目の前で黒い髪とマフラーが揺れている。風は想像以上に冷たい。俺が後ろにいるのをコイツは気付いていないらしくせっせと何かを探している。 「。」 「うぉっ?!・・・・ってザンザスじゃん。何してんの?」 「それは俺の台詞だ。こんな寒ィ中よく外にいれるな。」 校舎の窓からは好奇の目がギラギラと覗いている。その中の一つにスクアーロの視線が混じっていた。(ヤツの視線は独特だ)気付かぬ振りをしてとの距離を縮める。足元に絡まる枯葉が音を立てた。 「んー、落ち葉探してんの。絵に使おうと思って。」 「絵?描くのか?」 「描きます描きます。そりゃもうかなり描くよ。」 「・・・どーせお前が描くのは春沸いてるようなやつだろ。」 「どーゆー意味っすかねぇ、ザンザスさんよぉ。」 「まんまの意味だ。」 腕を組みながら俺は少し動揺していた。とは其れなりの時間を共有しているつもりだし、好きな物も嫌いな物も知っていたはずだ。なのに俺はコイツが絵を描くのを今の今まで知らなかった。コイツがこんな寒い中落ち葉を探すくらい好きである絵の事を俺は全く知らなかった。その事実が気に食わない。だって俺はコイツがかなり好きなのにコイツは俺のこと好き以前に知り合いとして信用してないってことじゃねーか。俺の眉間の皺が深くなるのを一切気にせずは相変わらず地面に目を落として這い蹲っていた。「あ!」と声が聞こえたのはそれから少し経ってからだ。やっと俺のほうを向いたコイツは手に落ち葉を乗っけている。冬に近づいてきた為か周りの落ち葉は乾燥しきっていて原形を留めて居る物は多くない。どうにか保っていてもどこかしら欠けていた。なのにが手にしているのはどこも欠けていない紅葉だった。 「奇跡!」 「…言うと思った。」 「いやもうコレは奇跡としか言いようがないよ。ってことで、はい。」 「あ?」 「あげる。」 御丁寧に千ワットのスマイル付きだ。 俺は紅葉との顔を交互に見ながら「いるか。」と吐き捨てる。いい年にもなった男が紅葉を素直にもらえるわけがない。アホか。そもそも本来の目的は絵の材料だったはずだ。仏頂顔のまま一向に腕組みを壊さない俺には口を尖らせる。 「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないし。」 「・・・・お前の言い方は違う意味に取れるぞ。」 「そう言うザンザスは想像力豊かだ・・・ぶへぇっ!」 「殺すぞ。」 「まぁ兎に角貰ってくれ給えよ。」 「あぁ?」 「ザンザスはいっつも眉間に皺寄せてっからさぁ、あげる。きっと良い事あるよ。」 「・・・・・・・・・・・。」 照れるような顔で笑うに、そう言われたら貰わないわけにもいかねぇわけで。俺は(かなり、しかたなく)受け取ってやった。その時のコイツの顔といったら、とにかく嬉しそうで。それを隠すために自分の髪をいじりやがる。見てるこっちが爆発しそうだ。はいつだって笑っているがこんな笑い方をするのは少ない。素直に嬉しくも有り、逆にコイツにキスしたくなる自分を抑えるのが大変だ。抑える必要なんてねぇのに。片手で殺せるようなこの女のために自分を抑える必要なんか俺にはあるはずがない。だが、無理矢理キスしてに嫌われたらと思うと本能を踏み倒してでも阻止しなきゃいけねぇ気になる。 俺は人を殴ったり殺したり勿論女だって抱く癖に、に嫌われたくないとか言う気持ち悪い理由だけで未だに手すら繋げていない。(アホだ) 「ふぇっ、」 「?」 「・・・っくしょいァ!!あー、さむっ。」 腕を摩りながらは鼻を啜る。盛大なくしゃみにどうしてこんなヤツが好きなのか、つい疑問に思ってしまった。(そう思った時点で遅いのだが)は寒い寒いを連呼しながらひたすらマフラーに首を埋めて肩をすくめている。制服にマフラーだけのの格好は確かに寒そうだ。だからと言って俺も似たり寄ったりな格好で貸す上着すらない。風が吹き上げる。ブレザーから覗く手がいっそう寒そうだった。 今なら。 俺のよりも小せぇ手をじっと見るめる。血行が悪い手は少し赤黒かった。握り締めれば少しはマシになるだろう。寒いはずなのにうっすらと手に汗を掻く。やましい気持ちはねぇ。暖めるだけ。「寒い」と連呼する回数を減らすだけだ。それくらいなら俺がの手に触れる正当な理由になるだろうか。 意を決して手を伸ばす。自分の手が重い。伸ばす距離が永遠に思えた。本当ならさり気無さを装って掴みたい所だが如何せん今の俺にそんな余裕があるはずもなく、無理矢理ひったくるようにの手を掴んだ。の顔はまともに見れそうにない。 「ザンザス?」 「寒いなら中入りゃァいいだろーが、バカが。」 早足で歩くとは最初躓く様にして付いてきて、途中で体勢を立て直したのか俺の隣を歩いた。横目で盗み見れば別段嫌そうな素振りはない。相変わらずマフラーに首を埋めている。そんな些細な事に胸を撫で下ろし、さっきまでの絵の事なんか簡単に許してしまえるくらい高揚している自分に心底呆れた。しかし、すぐにの手を意識しちまって下心があったわけでもないのに後ろめたい気分になる。でへへ、とが笑った。(その笑い方はどうにかできねぇのか) 「今日はいい日だねー!」 「あぁ?」 「ザンザスが私のこと初めてって呼んだよ。」 良く通る声。は至極嬉しそうだ。俺はただ黙って歩く。言われた言葉に返す言葉が見つからない。改めて考えてみると俺はを心の中では気持ち悪いほど名前を呼んでいるが、一度だって本人の前で呼んだことはなかった。と言うか、人の名前を呼ぶのは随分と久しい。そこら辺にいる奴に話しかけることはねぇし、自分に近い人間は「カス」とか「ジジィ」とか適当に呼んでいる。俺にとって名前なんてそんなもんだ。それなにコイツは俺がコイツの名前を呼んだだけで春先取りの笑顔を見せる。まだ来てもいない冬を吹き飛ばすような笑顔を。 耳が異様に熱い。握り締めた手をほんの少しだけ強くした。この思いが気付かれない程度に強く、そして弱く。舞い上がると言う気持ちが初めてわかった気がした。ポケットに入れた紅葉がボロボロにならないように気を遣いながら歩く。は散った木を見ながら もうすぐ秋が終わるね、と呟いた。 「そしたらザンザス、美術室においでよ。私はそこで絵描きながら昼ごはん食うと思うし、暇ならおいでよ。」 「・・・気が向いたらな。」 いや、気が向かなくても行ってやる。毎日。煩わしいと言われたって(本当に言われたら俺は立ち直れない気がしなくもない)居ついてやる。内心の気持ちを悟られないように気がない振りをしてみるとが口を満足気に吊り上げた。そして俺の手を握り返して、すっと前方に突き出す。俺たちの前にピンと伸ばされた二人分の腕。握り締めた手が見えてあー俺、コイツと手ェ握り合ってんだよなぁと幸せを噛み締めた。はその手を見ながら一言。 「バルス!!」 待て、何を滅ぼすつもりだ!! |
秋 が 終 わ る
(そんな嬉しい顔すんなら、1日に1回は名前を呼んでやる)
07.11.25