冷たい雪が薄桃の花弁に変わる頃、私は中間管理職的存在の2年に上がり、先輩も最高権力を振りかざせる3年になった。(といっても先輩は常に最高権力を振りかざしていたので多分何も変わっていない)相変わらず私は誰かの為に一生懸命になんてなれなくて、世界で1番小指のリングが大切だったし、先輩は先輩でそろそろ「くだらない」がゲシュタルト崩壊しそうだった。斉藤先輩と破局(と言っていいのか困るけど)を迎えてから、先輩は誰とも付き合わなかったが、その代わり放課後ふらりとどこかに行ったり、2年の同じ時期に転校してきた柿本君や城島君と真剣な話をしている事が多くなった気がする。そういう時は中々入れなくて少しだけ内臓の中がムカムカした。何かのアレルギーだろうか。


先輩にはいろんな顔がある。
私といるときの呆れた顔、柿本君たちといるときの威圧的な顔、その他の生徒達に振りまく喪黒福造みたいな上っ面だけの笑顔。それを嫌悪するつもりはない。私だって先輩に見せている顔と友達の前での顔は違うし、クロロと一緒の時の顔は学校で見せているどれとも違うものだ。沢山の顔を持ちながら皆そうやって生きている。ただその中で先輩は柿本君たちといるときの真剣で仄暗い顔をよく見せるようになった。たぶん自分では意識してないのだろう。私もあえてソレを本人には伝えなかった。言ったら私と先輩の関係は壊れるような気がしたから。だから私と先輩の関係は表面上では何も変わっていない。いつも馬鹿馬鹿しい話をダラダラするだけだ。


、ブルーハワイ味と宇治金時味どっちがいいですかねぇ。」
「かき氷食べるにはまだ早いですよ、先輩。」
「何言ってるんですか。飴の話ですよ。」
「飴なの?!!」


ただ少し変わった事といえば先輩が私を“君”ではなく“”と呼ぶようになったくらいだ。
響きがいいとかよくわからない理由で先輩は私を当然のようにそう呼び、私は時々“骸さん”と呼んだ。呼ぶ意味は特にない。その場のノリだ。ガサガサと飴の入った袋に手を突っ込んで先輩は飴を口に含んでいる。袋のパッケージはよく見えなかったから何処の会社かわからないけど、そんなクレイジーな飴製造する会社はろくな会社じゃない。既に噛み砕きにかかっている(彼は舐めるのが嫌いらしい。最後まで舐めていたのを見たことがない。)先輩を見上げて「結局何味にしたんですか?」と聞いてみれば「イチゴ」とめちゃくちゃメジャーな味を言われた。ブルーハワイどこいった。息を吐いて給水塔に背中を預ける。誰もいない屋上は気持ちがいい。先輩は隣で再び袋に手を突っ込んでいた。飴よりもチョコレートが好きなくせに、彼は屋上に行くときは必ず飴を持っていく。ポリシーらしい。そのくせ「飴ごときがチョコレートに勝てるわけ無いじゃないですか。」と本気の嘲笑をコンビニのチュッパチャプスに浮かべていたから、彼はもう、飴に対して謝るべきだ。春の風が私たちの横を通り抜ける。空気が透き通っている時は、ここから並盛中が見えるらしいが、私は1回も見たことが無い。そういえば並盛通りの桜並木は綺麗だとテレビで言っていた。


「もう桜散っちゃいましたね。」


屋上から見える町には薄桃色は無く、鮮やかな緑ばかりだ。
今年はソメイヨシノが有名な大河原の桜をクロロと観に行って桜ソフトを食べた。ふわふわとした甘さが広がるものだと思っていたのに桜餅の味がして2人で残念な気持ちになったのは、まだ癒えない傷だ。「あぁ、そうですね。花見しないまま終わってしまいました。」先輩は2粒一緒に飴を放り込んでまた齧っている。その顔は少し残念そうだ。先輩の性格からして桜に興味なんてないと思っていたのに。意外とそういう行事好きなんだ・・・・、そう思っていたのが顔にでも出ていたのか先輩は眉を寄せて「僕だって花見くらいしますよ」と強い声で言う。まぁ先輩だって人の子だ。花見くらいするかもしれない。冷静沈着の無関心男のクロロだって思わずデジカメ持って桜を激写するほどだ。先輩が花見でネクタイを頭に巻くくらいどうって事ない。「君、今失礼な事思いましたね。」厳しい視線が飛ぶ。「いえ、全然。」「絶対思いました。僕にはわかります。犯人はお前だ。」「何の犯人だよ!つーか言いたいだけでしょ!」「その証拠に今度桜を観に行きましょう。」「なにこれ会話が成り立ってないよ!!」私の全力のツッコミを先輩は見事にスルーして「ブルーシートが必要ですね。」とまだ返事もしてないのに勝手に事を進めた。


「そもそも桜は散ったって言ったじゃないですか。」
「僕にかかれば巻き戻しなんてお茶の子さいさいですよ。」
「(お茶の子さいさいって言う人初めて見た!)」
は黙って僕に付いて来ればいいんです。」


まるで告白のようだ。
一瞬止まってしまった私を先輩は怪訝そうに見て、飴を噛み砕く。そんなにすぐに噛み砕いていたらそのうち飴に復讐されるんじゃないだろうか。喉に詰まるとか。歯が折れるとか。くだらない事を考える。「、」呼ばれて私は顔を上げた。するとずいっと目の前に箱を突き出された。目と箱の距離僅か1センチ。箱に目潰しされるかと思った・・・。「な、なんですか」頭を仰け反って箱から距離を置く。凶器になりえるという警戒が薄まると、その箱が小さくて可愛いピンク色をしているのに気が付いた。ご丁寧に赤いリボンが付いてある。「お誕生日に貰ったんですか?」「僕の誕生日はもっと先です。」そんな事も知らないのか、先輩の目がそう語っていた。先輩だって私の誕生日知らないくせ「あなたは7月4日でしょう。知ってます。」・・・そーですか。しかし今日は梅雨にすらなっていない春ですよ先輩。私たちの誕生日はまだまだ先です。そんな意味も込めて先輩を見返すと「誕生日、誕生日って君の頭はソレしかないんですか!」と逆ギレされた。


「じゃぁ、なんなんですか。」眉を寄せてそう突っ込むと彼は目を瞬かせて急にそわそわし始める。口を開けたり閉じたり忙しない。「いいですか、」意を決した顔で先輩は私を見た。青と赤のオッドアイが爛々と光る。・・・これはマジでシリアスな流れだ。たとえばこの箱には核爆弾とか、『時をかける少女』で千秋が持ってきた時空を越える種とかが入っていて、実は先輩は人には言えない特殊部隊に所属しているか、未来人だったというオチであるのかもしれない。


「これは・・・・その、・・・・ぷ、ぷれ」
「・・・ぷれ?」


プレから始まるものなんてプレステしか出てこない。
先輩はしばらく口を戦慄かせて“ぷれ”を連発したが、その後が続かないようだ。どんだけ重い言葉なんだ。“名前を言ってはいけないあの人”並に極秘な何かなのだろうか。気になる・・・が、先輩の口は余程重いようでとうとう沈黙し、短く息を吐く。「、」


「あげます、これ。」
「えぇえぇえ!!“ぷれ”の後はどこいったんですか?!」
「そんなのどうだっていいじゃないですか。まったく、はどうでもいい事ばかり気にするんだから。」
「なに吹っ切れちゃってんですか!!なにこれ後味悪っ!」


吹っ切れた先輩は「あげるって言ってるんですから、ありがたく貰えばいいんです。」といつもの上から目線を発動し、箱を私の頬にぐいぐい押し付けた。慌てて先輩から箱を奪う。これ以上彼に持たせていたら口に突っ込みかねない。私が不本意ながらも箱を手にした事で、先輩の脳みそでは“箱をが受け取った”と勝手に変換されたようで満足そうな顔をしている。


「・・・・・それじゃ、遠慮なく。ありがとうございます・・・」
「最初からそう言ってりゃァいいんですよ。君なんかじゃ到底買えないものなんですから。」
「(バルス!!)」


ふふんと鼻を鳴らす先輩が半端なくイラッと来る。
内心で滅びの呪文を唱えたが、私にはラピュタ王の血が入ってないためか、あの石がないためか先輩はぴんぴんしていた。ため息を小さく吐いてリボンの紐を解く。先輩が言った通り、私には到底買えないものなのだろう。何が入っているかはわからないけど、光沢のある赤いリボンからして質が良い。先輩をちらりと盗み見る。珍しく目元を赤く染めた先輩は、私が蕩けるような質感のリボンを外し箱を開けようとしているのに気が付くと「こ、ここで開けないで下さいよ!!非常識だ!!」と出会ってから初めて見るだろう慌て振りで私から箱を奪った。非常識なのはどっちだよ!






学校で開けるの禁止令を頂いた私はその夜、リビングでその箱を開けた。
ソファではクロロがクイズ番組を見ている。(彼はテレビに向かって答えるタイプで、今も「テトロドトキシン!」と叫んでいる。・・・そんなフグ毒答えさせるクイズってどんなだよ。その番組の方向性が心配になってくる)ピンクの箱の中には真っ白な綿が詰め込まれていて、その真ん中に銀色が輝いていた。



小さな十字架のネックレス。



彼はこれをどんな顔で買ったのだろう。
思わず噴出して笑うとクロロが怪訝そうな顔で私を見た。






「お前顔が真っ赤だぞ。」
「う、うるさいよ!!」


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