「こんにちは、」 ゲームセンターでアルパカのぬいぐるみを3500円かけてゲットした私は、家に帰る途中にたまたま通った路地裏で声をかけられ、思わず飛び上がった。人の気配なんてしなかった。第一この路地裏は、マフィアが出るとかで(それはもう幽霊が出るのと同じように囁かれている)誰も通りたがらない場所だ。私もこんな路地、普段ならごめんこうむるのだが、アルパカに3500円も貢いでしまった今、タクシー呼ぶ金もバスに乗る金もない。(まったく、アルパカにしてやられた。今にも落ちそうな振りして3500円分も私からぼったくるとは・・・) 路地裏にいたのは黒い服を着た男性だった。 ゴシック系の黒いコートに同色のネクタイを首からぶら下げている。見たところアジアとヨーロッパを足して2で割ったような顔立ちの人だった。髪質は私達日本人みたいにストレートで黒髪だったが、乱れた髪の間から見える双眸は日本人の黒とはかけ離れた赤と青で、エリッサの飼っている白猫のミーナを連想させる。彼は細い路地に転がるダンボールに崩れるように座り込んでいた。ちらりと見える中の白いシャツには赤い染みが転々としていて、視線を下げるごとにその染みが増えていく。腹部は真っ赤だった。 「・・・すみません。ちょっとドジ踏んでしまって。・・・助けてくれませんか。」 彼はにっこりと微笑んだ。元々綺麗な顔立ちだから笑うと格好いいのだけど、如何せん顔色は白に近いし、吐く息も少し乱れている。これは本気でヤバんだろう。私はアルパカの入った安っぽいビニール袋をぎゅっと握り締め、彼の方に一歩踏み出した。そして日本の百貨店の定員のように90度に頭を下げる。 「お断りします。」 「は?」 彼は信じられないという顔をした。いやいや信じられないのはこっちの方だよ。ちょっとドジを踏んでそんなになるとかありえないから。精々ドジで許される範囲は、買い物しようと街まで出かけて財布を忘れるまでだよ。完璧一般人じゃない。そんな私の心を見透かしたように彼は「僕は怪しい者じゃありません!」と言い出した。 「最初は皆さんそういうんですよね。見せていないとか・・・あぁこれは露出狂の話ですけど。」 「何故この場で露出狂の話なんですか?!しかも僕があたかも見せたみたいな言い方やめてください!」 「とりあえず腹を怪我している時点で充分怪しいですよ。」 「これは、・・・そうだケチャップが飛んだんです。フランクフルト食べようとして。」 「どんな言い訳ですか!!見え透いた嘘にも程がある!!」 「活きがよかったんです。飛び魚のように飛び跳ねてですね、いや、アレはすごかった。僕の記憶のメモリーでも上位にランキングしますよ。アレはまさに男の中の男で、」 「フランクフルトじゃないよソレ!!」 私が突っ込むと彼は顔を青褪めさせたまま「とりあえず不審な者じゃないんです。フランクフルトの生き様に感動した善良な一般市民なんです。ちょっとケチャップまみれになっただけの」とあくまでフランクフルトネタを押してくる。言わせてもらうが、善良な一般市民はフランクフルトの生き様に感動なんてしません。というか生き様ってなんだ。生き様も何もフランクフルトになってる時点でお亡くなりになられてるから。もう取り返しの付かない所まで行ってるから。私は少しだけ彼の(頭の)事が心配になったが、巨神兵よりも強い私の意志が代わる事はない。闇社会の人に巻き込まれるなんて勘弁だ。 「まことに残念な話ですが、俺がいない間知らない人を家に入れるなって父に言われているんです。」 セールスを断るときのような決まり文句を使う。彼はにっこりと微笑んだ。 「ご両親がいないなら良いじゃないですか。助けていただいた礼はベッドでたっぷりしますよ。」 「激辛キムチ鍋一気食いでもしてくれるんですか。」 「(ベッドで何させる気?!)」 「それに亡くなった母の遺言で、赤と青のオッドアイでナッポーみたいな髪形をした20歳半ばの男性は家に入れてはいけないと。」 「どんだけピンポイントな遺言ですか!!」 渾身の突込みをした所為か、彼の腹からグシュッと濡れた音がして、赤がじわりと濃くなる。 出血はまだ止まっていなかったらしい。彼が呻いて背中を丸める。ハァハアと息をする姿は本当に苦しそうだった。 「・・・大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないから助けを求めてるんですけどね。」 彼は私相手に取り繕うのをやめたらしい。 声が鋭いし、長めの前髪から覗くオッドアイは爛々と私を睨みつけている。 はぁ、と彼は痛々しい短い息をついた。 「あなたジャポネーゼでしょう?助け合いの国の人でしょう?助けようって気は起きないんですか?」 「しかしナッポーを除くって日本国憲法に載ってるんですよ。あぁ本当に残念でなりません。」 「そこまで言いますか!!ナッポーを笑うものはナッポーで泣くんですよ!君なんてナッポーに食われればいい!」 「(何言っちゃってんのこの人?!!怖!)」 成人した大人の男としてあるまじき発言に私は完全に引いてしまった。 さりげなく一歩後退る。それを目敏く見つけた彼は、怪我人のクセに素早い動きで裾(正確には私が持っているアルパカの袋の裾)を掴んできた。 「ヒィィ!!なんなんですか!!!ちょ、私のアルパカどうする気ですか!」 「逃がしませんよ!僕を助けなさい!!」 「ぐぬぬぬぬっ」 強引に袋を引けば、彼がだらりと付いてくる。 こっちも本気だが、相手も本気らしく2メートル引き摺っても放すどころかさらに袋を握り締めてきた。お陰で傘を持っていたにも拘らず私までびっしょり濡れてしまった。しかも汗まで掻いて体が気持ち悪い。攻防を5分くらい続けただろうか。彼の顔色は白を通り越して土気色になっている。なのに放さそうとしないその執念が恐ろしい。ゼーハーゼーハー息をして彼は私をぎろりと睨みつけ、 「今・・・僕を見捨てたら末代まで祟ります!」 とんでもない事を言い出した。(普段だったら鼻で笑って流すのだが、今この時点でそれを言われるとリアルに呪われそうだ)(アルパカを放さないこの執念なら末代まで彼はやり遂げる気がする) 「え、えぇえぇ!!」 「あなたの子、孫、曾孫、玄孫、来孫、昆孫、仍孫、雲孫、さらにその先まで不幸が訪れるでしょう。」 「どこの占い師?!」 「僕の六道輪廻によって、さらに今なら配偶者の家系も込みこみの特別特価で祟りますからね。」 「テレフォンショッピングになってるよ!!」 「そうなりたくなければ僕を助けなさい!さぁ!さぁさぁ!!!」 「少し、は、自分の足で、歩いた、らどうですかっ」 「僕のHPはもう0に近いので。あ、足の方引き摺らないでくれます?」 「(投げ捨てたい)」 土砂降りの中、傘も差さずに歩く。肩には先ほどの男。傘とアルパカは路地裏に置いてきた。 まったく、3500円ゲーセンでぼったくられた上に雨に濡れるわ、変な男を拾わされるわ最悪な日になってしまった。 |
Swinging night
(途中ゴミ置き場があったのだが、今日は燃えないゴミの日だった。非常に残念だ。)
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