夜の明け切らない部屋でぼんやりと考える。 もしあの時、私を拾ったのがクロロじゃなかったら何か変わっていたのだろうか、と。 たとえばパクノダさんだったら、シャルナークさんだったら。私は隣の部屋から聞こえる艶めいた女性の喘ぎ声をこれほどまでに気持ち悪く思ったり、しなかったのだろうか。 ごろりと寝返りを打つ。 時計は午前4時を指していた。ブラインドの隙間から見える空はまだ暗い。 朝ごはんは昨日のうちに作って、冷蔵庫の中に入っている。お昼はクロロが勝手に作るだろう。そのために昨日近くの店に行ってクロロでも作れそうな即席料理の冷凍品を大量に買った。「俺だって本気になれば料理くらい出来る」と言っていたけど、私はクロロが料理をしている所を見たことは1度だってないし、そもそも彼が料理に本気になるという現象が、この先永遠に訪れる事はないと思っている。 「んぁ・・・もっとぉ・・・っ」 啼き止まない声。今日の“恋人”は随分と体力があるらしい。 日付が変わらないうちから始まったセックスに、未だによく喘いでいる。逆に言えば散々喘がしているクロロも相当の絶倫だ。いや、イかないから元気なのかもしれない。そんな話を彼と寝た人からよく聞く。 「クロロって上手いのに中々イかないのよ。だから無理にでもキュウキュウ締め付けてやるの。」 ふふふと笑って私を見るその顔は、大抵、優越感と嫉妬をごちゃ混ぜにした醜い顔をしている。 私が彼と10歳も年が離れていて、1度も寝たことがないことを嗤い、彼と寝たことがないにも関わらず傍に居られることを恨んでいるのだ。 女と言うのは実にややこしい。 そしてそんな風に女性を醜くさせている当の本人は、良い意味でドライ、悪い意味で冷酷非道な性格をしているので飽きた女性には見向きもしないし、あまりしつこいと何処かに売ったり、殺したりする。面倒な事は嫌いな性質なのだ。それならそこら辺の女を引っ掛けなければいいのにと言うと彼は笑って「相手が勝手にやってくるんだ」と肩をすくめた。簡単にイかないから女性もむきになるんじゃないですか、と呆れ混じりに言ったら、急に顔付きを変えて「誰だ、そんな事お前に教えたのは」と怒られて以来、私は彼の夜の行為には口を挟まない事にした。 時計が4時30分を指す。 ベッドでごろごろしていると時間を忘れてしまいがちだ。先ほど女性が甲高い声を出して、静かになった。終わったらしい。音を立てずに起き上がる。隣の部屋は今から「おやすみなさい」に入るのだろう。そして9時ごろまで起きてこない。この間マチさんが尋ねてきたときまだ寝ている事を教えると、同情するような目付きで「アンタも大変だね。」と言われてしまった。 長袖のシャツに袖を通して黒い綿パンツを履く。 簡単に身支度を済ませてから、昨日準備したリュックを背負った。 クロロ=ルシルフルという男に拾われてから10年。私は今日で17歳だ。7歳だった頃より背も伸びたし、強くなった。念も馴染み深いものにもなったし、ある程度の能力者には太刀打ちできるようになったと思う。偏にクロロのおかげだ。彼がいなかったら私は、ここまで強くなれなかった。 だけどもう一緒にはいられない。 部屋のドアをそっと開ける。 そこはすぐにリビングに繋がっていて、私の部屋の右隣がクロロに部屋になっている。 しんとしたリビングは、ずいぶんと冷たく感じられた。ポケットには一昨日友人に急遽とってもらった飛行船のチケット。チケットには始めていく国名が記されている。思えば私は流星街とこの家くらいしか知らなかった。重い玄関を開けて外に出る。 夜気を纏う空気がクロロの雰囲気に似ていてなんか胸がキリキリした。 電灯がぼんやり辺りを滲ませる。東の空が白んでいた。もうすぐ夜明けだ。 私は大きく息を吸い込み、そのまま眠る街を一気に駆け抜けた。 (なんだか私は、醜くなってしまったようです。あなたは「子供が何を、」と嗤うかもしれませんが、夜な夜な聞こえてくる女性の喘ぎ声に、もやもやを感じずに入られなくなってしまいました。そんな私があなたの傍にいるのは良くないので、家出してみる事にしました。) (・・・というのは建前で、結局一昨日の夜、あなたがリビングで女性とキスしていたのを目撃してしまったことが原因なのかもしれません。いつか大人と認めてくれたら、お祝いの品に欲しかったのに。) |
いつかでもいいですけど誰かじゃ厭です
(知らない誰かにあげちゃったんじゃ、ねぇ。)
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