「・・・・ねぇ」


さっきから金槌と何かが壊れる音がする。千種は少しばかり眉を寄せてを見た。思わず口を開く。しかしガチッだかゴリッだかの音に消されて無意味になった。


「聞こえてんでしょ。」
「・・・・・。」
「それ、どーすんの?」


答えはない。鈍い音が千種の部屋に響く。彼女は無言で鳥の骨を砕くばかりだ。




金槌はあるかと訊かれたのは昼過ぎで、その時千種は部屋で暇つぶしに文庫を読んでいた。ふと気配がしたからドアを開けるとそこには彼の予想を超えた人物がぼんやりと立っているではないか。心中で驚きながらも表情には出さず 何?と訊けば例の言葉が返って来た。


「あるけど・・・」
「貸して」


本当は貸してもいいのだけれどその時彼は暇を持て余していた。しかも相手は滅多に接触してこない人物だ。誰かの命令でもあるまい。(を雑用に使うものは誰もいない)(なぜなら雑用を頼むより他の誰かか或いは自分が行った方が早くて楽だからだ)そう考えると千種は 此処で使うなら貸してやると言った。は嫌そうに顔を歪めたが わかったと頷く。てっきり ならいい、と言って踵を返すかと思っていたからちょっとした驚きだ。は人と関わるのも嫌いだが人の部屋に入るのも(または入られるのも)嫌いだ。相変わらず危ない足取りでおずおずと中に入る彼女を確認して千種は戸を閉めた。それからずっとは金槌を振り上げている。


「と言うか、その骨何?」
「バーズの鳥。」


 彼女は真っ直ぐと半分砕かれた骨を見ている。いつもの鬱々しさも卑屈さもない。凛とした横顔が当たり前のようにそこにはある。また嫌な音が響いた。あまりにも酷い音を出すので千種は何も言わずに金槌を取り上げる。一瞬だけ触れた手。びくりとが震えた。表情に影が落ちる。千種は黙って彼女の代わりに骨を砕く。とは違い幾分静かな音が響いた。
 千種は犬やM.Mから比べると物事に頓着しないタチだと自負している。だからがバーズの鳥だったと言うこの骨をどうして砕くのかあまり気にならない。(一度は訊くが二度は訊かないタイプだ)それよりもあの凛とした横顔はもう見れないものかと思う。他の女のように甘ったるくもなくM.Mのように高慢でもない表情。何か一つに全細胞が集中している時の顔だ。一点だけを鋭く見定めるソレは震え上がるほど美しかったのに。
 次々に骨は砕かれ、最後には粉になった。白い荒い粉。不健康そうな細い手がそろそろと伸びてきて机に広がる粉を集めだす。彼女の手首はきっと千種の指が一周しても余るだろう細さだ。骨の粉は青い綺麗な袋に零さず仕舞われて行く。袋は元は何かの包装紙だったのだろう。小さく切られ、わきをセロハンテープで止めてあった。全てが袋に収まるとは何かの紐で開け口を縛る。が、中々彼女は不器用で上手く縛れない。


「貸して。」


痺れを切らした彼が溜め息混じりにそう言うとは少し戸惑った顔をして、それから机に紐が絡まったままの袋を置いた。容赦なく千種が紐を解いてまた結び直す。静かな時間。千種は器用で紐はするすると結ばれていく。


「川に流すの。」


突然聞こえた声に横を向けばの顔が意外と間近にあって驚いた。彼女はぼんやりと千種の手を眺めている。川に流して、流れに乗って海に着くだろうと言う。澄んだ声。彼女の声を聞くのが何週間ぶりだか千種は覚えていない。ただ心地いい。窓から差し込む光に黒い瞳が透けて金色になった。骸とは違った意味で異色の色。随分と綺麗な目をしていることに今更になって気付く。

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