飛行船に乗ったのは、クロロに拾われて以来だ。
しかしその時は、疲れて寝ていたので記憶は全くない。だから今回が初乗船と言っても、なんら可笑しくはないのである。


「外はおもしろいかい★」


乗船してからずっと窓の外を眺めていたからだろうか。
振り向くと相部屋になったピエロみたいな男の人がニコニコと笑みを浮かべて私を見ていた。うそ臭い笑みからクロロや私が会った事のある団員たちと似た雰囲気が漂ってくる。この人もきっと念能力者だ。それもクロロたちと同じくらい強い人。


「面白いというか、珍しいです。こんな高さから街を見下ろした事がないので。」
「そう◆」
「ただ、」
「ただ?」
「私の目的地に着くまでこの船が鉄の重さに耐え切れるか心配です。」


理屈はわかってますよ?でも納得できません。鉄が空を飛ぶなんて。風船で鉄が浮くなんて。
そんな事を言うと、男の人は目を丸くして、それから「確かにそうだねぇ★」と肩を震わせて笑った。なんとなく馬鹿にされたような気がしなくもない。まぁ別にいいけど。






元々飛行船は国を渡るのに唯一の乗り物だから、かなり人気なのは知っていた。
だから一昨日、急遽取ってもらったチケットにまったく異存はない。むしろ部屋まで確保されているんだから満足である。しかし、先ほど相部屋の男性と二言、三言会話をしてから、興味を持たれたというか、暇つぶしにうってつけとでも思われたのか、やたら声をかけられたり、無言でじっと見られたり、時々「ククク」と薄気味悪い笑い声を上げられたりして、ちょっと対処に困っている。


は何処まで行くんだい?」
「パドキア共和国の・・・・ククルーマウンテンです、確か。」


そんな所だった気がする。「とにかくデカい山が見えたら降りればいいから」と友人に言われたからあまり覚えていない。チケット見ればすぐわかるんだけどリュックの中に入れてあって、そのリュックは5メートルほど離れた二段ベッドの下に置いてある。取りに行くのは面倒だ。ぼんやり覚えていた名前を口にするとヒソカさんは、驚いた顔をしてまた「ククク」と笑った。なにかの弧線に触れたらしい。


「そこはゾルディック家の敷地だよ◆」
「ゾルディック家・・・・」
「暗殺一家さ★」


そういえばそんな事言ってた。いつ言ってたかは覚えていないから結構前だと思う。
彼とは趣味とか普段の生活とか悩みとか、心底にあるものをよく話すので、肝心の家がどんな家業なのかすっかり忘れていた。私みたいなのが行っていいのだろうか。門前払いの可能性もある。しかし今更あの家には戻れないし、戻りたくはなかった。だってクロロの事で胸がもやもやして、理解不能な感情に悩まされたから家出したのだ。居場所がないので戻ってきました、なんて出来るはずがない。
例え門前払いされたとしてもその敷地内で野宿してやる。そんな風に意気込んでいるとヒソカさんがこっちをじっと眺めているのに気が付いて、それから話の途中だった事を思い出した。慌てて「昔そんな事言っていた気がします」と言うと「昔から付き合いがあるのかい?面白いねぇ★」これまた薄ら笑いを向けられる。


「多分、ヒソカさんが思っているような付き合いじゃないですよ。」
「僕が思っている付き合いってどんなの?」
「暗殺依頼・・・とか、対等な立場、とか。私はまったく強くないですし、友人も暗殺には向いてない人ですから。ただの友人です。」
「なるほど★でもそれならもっと面白いよ◆」


だってキミは暗殺に向いてないゾルディック家の家人と“ただの友達”なんだろ?それってかなり面白い★
ヒソカさんは楽しそうに笑う。言われてみれば確かに変な関係だ。今まで気が付かなかったけど。
友人は私にとって、唯一無二の友人だった。住んでいる所がお互い遠くて実際に会った事はないけど、今まで生きてきた中でそんな風に思えるのは、友人を除いて誰もいなかった。誰にも言えない事、上手くまとまらない感情、友人には何だって言えた。クロロは、私を無口で何を考えているかわからないと言うけど、友人に言わせれば私は、かなり饒舌で、だけど伝え方を知らないから結局胸のうちに溜め込んで自爆する単純バカ、らしい。


「お前は本当に馬鹿だな、」


携帯で、チャットで、テレビ電話で。
友人はいつも私をそう評した。見下した言葉だし、他人に言われれば間違いなく殺している。けど、彼に言われるのは許せた。嫌味ったらしくて短気で、プライドの高い彼。だけどソレを口にするときは、何故か柔らかくて、「仕方がないなぁ」という雰囲気になるのだ。その空気がとても好きで、泣きそうになるほど安堵する。


ヒソカさんは私を見ながらニコニコと笑うだけで、それ以上の説明は求めなかった。「ご飯でも食べに行こうか★」と話題を変えてくれて、ほっとした。だって求められた所で口下手な私が上手く話せるとは到底思えない。初対面でこの先もう会うこともないだろう人でも、困った顔をされるのは嫌だった。そう思うのは、彼が見てくれに反して話し上手で、聞き上手だったからかもしれない。目的地に着くまでの間、ぽつり、ぽつりとしか話せない私の話を上手く広げて、楽しいものに変えてくれた。そして何より、飛行船内にある食堂で彼が「レタスとキャベツって何が違うんだろうねぇ◆」と、あの時のクロロのように言うから、なんだかクロロと被ってしまったのだ。


私の生活はどれだけクロロ中心に回っているんだろう。心底自分が、嫌になる。
きっとクロロは私の事なんて何も考えていない。私がどんなに胸が苦しくて泣きたいのに、涙が出てこない理解不能な感情に悩まされているかなど小指の甘皮ほどにもわかっていない。(此れに関しては、私ですらわかっていないのだから、クロロがわかるはずもないのだと知っているのだけれど、でも、)
私の事などどうでもいいんだ。


だからあんな事平気で言う。
「お前は何を考えているのかわからない。」なんて、酷い事。
私はいつだってクロロの事ばかり考えているのに。







悲しくて、腹立たしくて、「手っ取り早くシチューにでもぶち込んでやれば良かった。」と会って早々ミルキに言うと、彼は怪訝そうな顔をして「何を?」なんて言う。不機嫌に「・・・心臓」と言ってみたら、今度こそミルキは呆れた顔をして、


「お前は相変わらず馬鹿だな」と、笑った。










手っとり早く心臓を食べてください
(有害な感情がいっぱいいっぱい詰まった私の心臓、さあ召し上がってください。冷めたシチューによく合うでしょう?)


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