土方は機嫌が悪かった。
今日一番の機嫌の悪さだ。
目の前にはこれでもかと言うほど身を縮めた女子生徒。
その生徒の隣には我がもの顔で煙草をふかす化学教師。
「何でてめぇがいるんだァァァ!!」
彼は手元にあった『数学B』の教科書を躊躇いもせず投げつけた。
当然避けられてしまったが。
拝啓数学教師様へ まぁそのうち良い事あるよ。
「そんな怒んないでよ、大串君。」
「大串じゃねぇ!土方だ!何回間違ってんだよ、この白髪頭!!」
「何言ってんの、これは白髪じゃなくて銀髪。
目まで可笑しくなっちゃったんじゃねぇのー?」
「んだとー?!!」
乱闘になりつつある雰囲気にはもっと身を縮める。
生徒指導室なので助けてくれる生徒もいなけりゃ教師もいない。
「どうでもいいけど早くしてよねー。
も俺も暇じゃねぇんだしよォ。」
そうだ。
だって暇じゃない。
今日は五時からアンパンマンの再放送があるのだ。
カビルンルンが出てくるのだ。
ビデオのセットをしていない。
早く帰らなければ!
「ほーら、大串君があんまり怒るから現実逃避しちゃったよ。」
頭の中はセットの事で一杯。
アンパンマンの事は頭からすでにはみ出している。
「!!」
土方の傍にあった消しゴムが直線を描き、の頭にヒット。
さすが高校時代野球部だっただけある。
「とにかく、だ。」
どうにか落ち着いた頃、土方がテーブルに一枚の紙を置いた。
その紙を頭を擦る女子生徒と煙草を取り上げられたその生徒の担任が覗く。
それはテストの答案用紙だった。
「三十六点たぁどう言う事だ、。」
ドンッ、と机を叩く土方。
坂田はマジマジと用紙を見る。
「マジでの?これ。」
「名前書いてあんだろ。」
「え、でも、えー。」
信じられない。
他の生徒ならともかく。
担当の先生が苦手だからですよ
さっきまで話していた話題が過ぎる。
まさか、ここまでとは。
「・・・相当嫌われてんね、大串君・・・。」
「はぁ?!何処をどう取ったらそうなるんだよ?!!」
同情めいた目を向けられて面白くないのは土方だ。
彼はテスト一週間前から放課後みっちり個別授業をした。
通常そんな事しない土方が、だ。
土方が怒るのも無理ない。
「俺が思うに怒ってばっかだからだよ。」
「怒らせることをするからだろォが!」
「まーた怒る。たまには俺を見習えよー。」
「てめぇに教わる事なんかねぇよ。」
「でも、は化学八十四点だし。」
「・・・・・・・・。」
“ねぇー”と小首を傾げる坂田にもわからず合わせてみる。
その向いで土方がボクシングで負けた選手のように落ち込んでいる。
負けた。
激しく負けた気分だ。
化学と数学なんてあまり共通点はないのだけれど。
負 け た
数学が化学に負けた。
っていうか、坂田に負けた。
それが一番屈辱的だ。
「まぁ俺と大串君の差って奴?」
むふふと笑う坂田。
「・・・・・うっせェ!うっせェ!!オイ、!!!」
「っ!は、はい!!」
行き成り振られてはびくりと肩を震わせる。
二つの結った髪が体と一テンポずれて揺れた。
「あんなにやったのに何で取れねェんだ!!」
「・・・さ、さぁ。私にもさっぱり・・。」
「さっぱりじゃねェだろ!」
「ひっ。」
「つか、なんで数Uが出てくるんだ?!BのテストなんだよBの!!」
机をバンバンと叩きながらキレる土方。
どんどんの身体が小さくなっていく。(ように坂田には見えた)
もうそろそろ勘弁してやってよ、そう口を開こうとしたときだった。
ガシャーン
何かが地面に落ちたような音がした。
しかし、その音はもう一人の数学教師がドアを開けた音だ。
いや、開けたは開けたでも蹴り開けた方だ。(幸いドアがちゃんと閉まっていなかった為壊れる事は無かった)
「ー・・・・・・。」
この世の声とは思えない低い声。
獣のような危ない空気を漂わせて彼は入ってきた。
はすでに硬直状態。
「何、どーしちゃったの?高杉。」
平然な顔を装って(しかし内面は少し冷汗をかいている)坂田は出来るだけ
当たり障りのない事を口走った。
「あ゛ー?どーしただと?どーしたもこーしたもねェよ。」
はい、最高に機嫌悪いですねっ!(爽)
普段から目付きの悪い目が一層悪くなって。
低い声は冷たさと熱さをほど良くミックスした感じで。
纏うオーラはマーブルを通り越して真っ黒だ。
「一週間・・・・。」
ぼそりと呟かれた言葉に坂田と土方の頭にクエスチョンマークが飛び交う。
「俺ァこの一週間コイツにつぎ込んだんだ。一週間だぞ!一週間!!」
一週間ありゃぁカップ麺いくつ出来ると思ってんだ!!!
高杉自身そうとうキてるのか理解に苦しむ例えを出してきて
一層坂田たちを困惑させた。
「わかってんだろーなァ・・・。」
青筋を立たせながら尚笑う高杉にこの場に居た全員が身の危険を感じた。
名を呼ばれた本人はすでに冷や汗で脱水症状を起こしかけている。
「あ、ああああの、わたくしも力の限りテストに臨んだのですが、その、ねぇ?」
「何が ねぇ、だ!ちょっと来い!!」
「オイ、待てよ!」
ぐいっと腕を掴んで部屋を出ていこうとする高杉に食って掛かったのは今まで呆然としていた土方だった。
「・・・あー?なんだよ。」
「に用があるのはテメェだけじゃねぇんだ。」
「知るか。」
「俺のほうが早かったんだっつーの!」
「テメェの事なんてどうでもいいんだよ!」
「あんだとぉ!!」
を挟んで睨み合う二人。
挟まれたはもう死にかけだ。(実際硬直したまま高杉に腕を掴まれてる状態だ)
蚊帳の外にされている坂田は面白くない。
俺の娘(生徒)に何してんのよ、テメェら。(怒)
しかし、坂田の内心を知る由もない二人は言い争い、睨み合い、果てには背後に龍と虎が見える程にまできている。
「だから俺が先だって言ってんだろぉが!!」
「先も後も関係ねェんだって何回言わすんだ!こっちは気が立ってんだよ!!黙って渡せや!!」
「気が立ってんのは俺だって同じだ!!三十六だぞ?!三十六!!」
百点中三十六だぞ?!
もうやけくそなのか暴露する土方。
その点を取ったのプライバシーは一切ない。
とりあえず今の土方に不幸自慢で勝つ奴はいないだろうと坂田は思っていた。
しかし世の中不思議な事だらけだ。
「三十六点だぁ?いいじゃねぇか!そんくらいが取ったら俺は泣いて喜んでやるよ!!」
はっ!と鼻で笑う高杉。
そして片手に握り締めていた紙を勢い良く机に叩き付けた。
十四点
「じゅ、十四・・・。」
「うわ・・・・・・。」
坂田、土方共に次の言葉が出てこない。
「じゃぁ、連れてくぜ。」
今度こそ土方も止めはしなかった。
呆然と高杉との後姿を見送った。
それは刑事に連行される逃亡者のようだったと後々坂田は言う。