「失せろ」


と、睨みつけて言い放つ予定だった。大抵の女は俺が睨み付けるとあっという間に逃げ帰る。だから今回もそうやって追い払う事にした。しかし俺が睨みつけて「失せろ」の「う」を言うよりも早くアイツはバカでかい声で




「おにぎり食べませんか?!!」



と言いやがった。呆気に捕らわれて何もいえない俺をアイツは輝かんばかりの目で見やがる。これが媚びる連中の目だったら俺だってこんなに対処に困る事はない。しかしアイツの目はこの初対面の時から理解不能な希望とイカレたテンションを足して二で割って更に百ワットの電球を加えたような摩訶不思議(むしろ存在自体が摩訶不思議だ)だったので困った。
何を言ってもコイツを喜ばせてしまう気がして(こう書くとこいつがドMのように聞こえるだろうが実際のこいつはドXだ)(謎の物体Xである)俺はただ黙っているしかない。しかも何だ。おにぎりって。「食べませんか」って事は食べ物なんだろうが想像もつかない。それにイカレたこの女が言う事だ。きっとまともな食べ物ではないだろう。なのでここはきっぱり断ろうとした・・・・


ぐー


「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」


そういやァ今は丁度昼時だったな。
不甲斐無く鳴ってしまった自分の腹を睨みつけて恐る恐る女の顔を窺うと案の定、千ワットくらいの輝きを発しながら俺を見ている。(あまりの輝きに限界通り越して爆発するんじゃないだろうかと本気で思った)(今思うとバカみたいな話だが当時の俺はテンパっててそれどころじゃなかった)
俺は気にいらねぇ奴はぶっ飛ばすし、人を殺した事もある。つまりやりたい放題でこんな女は造作もなく殺せるし殴る事も容易かった。なのにそうしなかったのは目の前の女が今まで出会ってきた人間のどれとも当て嵌まらなかったからだ。対処法がわからない。ある意味で脅威だ。


思わず後退りかけた俺の手をアイツはがしりと掴み取るといっそう輝いた顔で「どうぞどうぞ」と言いながら(お前の屋上じゃねーよ)見晴らしのいい場所に俺を引き摺りながら歩き、当たり前の如く持っていた袋から銀紙に包まれた三角の物体を俺に一つ渡した。結構な重量を持っている。銀紙を剥いていくと黒い物体が現れた。(もう終わりだ)(黒って明らかに危険信号じゃねぇかァァァ!)隣を見ると同じように銀紙を剥いた女が信じられない事に黒い物体に齧り付いていた。信じらんねぇ。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。茫然としていた俺に女は「おいしいよ?」と笑う。食べ口からは見覚えのある白い粒が見える。


「・・・・・・・ライスか?」
「そう。中の具はシーチキンだよ。私はウメだけどね!」
「この黒いのは何だ。」
「海苔。日本じゃ良く使うよ。海藻を干して乾燥させたヤツ。」


どうやら日本人のようだ。説明し終わると女は二口目を食べ始めた。俺が未だに食べていないのは気にしていないのか何も言わず“おにぎり”とやらにがっついている。その顔があまりにも幸せそうで旨そうに食うので何となく俺も一口食べてみた。(黒い物体に抵抗はあったが)


「(・・・・・旨い、)」


硬めのライスは噛むとこしがあり、塩加減も丁度いい。抵抗感の塊である海苔は味と呼べる味はなかったがライスにしっくりくる。中に入ってるシーチキンがライスに合うのは驚きだ。二人して黙々と食う。思えばこんなに夢中になって誰かと何かを食べるのは初めてだった。










「ちょ、普通四つあったら一人二個ずつじゃねー?!なんで三つ食べようとしてんの?!」
「うるせぇな。テメーが食うの遅せぇのが悪いんだろ。・・・・っち、ウメじゃねーのか」
「食っと気ながら舌打ち?!!だったらちょうだいよ!食いかけでもおにぎり一個よりマシだ!」
「はぁ?誰も食わねーとは言ってねぇよ。」


ラ ン チ タ イ ム
(このアホはおにぎりだけは天才的に旨い)
07.10.16