7時に起きるはずが気付いたら10時を回っていた。 再びぼーっとソファに座る。ハルはもう起きていて、しきりに餌の催促をしてくる。あまりのしつこさにツナ缶をあげると夢中で食べ始めた。そんなに腹が減っていたとは。悪い事をした。 毛布を被ったまま紅茶を入れてバルコニーに出る。 市販のティーパックは簡単だけど匂いが弱い。ワタリの淹れた紅茶と比べると雲泥の差だ。彼に紅茶を淹れてもらったのは随分と前、イタリアの猟奇殺人事件のときが最後だ。世界の切り札と呼ばれる世界探偵『L』の助手である彼は、70歳になると言うのに実に紳士的で矍鑠としている。紅茶を淹れるのが得意で、あの我侭で自分勝手なLも彼の淹れた紅茶には文句を言わない。 思えばLにもここ半年ほど会っていなかった。 メロとマットは頻繁に会っているが、私にはそれほどの能力もないし年に数回会えるのが精一杯だ。メロもマットも頭がべらぼうに良い。IQ200を越える才能豊かな子供が暮らす孤児院、通称“ワイミーズハウス”でも2と3の頭脳を誇っていた。次期『L』候補生とまで言われていた2人に、下から数えたほうが早い私が敵うはずがない。結局メロもマットも後継者からは外れ、ワイミーズハウスで常に1だったニアという少年が次期『L』として選ばれた。本人たちは凄く悔しがっていたけどニアには敵わない事を2人とも知っていたみたいだ。 ニアは何をしても無感動な少年で、1人でいることが多かった。 私も2年間だけ同室になったけど会話をしたのは両の手で足りるほどだ。今は『L』の下について一緒に行動していると聞く。孤児院を出てからニアとはメールでしか連絡を取っていない。背は伸びただろうか。彼は常に1で誰にも負けない少年だったけど身長だけは同年代である私達の中で1番チビだった。まぁ、私とニアの身長の差は1ミリだったからあまり変わらない。ただニアにとってはかなり悔しかったみたいだったけど。 メロとマットは後継者からは外れたものの『L』のサポート役として世界を駆け回っている。 まぁ、本人たちは現在の『L』のサポートをしていると言い張るが・・・。(ニアと2人の仲はあまり良好とはいえない。特にメロとは犬猿の仲で孤児院にいた頃から何かと衝突していた)私はさらに下のメロとマットのサポート役だ。データ処理とか情報収集とか事務方を勤める。今回は比較的簡単な事件だったのか私が動くことはなかったが。必要となれば彼らの欲しい情報を欲しい時に欲しいだけ収集するのが私の役目だ。 朝方降っていた雨は天気予報どおり止んだようだった。 雲の切れ間から青い空が見えている。風も気持ち良い。毛布から手を出して策に寄りかかる。表通りを行きかう人をしばらく眺めていると隣のフラットの引き戸が開く音がした。うちのフラットは基本的に安さを売りにしている。だからバルコニーは別々でもその間隔は50センチも離れていない。おまけに仕切り板もないから丸見えだ。当然そんなバルコニーでばったり会ったら、気まずい事この上ない。 「「・・・・・・・・・・・。」」 ブラックさんは驚いた顔のまま固まっている。 肩に乗せたフクロウだけが不思議そうに目をくりくりさせていた。隣人、シリウス・ブラックは私の予想より随分若かった。20歳・・・・いや、私と同じくらいだろう。背はメロくらいで顔付きも成人に近づいているが、輪郭のラインが未成年特有の幼さが残っている。かなり整った分類にはいる美形だ。さらさらの黒髪に意志の強そうな灰色の瞳。鼻筋がすっと通っていて唇の形も良い。これなら毎夜違う女がいてもおかしくない。手にしていた紅茶を啜る。すると彼ははっとした顔をした後、ニヤリと笑った。人を馬鹿にしたような笑み。彼は肩のフクロウを空に飛ばしてから言ったのだ。 「アンタさ、いくら家だとしても外出る時はそれなりの格好した方がいいぜ。美人ってわけでもないんだからさ。」 余計なお世話だ、この野郎。 |
花も咲かない
(その顔に、誰もが見惚れると思うなよ)