その日はどんよりとした曇り空だった。


急遽借りたアパートの窓からは重苦しい鉛色の空が広がり、眠気覚ましのコーヒーすら不味くなる。ため息をつけば黒い水面が僅かに震え、映っていた不機嫌な顔の僕を小さく歪ませた。と別れて3日が過ぎる。まだ最近の事なのにもう何年も前のような感覚だ。昨夜依頼されたターゲットを殺したからかもしれない。別れてすぐに雲雀には通常業務に戻る事を連絡しておいた。
なんだかんだ言っても彼にはお世話になったと言わざるを得ない。何か言われるかと思いながら連絡を取ると彼は一言「そう、」と言っただけで何も聞かず、「なら明後日までにある男を始末しておいて」といつもの声と横柄なあの態度で命令された。てっきり嫌味の1つでも言われるかと思っていたのに。あまりにもあっけないから素直に命令を受けてしまった。今思えばかなりの失態である。


適当にテレビをつけるとが毎朝見ている占いがやっていた。
相変わらず元気な声で星座を読み上げていくアナウンサーはのお気に入りだ。僕から見れば自分を可愛く見せる方法を熟知しているプライド高い女にしか見えないが、は「可愛い可愛い」とよく賛美していた。テレビを見る。完璧な笑顔。明るい声。何度見ても何処が可愛いのかわからない。こんな女よりの方がよっぽどかわいい。本人には絶対言わないけれど。


は今どうしているだろう。
本気ではないにしろ随分と傷つけてしまった。うんざりしたなんて嘘だ。のスローペースな日常は僕にとって掛け替えのないもので、でもだからこそ嫉妬する部分もある。もし僕が普通に生まれ、大切に守られて育っていたら。裏の世界の全く関わり無い人間だったら。そうしたらに釣り合う恋人になれたのかもしれない。何でも信用して、何でも許すを素直に受け入れられたかもしれない。僕はに嫉妬している。いや、嫉妬とはまた違う感情だ。裏の世界なんて全く知らず、この平和な日常を当たり前だと思っている彼女が憎らしいほどに羨ましく、同時にのようになれない自分が腹立たしかった。ため息をつく。気が付けばコーヒーはもう冷めてしまっていた。試しに飲めば吐き出したくなるくらい不味い。から離れてからの事ばかり考えている。はどうしているんだろう。彼女は泣き虫だから泣いているかもしれない。父親は帰ってきただろうか。成人しているとは言え女性が家に1人きりというのは物騒だ。不安になればなるほど心配の種が増えてくる。野菜は食べているか、身だしなみは出来ているか、あのネックレスは付けてくれただろうか・・・。


ふいに視界がぶれる。
目がぐるぐると回り焦点が定まらない。吐きそうだ。気持ち悪い。遠くで何かが割れる音がして、それが自分が持っていたカップである事に数秒ほど時間がかかった。テレビの音と耳鳴りが同時に聞こえて聞こえにくい。酷い立ちくらみだ。後ろから引っ張られているような感覚に陥り、どんどん意識が離れていく。『骸様!』凪の声が聞こえた気がしたが、暗闇に飲まれて何もわからなかった。


*****


「それなら花見にしましょう。」


そう言っては空回りした元気な声を出した。
目が少し潤んでいる。桜を見るのに何か嫌な思い出でもあるのだろうか。内心首を傾げ、でも知らぬふりをして話をあわせる。時計は午前3時半をさしていた。映画好きののせいで僕もすっかり映画三昧の日々を送っている。今回観たアメリカ映画はそれなりにいい出来だった。


「お弁当作って、お菓子も持って。あ、ブルーシートも必要ですよね。」


にっこりとが笑う。目はもう潤んではいなかった。
さっきまでの空元気が嘘のように今度はうきうきしている。予測のつかない子だ。きっとこの先もの行動は読めないのだろう。「だたしブロッコリーは入れないで下さいね」くるりと振り向いてが言う。眉間には皺がついていた。子供みたいだ。思わず笑うとさらにの眉間に皺が増えた。堪らず噴出す。声を出して笑うのは久しぶりだ。は口を尖らせ「何笑ってるんですか!」と顔を赤くして怒鳴る。










そんな夢を見た。




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