。」 私の発言が不快だったようで、彼は形のいい眉をきゅっと寄せた。 「僕はナッポーではありません。六道骸という名前があります。」 「はぁ、」 「あなたも名乗ったらどうですか。別に大した事ない名前でしょうけど、一応きいてあげます。」 「(あのヘタ毟り取りたい)・・・です。」 何処の誰がつけたか知らないが、死体の名前をつけるというのは随分と度胸があるというか、個性的というか。彼、骸さんは本当に私の名前に興味が無いのか、それだけきくと部屋を出て行ってしまった。開けっ放しのドアから彼の後姿を目で追うと、リビングのくたびれたソファに寝転んでまるで自分の部屋だと言わんばかりのダラダラを披露し始める。父を見ているようだ。気持ち悪いぐらい本が好きな(アレはもう病気だ。本に恋していると言ってもいい)父は、今骸さんが寝転んでいるソファがお気に入りだった。現在はフランスだかスペインだかに行っている為、ソファは無人になっているけれど、ソファの周りには本や雑誌が山積みにされて今も残っている。骸さんはその中の本を漁って適当に本を選んで読み始めた。これはもしや、 「居つくつもりか?」 ぽろりと口から零れる。意外と大きな声だった。幸い骸さんには聞こえてなかったようで、反応はない。 そっとドアを閉めて部屋の中をぐるぐると歩き回ってみた。これは不味いフラグが立っている。完全なるドラえもんフラグだ。未来から勝手にやってきたくせに「お前を立派にしてやるよ」と上から目線で物を言い、気が付いたら居ついちゃいましたコースだ。いや、それより性質が悪い。ドラえもんは一応役に立ちそうな道具は出してくれるが、骸さんは何も出してくれなさそうだ。むしろ厄介事ばかり呼び寄せる気がする。なんて事だ。つい1週間前に豆撒きしたばかりなのにもう鬼が来た。(余談だが、「鬼は外」と豆を巻いていたらお隣のルッカーナさんに残念な顔をされた。その顔は「ストレスが溜まっているのね」という同情みたいな顔だった)それに骸さんは豆では撃退できそうにない。絶体絶命のピンチである。 「っあで!」 そんなくだらない事を考えていた罰なのか足の小指をベッドの角にぶつけて、私のデスノL的推理は幕を閉じた。 ***** 時計を見たら結構ヤバイ時間帯だったので、仕方なく服を着替えて部屋を出る。 今日は昼1コマ目からの授業が入っていて、必修だ。嫌味ったらしい教授だから遅刻は出来ない。タートルの上からゆったりしたワンピースを着て黒のタイツが伝染しないようにスリッパを履く。日本の生活が長いからウチは土足厳禁でスリッパにしている。私は面倒でタイツを穿かないときは靴下のままとか素足で歩いているけど。スリッパをパタパタ言わせてリビングにいくと、イイ匂いが漂い、テーブルにはテレビで見るような朝食が並んでいた。恐る恐るキッチンを覗けばブルーブラックの髪を1つに括った骸さんが手馴れた手つきでベーコンを焼いているではないか。意外だ。てっきり料理は父同様全く出来ないと思っていた。なのに、骸さんは片手でフライパンを巧みに使いこなしている。 「もうすぐ出来ます。は占いでも見ていなさい。」 「(占いはアンタのせいで見れなかったんだよ)・・・はーい、」 リモコンで適当にチャンネルを変える。 どこもニュースだ。暗い話題ばかりでため息が出る。 「朝からため息ついているとよくないことが続きますよ。」 「あぁ、確かに。」 「・・・僕を見ながら納得しないで下さい。」 「そもそもあなたが原因じゃないですか。私のアルパカ返してくださいよ。」 骸さんは「あれはあなたが、」と責任転嫁しようとしたものの、私がアルパカを置き去りしなければならなかった原因が自分であった事を思い出したようで「僕の料理は美味しいですよ」と無駄に料理をPRし始めた。どうやら恩を着せてアルパカの件をチャラにするつもりらしい。どこまでも卑怯である。 フライパンのベーコンはこんがり焼きあがってレタスの上に添えられる。 フランスパンは丁度良いサイズに切られ、ジャムやバターがテーブルに置いてあった。スープはコーンがふんだんに使われて、美味しそう。完璧な食卓だった。私が今まで見てきた中で堂々の第1位である。というか、私よりも料理が旨いとか軽くへこむ。 「いただきます。」 骸さんが向かいの席に着いたのを確認して手を合わせる。彼も同じように手を合わせた。 「お祈りの言葉とかしないんですか?」 「日本の暮らしが長かったのでね。それに僕はどちらかと言うと仏教なんです。」 そう言って彼はパンにジャムをたっぷりつけて頬張った。 私はベーコンを頬張る。旨い。私が焼くと父は「灰を食っているようだ」と実にユーモア溢れるコメントをしてくれる。彼なりの冗談なのだ。顔がマジだけど。うん、冗談だよね。ポジティブに考えよう。骸さんは親指に付いたジャムを舐め取って片方の手でリモコンをいじくる。彼は余程暗い話が好きなのか、また重苦しいニュースを選んでいる。 「おや、不満ですか?あなたのような能天気な人には必要だと思ったのですが。」 「(嫌味か)私だって新聞なりテレビなり見ますよ。ただがんばるぞって言う朝からこんな重苦しいの見るなんて私には考えられないってだけです。重いの好きなんて骸さんマゾですか。」 「失礼な。僕はサドですよ。」 「どうでもいいです。」 それっきり私は食べるのに専念した。 骸さんもニュースに集中しているのか、私に声をかけない。カチャカチャとナイフとフォークのすれる音とニュースだけが流れる。騒がしいわけじゃないけど静かってわけでもない朝は久しぶりだ。左小指に嵌めている指輪に目線を落とす。くすんだ金色の指輪は父がくれたもので、思い出深い。彼は今頃スペインで闘牛でも見ているのかもしれない。あの人は顔に似合わず自由奔放で、好きであれば何だってやるし、嫌いであれば一切やらない、そういう人である。だから彼の仕事はまさに天職なんじゃないだろうか、と思うのだ。最後の1欠片をスープで流し込む。時計を見れば後15分で家を出ないと間に合わない。手を合わせて食器を片付けだすと骸さんは私に目を向けて「学校ですか」と聞いてきた。 「えぇ、今日は必修なんで。」 「じゃぁ、今日は僕が夕食も作りましょう。」 「あ、どうも。」 「いえいえ、此処に置いていただくんですからそれくらいやりますよ。」 ん?今さらっと何か言ったぞこの人。 スープの器を重ねようとした手が止まり、骸さんを見上げる。 「あの、私の聞き違いかもしれないんですが今、此処に置いて「料理美味しかったですか?」あ、はい。とても。」 「それはよかった。」 「いやそれは置いといて、今此処にお「料理旨いでしょう?僕。」・・・・えっと、あの、」 「僕自らが手料理を振舞うなんて1年にあるかないかですよ。は幸運です。ということで、今日からよろしくお願いします。」 骸さんは軽く会釈すると混乱する私をよそに食器を片付けだした。 まるでちょっと可愛い女の子がいるお店でビール頼んだだけなのにウン万円請求されたような気分だ。慌てて皿を洗い出した骸さんに「あの、」と少し強気の声を出してみた。ここで負けたらこのデカい猫がうちに居着いてしまう。骸さんはオッドアイを細めて、私を横目で一瞥すると私が口を開くよりも先に「あなた食べましたよね。料理。」と言い出した。 「で、でもアルパカが、」 「僕考えてみたんですが、あのアルパカと僕の手料理って比べ物にならないじゃないですか。」 「・・・・手料理>アルパカってことですか。」 「いいえ。手料理>>越えられない壁>>>手当て>アルパカです。」 「(越えられない壁?!!)」 「それより、時間はいいんですか?もうすぐ1時ですけど。」 「ぬぁ!」 骸さんが指差す時計は確かに12時50分になっていた。 まずい。バスの時間がない所為で1時に出ないと間に合わないのだ。急いで洗面所に飛び込んで歯ブラシを口にくわえ、部屋に戻ってカバンを掴む。リビングのテーブルに置く時手元が狂って携帯やらアイポッドやらが全部床に落ちた。 「・・・・。」 「あー、なにやってるんです。呆けてないであなたは歯を磨いていなさい。僕が片付けます。」 皿を洗うのを中断して骸さんが呆れた顔で床に散らばる携帯を拾って無造作にカバンに入れていく。 私はシャコシャコ歯を磨いてその様子を見ていた。我ながら最悪だな。全て拾い終えた後、立ち上がった彼は私のぼさぼさの髪に眉を顰め、私を無理矢理椅子に座らせると洗面所に消え、数秒しないうちにブラシを持って戻ってきた。 「女のたしなみって言葉知ってます?」 「(煩いなぁ)」 「返事ぐらいしなさい。」 「んぐっ(髪引っ張られた!超絶痛ェ!!)」 「まったく。おや、化粧すらしてないじゃないですか。」 「らっへひかんらいんら」 「歯磨きしたまま喋らないで下さいよ。」 「(理不尽!)」 ***** 骸さんのお陰で(果たしてそう言い切って良いのだろうか疑問が残るが)支度は整った。 カバンの中身も完璧だし、ぼさぼさの髪もサイドまとめでシュシュを付けてもらった。手鏡で確認すると私がやるより綺麗にまとまっている。料理といい、これといい骸さんはかなり手が器用だ。薄いものの化粧もちゃんとしてもらった。本人はもっと手の込んだのをしたかったみたいだけど、これ以上の時間のロスは命取りだし、それほど手の込んだ化粧をしても見せるのはどうせ友人達のみだ。本格的なのは合コンの時にでもお願いしたい。 「それじゃぁ、いってきます。」 「いってらっしゃい。」 「あぁそうだ。多分宅急便が来ると思うので“”って適当にサインしておいて下さい。」 ブーツが中々履けなくてつま先でトントンとコンクリートを蹴る。 骸さんは玄関の壁に寄りかかりながら「わかりました。ところで差出人は誰ですか?」と聞いてくる。差出人なんて聞く必要あるのか。そう思う私を見透かしたように「差出人がわからなければそれが本当に今日届くものかわからないでしょう。」呆れた顔でため息を吐かれた。 「でも隣の家のが間違って届いた事とかないですよ?」 「・・・平和ボケしてますね。差出人確認しないと、届いたのが爆弾で家吹っ飛ばされましたって話になりかねませんよ。」 「そんなマフィアみたいな事あるわけないじゃないですか。」 そういったら何故か骸さんはギクリとした顔をして「ま、そうかもしれないですけど」と話を濁した。 「とにかく差出人!あと中身も一応聞いておきます。」 「中身は・・・・・たぶんワインですね。テレビで言ってました。」 「テレビ?」 「届いたからって飲まないで下さいね。」 「飲みませんよ。貴女は僕をなんだと思ってるんですか。」 そりゃ手料理を脅しの材料にして人の家に住み着こうとしている不届き者だと思ってますが何か。 半眼で見上げれば骸さんはあさっての方向を向いた。・・・気を取り直そう。私は差出人が自分の父であることを話してカバンを掴んだ。玄関のドアを開ける。日光がキラキラと輝いて目がくらんだ。 「んじゃ今度こそいってきます。あぁ、父の名はクロロです。」 「クロロ・ルシルフル。」 ****** バスの窓から流れる風景を眺める。 バスには間に合った。バス停についたと同時に来たのでラッキーだ。隣のおじいさんがイヤフォンをつけながらラジオを聴いている。だけど耳が遠いのか駄々漏れだ。今日の朝見たニュースが流れてくる。かなりの話題ニュースらしくてこのニュースを私は今日に入って3回目も聞いていた。窓に片肘をついて私は誰に向ける事無く笑った。 どうやら父は元気らしい。 『繰り返します。昨夜11時頃、フランスの資産家で有名なルービッチ・ロゼッタウィルス氏(67)の本邸に何者かが侵入しました。犯人は43人の警備員を殺害した後、ロゼッタウィルス氏が保管していた赤ワイン、通称『キリストの血』を奪って逃走。事件時には警備員以外いなかったため犯人の詳しい情報はつかめておりません。なお、警察は盗まれた赤ワインが82500ユーロの最高級品である事から、オークションに流れる可能性が高いと見て、今後開催が決まっているオークションに関わる態度を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 |
ベイビー、ご飯はいかが?
(それにしても美味かった。今日の夕食はなんだろう)
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