好きな食いモノはおにぎりとお茶漬け。果物は何でも食うが柿があまり好きじゃない。女性歌手より声の掠れた男性歌手の方が好きで映画は何でも見る。子ども時代はジブリで育ち、特に『紅の豚』が好き。ポルコ・ロッソは男の中の男で一生に一度はルーブル美術館に行きたいらしい。 ・・・・・と言うのがについて得た新しい情報だ。くだらねぇ事のはずなのにいつの間にか俺は日本の飯や音楽に詳しくなっていた。「知らないの?」を連呼されたジブリ映画はほとんど制覇して、無論『紅の豚』も見た。豚は確かにいい声だったが男の中の男とは思えない。 俺なら自分が惚れた女を諦めたりはしねぇ。そんなのはただの臆病だ。欲しいものは奪い取る。それが血生臭い世界で生きてきて学んだ事。そうやって俺は生きてきたし、これからも生き続ける。 例えそれで欲しいと思った大切な誰かが不幸になったとしても。 女はいつも面倒だ。一回寝ただけで彼女面してべたべた引っ付いてきやがる。それならウリ専門の女を相手にした方が後腐れなくてよっぽど楽だ。ご機嫌に鼻歌を歌う(これがとんでもなくヘタクソで突っ込む気も失せる)をぼんやり見ながら俺はそんな柄にもねぇような事を考えていた。暖かな日差しはナリを潜めてきて辺りは夕暮れの空気が満ちてきている。最後の授業終了の鐘がなったのは随分前だ。普段午後の鐘がなるといなくなるくせに今日は珍しい。 夕焼けがコイツの黒い髪を赤く染め上げる。そよぐ風が出会ったときより随分と冷たくてそれなりの時間が過ぎているのに改めて気が付いた。もうすぐ冬が来る。なのに俺はの事を何も知らない。家の事とか好きな物とかかなり深いところまで知っているはずなのにどうしても全てを知った気にはなれなかった。むしろ知ったら知った分だけが未知の生物のようにわからなくなっていく。 「そんでね、」 「おい」 「ん?何?」 「お前は・・・・なんで俺といる。」 鼻歌はいつの間にか止んでて、代わりにいつものようにどうでもいい話をしていたは急に言われた言葉に頭が付いていかないようで半開きになった口のままぽかんと俺を見詰めた。屋上が一瞬でしんとする。かなり居心地が悪いが、それでも一番訊きたい事だった。 俺はにとって“普通”の同級生で“ただ”のザンザスでそれ以上でもそれ以下でもない。それなのに俺といて楽しいのか。自分で言うのもアレだが俺は言葉のキャッチボールはおろか球拾いすらしない男だ。相槌を打つのも稀だし自分から話をする事もない。そんな何のメリットにもならない俺といてコイツは本当に楽しいのだろうか。 考えれば考えるほど深みに嵌っていく。自分でも気が付かないうちに眉間の皺が深くなっていた。(その皺を何を思ったかが伸ばしやがった)(人の気も知らねーで伸ばすな、カス)するとは溢れんばかりの無駄笑顔で、 「ザンザスとの出会いは奇跡だったんだよ!」 とワケのわからないことを言い出したのでとりあえず壁に打ち付けておいた。これには流石にやり過ぎた気がして慌てたが、はどっかのカスザメみたいな声を出して悶絶したものの思いの外頑丈なのか大丈夫そうだ。(頭の中は元から手遅れ状態なので気にしない) それにしても俺との出会いが「奇跡」と言うのには呆れた。奇跡なんてあるわけねぇだろ。そう言うとは困ったような何かを考えているような曖昧な顔をして俺を見る。今度は腹が立った。何でそんな簡単な事がわからねぇんだ。奇跡なんてこの世に存在しない。存在するのは目に見えるものだけだ。なのには目に見えない曖昧で不確かなもので俺との出会いを繋ごうとする。俺はこんなにも目に見えるような繋がりが欲しいのに、そんな風に吹かれたら簡単にほどけちまいそうな軽い言葉で片付けないで欲しかった。 東の空が藍色に染まって西の空は最期の力とでも言うかのように強い光で屋上を真っ赤に染め上げる。その光を浴びてがまるで頬を赤くしたように見えた。今までに見たこともない表情で、笑う。急に血液が顔に集中したように熱くなる。なのに肺は意味もなく膨れ上がって苦しい。笑うな、カス。俺の気も知らねぇで笑うな。 「そんな事言うザンザスも好きだよー。」なんて、思ってもいない事言うな。 俺はこの時と言うマフィアでもないちっぽけな女に惚れたのかもしれないし、はたまたもっとずっと前から好きだったのかもしれない。どっちであろうと俺がの事を他の誰よりも特別に見ているのには変わりなく、だからこそにとっての俺が普通”の同級生で“ただ”のザンザスであることが無性に苦しかった。 |
夕 焼 け バ ン ビ ー ノ
(俺ばっかがコイツの事を好きみたいで、いい加減イヤになる)
07.11.10