がいなくなった。 というのは俺の弟子・・・いや、正確には持ち物だ。随分と前に流星街に落ちてたのを拾った。煩くなくて手がかからないは、云わば空気のような存在で、いてもいなくても同じだと思っていた。 リビングのソファに座ってタバコに火をつける。 女は朝起きてすぐに追い出した。女というのは不思議な生き物だ。夜はあんなに魅力的なのに朝見ると醜くて、酷いときには吐きそうになる。そして皆、同様に同じく見えるのだ。同じく喘いで、腰を振る。まるで示し合わせたかのように今抱いてる女が、昨日抱いた女に被り、此れまで抱いてきた女達と一寸のブレもなく重なり合って記憶に残らない。今の女も今夜には、顔も忘れているのだろう。 そんな事を言うとウチの女性団員は嫌な顔をする。聞いてきたのはそっちなのに、随分な態度だと腹を立てたのはまだ記憶にある。「団長、そのうち刺されるわよ」と呆れた風にパクノダが言うから「そんなへまはしない」と笑うと「女にじゃないわよ。うちのモテない男達に」と言われてしまった。彼女は中々うまい事を言う。 いつのまにかタバコが短くなっていた。 考え事をするといつもこうだ。その度は「この世には灰皿という文明の利器があるんですよ」と嫌味を言って灰皿を出していた。目をやると手を伸ばせば届く所に灰皿が置いてあった。いつもはが置くのに今日は、まるで俺がこの場所で吸うのを知っているかのように絶妙な場所に置いてある。不思議だと思ってから、昨日の夜の時点では此処を出て行くつもりだった事にようやく気が付いた。冷蔵庫に朝飯があるのも、大量に買ってきた冷凍食品も今日のためだったのだ。 短いソレを灰皿に強く押し付け、また新しいタバコに火をつける。 いつも通りの朝なのにやる気が出ない。のいない部屋はこんなにも広かっただろうか。見るところ見るところ無口であまり笑わない彼女を思い出す。無表情とまではいかないが、感情を表に出さない子だった。だからよくわからないところも多々あった。 いつだったか逃げる人の話をした。 フェイタンが拷問中にうっかり逃がしてしまって、やっぱり最初に脚をもいでおけば良かったとぼやいていたという話がきっかけだった気がする。は、サヤエンドウの筋剥きをしていた。(余談だが、サヤエンドウとインゲンの違いが未だにわからない。前にキャベツとレタスの違いを聞いたら、その日の夕食に両方の野菜が大量に出たので、聞くのがはばかられる。)アルミのボールを足で支え、器用に筋を剥いていく。 「結局フェイタンさんはその人拷問にかけたんですか?」 「あぁ、あいつはしつこいからな。逃げるものは何でも追いかける。」 「そう云われれば、どこなく猫に似てますね。・・・雰囲気かな。」 前半は俺へ、後半は自分を納得させる為の独り言のようだった。彼女は俺を“クロロ”と呼び捨てにするくせに、いつも敬語だ。団員に大しても常に敬語だからてっきり敬語が癖なのかと思ったら、この間電話相手にタメ口で話していてかなり驚いた。誰なのか聞くと、「私にだって友人くらいいますよ」と冷静に返されてしまって、なんとなくそれ以上の追及はできなかった。もしかしたら今回の家出にその友人が1枚噛んでいるんじゃないかと思うと、あの時無理にでも聞いておけば良かったと後悔してしまう。 「クロロは追いかけそうにありませんね。」 「そうか?」 「だってあなたは、蜘蛛以外どうでもいいものばかり持っているですから。欲しいと思ったら何でも盗るのに結局いらないものばかり。」 きっと逃げたら追わずに、そこら辺から補充するタイプですよ。 むっとして「失礼だな」と言うと「本当の事じゃないですか」としれっとした顔でサヤエンドウの筋を取る。伏せた目は、睫毛の影に隠れてどんな色をしているのかわからなかった。しばらくの間会話が途切れて、ふと黙々と筋を剥くを眺める。彼女がいなくなったら自分はどうするだろうか。そしてすぐに、どうもしないだろうな、と思う。彼女が言ったとおり、いなくなったら別の誰かで補えばいい。あぁ、でも。 「グレイトスタンプのクリームシチュー・・・」 「は?」 「お前のアレは美味い。」 「・・・それはどうもありがとうございます。まぁ、手間暇かけてますしね。」 「俺から逃げるなよ、。アレが食べれなくなるのはキツイ。」 の料理はまあまあ美味いが、グレイトスタンプのクリームシチューだけはどこの店よりも美味い。 なにかコツがあるのだろう。聞いてみたいが、聞いた所で俺は料理に興味が無いので、結局聞いても聞かなくても大差がない。それにが作ってくれるのだから、俺が覚える必要なんて最初からないのだ。 俺の中でが作るクリームシチューの件が完結した頃、今まで黙っていたが「それなら」とぽつり呟いた。 「それならいっそうの事、動けないようにして下さいよ。そしたら私は動かなくて済むのだし。」 サヤエンドウを剥きながら言うから、彼女がどんな顔をして言ったのかわからなかった。ただ、彼女の矛盾ばかりの言葉に首をかしげ、「それはおかしくないか?動きたくないと思っているなら、無理に動けなくする必要がない。」と言った所、はサヤエンドウから俺に視線を移し、ゆっくりを瞬きをした後「ソレもそうですね。」とだけ言って、またサヤエンドウに視線を戻した。 3本目のタバコに火はつけなかった。 重い腰を上げ、冷蔵庫を開ける。中には、朝飯にしてはもたれそうなクリームシチューが鍋ごと入っていた。グレイトスタンプのクリームシチュー。皿にわけて椅子に座る。電子レンジで温めようとも思ったが、面倒なのでそのまま食べる事にした。 一口食べて、温めればよかったと後悔する。でも立つのが面倒で嫌々食べる。今日は後悔と面倒な事ばかりだ。テーブルには白い紙が置かれてあった。A4サイズの真っ白い紙。置手紙のつもりなのか、はたまた何かしようとして忘れたのか。 スプーンを持たない手でポケットから携帯を取り出す。 アドレス帳から目的の人物の名を発見して迷わずボタンを押した。 『もしもし?』 「頼みたい事がある。」 『私的?それなら高くつくよ。』 電話越しに相手のにんまりした顔が浮かんだ。 以前が「シャルさんて、爽やかそうに見えて案外がめついですよね」と正面切って相手に言っていたのを思い出す。 「・・・相変わらず金大好きだな。まぁいい。がいなくなった。」 『つっ、ついに団長、愛想尽かされちゃったんだ?!』 「人をろくでなしみたいに言うな。それから、ついにって何だ。」 失礼にも程がある。 シャルは俺の否定には一切耳を貸さず、「やっぱりね」とか「いつかこうなると思ったんだよ」とか、さらに失礼なことを口にすると「わかった、調べてみるよ」と、一方的に通話を終了させた。切られた携帯をしばらく見てから、とりあえずシチューを頬張る。不味い。 「それならいっそうの事、動けないようにして下さいよ。そしたら私は動かなくて済むのだし。」 あの日、サヤエンドウの筋を取りながら言ったの言葉が頭を過ぎって、消えた。 |
ついでに脚をもいでってくれませんか
(動けるから私は試したくなるんですよ。
あなたが私を繋ぎとめに来るかどうか、私に価値があるかどうか。)
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