軽いノックの音が聞こえて今まで足を組みながら本を読んでいた骸が どうぞ、と声をかけた。フゥ太は隅でランキングブックを抱えて縮こまる。しかし、ノックの音があってから一向にドアが開く音がしない。不審に思ったのか骸も顔を上げる。そして思い当たる人物が頭に浮かんだのか微笑み、ですね?と半ば確信に近い声音で彼は声をかけた。調子の悪い音が響く。立っていたのはフゥ太が初めて見る人だった。


フゥ太が此処に連れてこられて結構な日にちが経つ。見張りは曜日で決められているらしい。月曜日は犬で(キャンキャンと煩い)火曜日は千種(月曜とのギャップがあり過ぎる)。水曜がバーズ(よく鼻血を出して気持ち悪い)、木曜がM.M(機嫌が悪いと最悪だ)、金曜にジジヂヂ(最早人でない)で土曜はランチア(顔付きが怖い)。そして日曜は骸が見張りを務める。一番まともに見える彼の当番の日がフゥ太は一番イヤだった。常にピンと張り詰めた空気。見張り役は一日中部屋にいる。他のメンバーが好きなことし放題の中彼は本を読んでいる事が多い。が、その間ですら殺気にも似た存在感がフゥ太を押し潰す。骸がと呼ばれた女に向ってニコリと笑う。重々しい空気が変わった。どうしたんですか。何か用事でも?穏やかな声には戸惑った顔をするばかりで口を開かない。骸が困ったような笑顔でフゥ太に向き直った。どうやらは君に用事があるようですね。


「僕は少しの間席を外しましょう。、用事が終わったら教えてください。」






「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」


行き成り二人っきりにされた室内。どちらも無言。フゥ太にすれば初対面のどんな人かも知らないに警戒心を強めるのは当然で、からすれば自分から話すのは苦手で、結局無言のままだ。お互いの目だけが合わさる。数分の沈黙。根気で負けたのはフゥ太だった。あの、と呟いて相手の手を見る。彼女の手には正方形に象られた青色の紙が何枚か握られていた。何に使うのだろう、と警戒を更に強めれば 君は、と心地いい声が聞こえた。


「折り紙、とか出来る?」








「そこをこう折って・・・・うん、そうそう」


何回も折られた正方形の紙はフゥ太の指示に従って姿を変えていく。出会って早々 折り紙は出来るかと訊かれたのは初めてだ。不覚にもフゥ太はぽかんとした顔でを見た。出来ると答えるとじゃぁ、船の作り方を教えて欲しいとすごくばつの悪い顔で頼んでくるのですっかり毒気を抜かれてしまった。


「・・・できた。」
「上手いよ。よかったね。」
「ん。ありがと・・・。」


綺麗とまではいかないが何とか形の取れた船がの掌に乗っている。彼女が何度も指先で撫でるものだから折り紙は最初に見た時よりくにゃりと元気がない。フゥ太がくすりと笑う。なんと不思議な光景だろう。敵と人質が頭二つ寄せて折り紙。互いの武器は床に転がっているのだから。さん、そう呼ぶと彼女は顔を上げた。髪から垣間見える瞳が静かにフゥ太を眺める。


さんは何で此処にいるの?あの人たちは怖い人なのになんで一緒にいるの?」


不思議に思ってた。無口で無表情の彼女は、それでも身に纏う雰囲気は緩やかで優しい。あのメンバーとはどこか違う。彼女はゆっくりと目を瞬かせると船を撫でた。


「さぁ、なんでだろ。」
「わからないの?」
「わからないよ。」


此処にいる必要はない。自分が抜けたところで埋め合わせはいくらでもいる。同じように抜ける必要もない。埋め合わせは所詮、埋め合わせだ。抜けなければ埋める必要はない。ただ、と言いかけては口を躊躇させた。また新しい言葉を紡ぐ。


「フゥ太はなんでボンゴレのところにいるの?」
「だってとても優しいんだ。僕を普通の子供として接してくれる。此処の人たちみたいに僕が出来る事以上のことを求めないもの。」
「そう・・・」
さんも来ればいいよ。最初のうちは戸惑うかもしれないけどきっと慣れる。ね、おいでよ。本当に優しいから。」


指先が船を撫でる。伏せた瞳に睫毛が影を落とす。


「フゥ太はボンゴレが好きなんだね。」
「大好きだよ。」
「私はどうなんだろう。」


「ただ、此処から離れるなんて考えられないの。あの人たちがいなくなったら私は死ぬよ。」
「誰かが私を殺さなくてもきっと死ぬ。」
「私はダメな奴だからあの人たちがいなきゃ呼吸の仕方もわかんなくなる。だから一緒には行けない。・・・ごめん。」


その声はどちらかと言うと淡々としていて感情が読み取れなかった。しかし、彼女が自分と同じように此処の人たちを好きである事だけはわかった。“好き”と言う言葉を使っていなくとも彼女は此処が好きなのだ。口が緩む。 きっと今の言葉を聞いたらあのいつでも笑みを絶やさない綺麗な男は驚いて硬直するだろう。コレは中々に殺し文句だから。

>>