追う者、追われる者
長く此処にいるわけにはいかない事は判っていた。
自分は追われる身だし、こんな所で足止めを食っているわけにはいかない。
やらねばならない事がまだたくさんある。
その日高杉は暗い雨降る空をぼんやり眺めていた。
は買物に出かけ、今この家には高杉しかしない。
犯罪者に留守番たのむなんざ、尋常じゃねぇ
と、鼻を鳴らした高杉であったがが尋常だった(思考が)事など
皆無である事を思い出し、短く息を吐いて頭垂れた。
調子の狂う女。
それがに対する高杉の印象だった。
何を考えているのかわからない。
の思考は未知の世界よりも未知だ。
一日中寝る事もあれば逆に一日中起きている事もある。
のくせに体調が悪くなる事は決してなく、付き合う高杉の方がおかしくなる。
飄々としていて掴めない。
しかし時々ひどく大人っぽい顔をする。
思いつめたような思い出すような。
「キリ」と言う名の黒猫が絡むといつもそんな顔をした。
「っち・・・。うぜぇ。」
自分にはそんな顔向けないくせに。
暗い雨は自分を飲み込んでしまう程、暗い。
「俺は動物以下かよ。」
誰に言うわけではない独り言。
高杉自身その意味を理解していない。
無意識に出た本音、だろうか。
不意にインターホンが鳴った。
珍しく物思いに耽っていた高杉は過剰に驚き、
驚いた自分にまた驚き、居心地悪そうに縁側の床に胡坐を掻く。
インターホンは二、三回鳴って止んだ。
意外としつこかったな、と半ば頭の隅で思いそのまま縁側で寛いでいた。
最近セールスが多くて困ってん。相手さんも仕事なんやろうけど。
苦笑した顔。
そういえばは仕事をしているのだろうか。
一日中家でごろごろしているようにしか見えない。
今度聞いてみようか。
激しくなっていく雨音。
地面に叩き打つ音の中、こっちに近づいてくる誰かの足音を聞いた。
ではない重い足音だ。
腰で金属が揺れる音―――――刀。
「さーん、いねぇのかー?」
黒い制服を着た男が高杉の座っている縁側に
現るのと男が発した声はほぼ同時の事だった。
「「!」」
目を見開いたのは両方。
しかし、次にはもう双方刀を抜き、相手に切りかかっていた。
ギィン
鈍い音。
どちらも引かず引けば斬られる。
ぎちぎち嫌な音を立てて刃同士が競合わさった。
男が高杉の刀を振り払い、間を持って離れた。
「てめぇ・・・・高杉だな?」
男が開き気味の瞳孔を細める。
「そうだと言ったら?」
高杉の答えに男が笑った。
空いた手で呼子を口に咥える。
ピィ――――――
けたたましい高い音とともに男と同じ制服を着た隊士たちが
高杉を囲った。
「っ!!」
瞬時の事で対応できない。
どうにか男の剣を振り払って一歩後ろに下がる。
腹がきりりと痛んだ。
「御用改めだ。」
笑う死神に嫌な汗が出る。
皮膚の上を氷が走ったように全身が凍った。
これが「恐怖」なのか。
助からないかもしれない。
死線を潜り抜ける度に思ってきたことだ。
鬼兵隊が壊滅したとき。
片目を抉り出されたとき。
しかしその度助かってきた。
こうして生きている。
今度は。
助からないかもしれない。
ポタ ポタ
大きな雫が地面に落ちる。
そんな音がする。
髪の毛先から落ちた雨か、腹の傷から流れた血液か。
それともただの幻聴かもしれない。幻覚かもしれない。
赤い傘。男の、他の隊士の後ろにいる、女。赤銅の髪。
「何やっとんの?」