「なんか変なの。」 「何が変なのか自分でもわからないんだけど、でも変。なんか、もやもやする。胃の上辺り。なんだろ、これ。薬飲んでも治んないの。変、変。クロロ見るとイライラしちゃうの。そんな態度したくないのに。どうしようミルキ。どうすればいい?怖い。鏡に映る自分が自分じゃないみたいな怖い顔してるの。クロロが連れてくる女の人そっくりの顔。どうしよう。私、わたし、」 「汚くなっちゃった。どうしようミルキ、」 4日前の夜にきた電話。 いっぱいいっぱいの声が可哀相で、ソレでいて微笑ましくて、「お前は馬鹿だな」と言った後「それなら俺の家にでも来てみるか?」と誘えば、小さく頼りない声で「・・・・いく」と言うから、コイツのために何か俺に出来ることはないだろうかと柄にもなく考えてしまったのだ。 「まぁミルキ、その子がそうなの!?」 「あぁ、だよ。―――、こっちが俺のお袋と親父。」 は、「よろしくお願いします」と頭を下げた。茶色い猫っ毛が彼女の喉にある蝶の刺青を一瞬隠す。 本当はこっそり家に入れるつもりだった。でも、俺が誰かを部屋に入れるというのがあまりにも珍しく、そもそも友人がいた事に家族はとても驚いたらしく、が着たら連れてくるように親父とお袋に言われていた。幸い他の兄弟とじーちゃんたちは仕事に出かけていて、リビングには俺とと親父、お袋、それから此処まで連れてきたゴトーのみだ。親父がじっとを見る。一般的にいって俺の親父は、デカいし威圧感がすごい。息子の俺でも時々息苦しく感じる事があるほどだ。が感じるプレッシャーは相当のものだろうと思う。しかし、俺の心配をよそには親父の目をしっかりと見ていた。親父が喉で笑う。こんな笑い方をするときは、相手を気に入ったときだ。まぁ、人嫌いの俺が気に入ったヤツだから、大丈夫だとは思っていたけど。 「ミルキの父のシルバ=ゾルディックだ。息子が世話になっている。」 「いえ、わたしの方こそいつもお世話になってます。」 「ほう、例えば?」 親父はにやりと笑って頬杖をつく。知っていた事とはいえ、中々意地が悪い。 は赤褐色の両目を丸くしてから、戸惑った顔で「私は、あまり説明が上手くないのですが」と切り出した。 「ミルキは私の事をバカだとか単純だとか言うんです。でもそんな事誰も言わなくて、むしろ何を考えているかわからないと保護者・・・・のような人に言われる始末で。それなのにミルキは私の事バカだって言うんです。私のややこしい話最後まで聞いてくれて、お前はバカだなって。ちゃんと私の性格とか全部知ってくれてるようで、それで、その、」 そこまで言っては顔を少し赤くした。 曲がりくねったまま結論に辿り着かなくなってしまったらしい。自分でも何を言っているかわからない、という顔をしている。横目で見れば伏せた目元は羞恥に赤く染まっていた。く、と親父が肩を震わせた。見れば珍しい事に少し後ろにいるゴトーも口を手で覆って笑っている。お袋に関しては、「まぁまぁまぁ!」と嬉しそうに微笑んでいた。 「つまりミルキはお前にとって必要不可欠な存在、ということか。」 「あ・・・・ハイ、そうです。」 親父に訳されての頬の赤みは最高潮だ。 これ以上この場にいるとが羞恥で爆発しそうなので、彼女を自分の部屋へ連れて行く旨を話して一端、リビングを後にした。薄暗い廊下の中、はリビングの出来事を引きずっているのかギクシャク歩く。顔の赤味はまだ抜けていない。「悪かったな」と言うとは首を振って「ミルキのお父さんは、ミルキに似て話しやすいね。でも話し易いから言葉を選ぶのが大変。」と不器用に笑った。 はあまり笑わない。 いや、笑わないというよりは、笑い方を知らないように見えた。だから笑おうとするととても不器用な笑みになる。きっと声を上げて笑ったこともないのだろう。は笑うとき、いつも喉で静かに笑うのだ。すると彼女の喉に描かれた蝶がパタパタと舞うように動いて、そのうちを連れてふらふら漂い、何処かへ行ってしまうんじゃないかと心配になる。彼女は生に執着していない。同じように死にも取り憑かれていない。ただそこに居るだけ。トラックが突っ込んできたら生きようと思う前に諦め、数歩先に穴が空いていたら何食わぬ顔で避ける。生きたいと思うわけでもなく、死にたいと思うわけでもない。曖昧で、浮世離れした人。そんな彼女を唯一、地に繋ぎとめているのは、保護者への想いだけだ。 「なんか汚くなっちゃった。」 俺の部屋にくるとは一言そう言って黙ってしまった。 ようやく自分の中にある感情に気付き始めたという所か。眉を寄せて目を伏せている。とりあえず自分がどうしたいのか自身がわかった方がいいだろう。紙とペンを用意して「誰にっていうのは書かなくていいから、して欲しい事書いとけ。」と言うと「でも、」とか「それはちょっと」とかうだうだ言うから「願望は悪い事じゃないだろ。いいから書けよ。」と顔をしかめると渋々はペンを取り、のろのろと書き出した。その間俺は仕事。じーちゃんにターゲットの情報を調べるように言われていた。しばらくカチャカチャと俺がキーボードを叩く音と、止まっては書き、書いては止まってを繰り返すのペンの音だけが部屋に聞こえる。結局俺の仕事が終わったのは、夕日が落ちたくらいだ。アレから数時間経っている。もしかしたらは声をかけたかもしれない。1つの事に集中すると何も聞こえなくなるのは悪い癖だ。やれやれと頭を掻いて振り向くと、信じられない事にはまだ悩んでいた。紙には『して欲しい事10項目』と書かれ、その下に頼りない字でいくつか書かれてある。 ・手を繋いでください。 ・一週間に1度は必ず、夜ご飯を一緒に食べてください。 ・誕生日は祝わせてください。 ・「おやすみなさい」と言わせてください。 「・・・『ください』ばっかだなぁ、」 後ろから覗き込めばは眉を寄せて「願望書けって言ったじゃん」と口を尖らせる。俺が言いたいのは、願望なのに『ください』ばかりだってことなんだけどな。もっと命令調でもいいだろ。願望なんだから。もっと我侭言えばいいのに。『キスして』とか『愛して』とか。もっと大きく出たっていいのに。 そこまで考えてコイツがまだ保護者の“クロロさん”への恋心に気付いていないのを思い出した。まったくややこしい。どうやって気付かせればいいのか。下手に突きつければはパニックになるだろう。気付きかけている状態で既にパニックを起こしているのだから。小さくため息をつくとが頭に疑問符を浮かべて俺を見ていた。 「まぁいいや。ちょっとじーちゃんトコ行ってくるから。」 「ゼノさん?」 「あぁ。・・・よく覚えていたな。」 「てっきり忘れてたと思ってた」そう言うとは「ミルキが話した事は覚えてるよ。一日一殺のゼノさん。」と嬉しそうな声音で唄うように言う。その顔はやはり不器用な笑みで。喉の蝶がパタパタと舞う。なんだかなぁ・・・。 の『して欲しい事』は、我侭にも入らないような小さい事のような気がする。日常で使われるような些細な事だ。そんな些細な事すらアンタは与えられないのか、“クロロさん”?それはあんまりじゃァないか。 やり切れない思いでドスドス廊下を歩くと、仕事帰りのキルと会った。「ブタくんの彼女来てるんだって?やっぱりブタなの?」と失礼極まりないことを言われたが、が書いた『して欲しい事10項目』の1番最後があまりにもやり切れなくて怒る気力もなく、無言で通り過ぎると、キルが驚いた顔をして俺を見つめるのが気配でわかった。 (あんな事思わせるなよ“クロロさん”。「嘘でいいので「おかえり」と言ってください」なんて、そんな可哀相な事、) |
くださいくださいってうるさいですか
(嗚呼なんて事だ!こんな純粋娘が好きになった相手が不純粋保護者だなんて!世界は残酷すぎるだろ!!)
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