骸さんがおかしい。
おかしいと言っても行き成り漫才をするとか、お笑いに目覚めたとか、そういう“おかしさ”ではなくて、ぼーっとしたりとか、夜家に帰ってこなかったりとか、そんな予期せぬ行動型“おかしさ”だ。でもそれが本来の骸さんなのかもしれない。


こんな事は今更なのだけど骸さんは綺麗だ。
赤と青のオッドアイは魅力的だし、すらりとした四肢は女性だけでなく男性だって見惚れると思う。実際買い物や散歩する時、すれ違う人々の大半が骸さんを振り返る。中には直接声をかける者もいた。余談だが、逆ナンパされるとき骸さんは笑顔で「売却済みですから」ととんでもないことを言って私を振り返る。そう言われた女性もしくは男性は私を凄い目で睨みつけて去っていくのだ。「買った覚えはありませんけど」と前を歩く彼に冷たく言うと「に買われた覚えはありません」と同じように、むしろ私より冷たい声で突き放され、「だったらあんな事言わないで下さい。骸さんがどうであれ、あんな振りをされたら相手は勘違いするでしょう。」と私にしては珍しく正論を振りかざしてみたものの骸さんは私を馬鹿にしたように「だったら付いてこなければ良いじゃないですか」と鼻で笑う。別に付いてきたくてついていってるわけじゃない。私が買い物の際無駄なものばかり使うから食事用の財布は骸さんに握られているのだ。それに付いて行かないと彼はヒタチの木に良く似たあの不届きブロッコリーを大量に買う。嫌がらせにも程があるじゃないか。でもそんな事言うとブロッコリーがさらに追加されかねないので仕方無しに私は嫌味ったらしく「・・・・嫌味ですか。」と言うしかない。まぁ、そんなハプニングが通常なくらい骸さんはモテる。そんな彼が2ヶ月もの間うちにずっと居たという方が珍しかったのかもしれない。


最近骸さんは朝に知らない香水を漂わせて戻ってくる。
寝起きの私とリビングでばったり会うのも片手で足らなくなってきていた。そしてその度に骸さんは「・・・何か思ったりしないんですか。」と怒ったように言って来る。まるで私がなにか悪い事をして骸さんに黙っていたみたいな訊き方だ。私はやましい事など1つもない。いや、1つや2つはあるが、それは人間誰しもが持っているものだ。私は骸さんに危害を加えた記憶もないし、大切なものを壊した覚えもない。そもそも骸さんの大切なものが何か知らないが、彼が持ってきたノートパソコンだったり資料だったりは一切手を触れていないのだから、堂々と言える筈だ。


彼は一体何がしたいのだろう。
凪に聞いたら「骸様も自分でわかっていないみたい」と頬を染めながら言っていた。



*****


壁にかけた時計の針がチクタクチクタクと私の気も知らないでマイペースに進んでいる。
ちらりと確認すれば午前6時47分だった。欠伸が出そうになる。しかし向かい側に座る彼の雰囲気がそれを許してくれなかった。


「「・・・・・・・・・・・。」」


かれこれ30分は無言だ。
いい加減風呂に入って寝たい。昨日はあまりにも羽目を外しすぎた。普段オールとかしないから始発で電車に乗ったときも寝過ごしそうになったくらい今現在の状態は酷い。と、骸さんが息を吐いて足を組み替えた。


「昨日はどちらに?」
「友達と飲み会です。」
「誰と?」
「・・・そこまで言わないとダメですか?」


骸さんの眉がピクリと跳ね上がった。
明らかに気分を害した様子である。でもそんな事言ったら私の方が上だ。誰と何処で飲んだって骸さんには一切関係ない。彼は私の保護者でも何でもないのだ。確かに帰りが朝になるのを連絡しなかったのは悪かったかもしれない。でも事前に飲み会で遅くなる事も夕飯がいらない事も言ってあったし(その際「僕に言わなくたっていいじゃないですか。ご自由にどうぞ。」と興味なさそうに呟いていたのを本人は覚えているのだろうか)、そもそも私は骸さんの携帯の番号も知らないのだ。


「別にが誰と何してようが僕には関係ない。」
「何って飲みですよ。」
「どうだか。」
「・・・他に何があるってゆーんですか。」
「気づいてないんですか?それともカマトトぶってるのか・・・あなたに男物の香水が染み付いてるんですけど。」


どういう意味だ。睨み付けると骸さんに冷たい目で睨み返された。威圧感が半端ない。
言っておくが、昨日飲んだ仲間とは骸さんが推測しているような事は何もなかった。あったとすればジーナがセッティングした合コン(といってもどんちゃん騒ぎの延長みたいなものだが)で噂の王子と事の他盛り上がり、飲み会が終わってからも飲み歩いたくらいだ。その後王子の知り合い(なのか?)のオカマさんも混じって再び飲んで、オカマさんとは“心の友”同盟を組んだのを覚えている。オカマさんの名前はルーさんと言ってムキムキなのに心は乙女な人で、酔って恋愛相談した私が号泣すると胸を貸してくれた。香水はそのとき移ったのだろう。


「声だって嗄れてるじゃないですか。」
「(そりゃあんだけ大泣きしたら嗄れるわな)・・・・飲み過ぎたからです。」
「嘘つかなくたっていいですよ。女なんてそんなものですし。」


そういう骸さんの顔が全く“いいですよ”って顔じゃなかった。
イライラと目を細め、赤と青のオッドアイが爛々と光る。侮蔑の視線が痛い。でも今の私にはそんなの恐いなんて少しも思わなかった。骸さんが何を言おうと骸さんの勝手だ。どんな想像をしようと確信だと思い込もうと知った事ではない・・・はずなのだ。骸さんなんてただの赤の他人だし、一時的に家を貸してるようなものだ。彼の言ったことを全て無視しても支障はない。でも私はどうしようもなく腹が立っていた。骸さんにそう思われるのが嫌だった。どうにか訂正したいのに上手い言葉が見つからない。その間に骸さんは勝手に話を進めるし、挙句の果てには「君って意外と尻軽なんですね。それともあのネックレスは純粋に見せる為の小道具だったんですか?」なんて言うからいくらチキンガールで事なかれ主義の私でも堪忍袋の緒がぷつんと切れてしまうのは当然だと思う。


「じゃぁそういう事にしといたらいいんじゃないですか。」
「・・・何言ってるんです?」
「私がどう言おうと骸さんはそう思っているのでしょう?ならもういいです。どうせ言ったって聞かないんだし、もういいですよ。はいはい、骸さんの言ったとーり、男の人と飲んでました。ついでに乗りかかった船で最終的なところまでやりました。これでいいですか?もう話がないなら私は風呂に入って寝ます。それじゃ。」


がたんと席を立つと、珍しく骸さんは慌てたような顔をした。ふふん、いい気味だ。
内心高笑いしつつ、無表情を貼り付けた顔で部屋の戸を力強く閉める。ばたん、とドアが痛々しい音をたてたが今回ばかりは勘弁してもらおう。いつもはそれなりに優しく閉めているのだし。しかし乱暴にドアを閉めたくらいで私の怒りが収まるわけがない。普段怒らない人が怒ると怖いのだ。本当はモノとか投げたり、“クレしん”のねねちゃんのママ風にぬいぐるみを振り回したりしたかったが、物を投げた後片付けるのは自分だし、手ごろなぬいぐるみがウチの部屋にはない。そもそも子供みたいに物に当たっているのを骸さんに聞かれるのは癪だった。私は肩を怒らせ、部屋の中をぐるぐると回ってから、気が治まったころベッドに勢い良くダイブした。歩き回ったおかげで少しイライラも納まったようだ。


(君って意外と尻軽なんですね。それともあのネックレスは純粋に見せる為の小道具だったんですか?)


ふいに骸さんが言った言葉が蘇る。そして同時に侮蔑の視線。納まりかけていたイライラが腹の中でグルグルと唸る。よくもまぁ、そんな事が言えたもんだ。あぁ腹立たしい。いっそうの事本当にバルスされればいいよ。ムスカになってしまえ。沢山の悪態を内心で吐き捨ててながら私はいつの間にか眠りについていた。だから気が付かなかったのだ。携帯の入ったカバンをリビングのテーブルに置き忘れていたのも、珍しく着信があって、その電話に骸さんが出ていたのにも、全部全部知らなかった。


壁 の 時 計 チ ク タ ク
(あのネックレスの本当の意味を骸さんは知らない。だから骸さんがあんな風に言うのは当然で、
でも例えそうだとしても私には許せなかった。)


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