螢惑とが初めて接触したのは彼女が太四老付きの案内人になって間もない頃だ。それまで見かけることはあっても声を掛ける事や話をする事は無かった。片や紅の王をお守りする戦士。片や低級な役職と呼ばれる案内人。そんな彼らに接点がある方がおかしい。太四老付きとならなければ一生交じり合う事の無かった二人が急に接近したのはが木の上で昼寝をしていた晴れた午後の日である。 予測不可能 「ねぇ、アンタ。」 ふと呼びかけられた声には顔を覆い隠していた帽子を上げる。下には自分を見上げている螢惑がいた。冷めた目をしたその瞳で彼女を見ている。正直この場所を知っているのは自分以外いないと思っていた彼女にとって彼の突然の出現は少々混乱させた。 「螢惑様、何か俺に用でも?」 「用ってわけじゃないけど・・・・」 「けど?」 「アンタが気に入らない。」 「・・・・・。」 「その顔も、その口調も態度も全部気に入らない。」 「はぁ。それで?」 「だから俺の前から消えて。」 ソレはあまりにも利己的で自分勝手は言い分だ。は少し考えた後、おずおずと口を開いた。 「失礼とは存じますが螢惑様が始めに俺の前に現れたのでは?」 「その敬語、気に入らない。ウザイ。」 「そう言われましても・・・」 「名前も呼び捨てでいい。」 「・・・・・・わかったよ。」 ふぅと溜め息を吐くとは身をきちんと起こし木の幹に座る。木漏れ日がきらきらと彼女を照らす。 「それで螢惑は俺にどうして欲しいんだい?」 「壬生から消えて欲しい。」 「ソレは出来ない。それでは生きていくことが出来ないよ。」 やけにはっきりとした声だ。螢惑は些か眉を寄せる。 「なら今の仕事辞めて。」 「ソレも出来ない。それでは食べる物を買えないよ。」 良く通る彼女の声はとても心地の良いものだったが、螢惑は気に入らなかった。まるで心地良いと言う事を認めたくない様だ。 「何でそんなに生きようとするの?」 「吹雪にも母親にも見捨てられたのに。」 ザァァ・・・・ 優しい風に葉がざわめく。 「太四老たちの部屋を偶然通りかかったら聞こえた。アンタ、吹雪の娘なんでしょ。」 は答えない。彼もあえて訊こうとはしなかった。 「アンタの母親も吹雪もアンタを捨てたのに何でアンタは生きようとするの?何で笑うの?いつか吹雪が見てくれると思ってるの?」 「可哀相な女。独りは所詮独りでしかいれないのに。」 「見ててムカツク。ありもしない夢を馬鹿みたいに追いかけて、勝手に勘違いしてる奴って。」 最後の方は吐き捨てる調子だった。螢惑は冷めた目でを見る。 「可哀相な女・・・・ね、」 ニィっと彼女の口元が上がり、瞳は不敵な色を宿している。 「褒め言葉だよ。」 そう口走って螢惑を見る。彼は驚いた顔で見上げていた。 「確かに吹雪様も母上も俺を見ようとはしなかった。でもだから何だと言うんだ?それが俺の生死を揺るがす何になると言うんだ?意味など一欠片もありゃしないよ。」 「それにね、螢惑。生きるのに理由はいるのかい?生きたいから生きる。それでいいじゃないか。キミは何に捕らわれているの?」 「・・・・・・・・どうゆう意味?」 にこりとが微笑む。 「独りと言うのにやたらと執着するね。まるで独りで無ければならないとでも言うようだ。」 さっと彼の気が鋭くなった。彼女は心の中で微笑む。ある意味残酷に。もう一方で慈愛を込めて。 可哀相なのはどっちだろうね。 「俺は独りで強くなると決めた。」 「人は独りでは生きられないよ。」 「そんな事無い。現に俺は今まで独りで生きてきた。」 「・・・・。」 「だから独りでいいんだ。アンタみたいに夢ばっか見てる奴とは違う。」 明らかな侮蔑の目。対するは微笑んだままだ。風に金糸の髪と茶灰の髪が揺れる。 「夢は見るよ。じゃないと生きられないだろ。人は弱い。とてもね。独りで良いとキミは言うけど、じゃぁキミは本当に独りなのかい?」 「なにを・・・」 多少揺れた螢惑の瞳。は静かに目を伏せる。彼は全然判っていない。彼の兄がずっと彼を見てきたことを。彼が今住んでいる家人たちがどれほど彼を大切にしているかを。 密かに。しかし確実に。 彼は愛されていた。 「可哀相な人。」 唄うような、透明で風に乗る声。 キミはあんなにも愛されているのに。気づく事が出来ないなんてね。 「そうやって死ぬまで気付かないつもりなの?」 「・・・・・・ワケわかんない、アンタが言ってる事。」 「キミが判ろうとしないからだよ。」 螢惑はぎゅっと眉を寄せて俯いた。ソレはまるでもどかしさを感じている子供のように。強くなりたくて強さを求めた。目の前にいる女は夢を現実と見ているような弱い女だ。そう思っていた。なのに彼女は明らかに自分よりも強い目をしている。判らない。何故彼女がそんな目をするのか。何故彼女はそんなことを言うのか。 「・・・・・ワケわかんない。」 「螢惑は判りたいの?それともそのままでいいの?どっち?」 「・・・・・・・・・・・・判り、たい。」 密かな笑い声と一緒にが木から下りる。ふわりと風が動いて、髪が踊った。螢惑は目を見張った。彼女の目は黒々と光っている。見たことのない光。 「なら、友達になろう。」 「・・・・・ともだち?」 「そう友達。ねぇ、螢惑。答えは口で言ってしまえば簡単に済んでしまうけど、それじゃ意味がないんだ。何かを一緒にやったり考えたり色々な事を経験して初めて判るんだと俺は思う。」 黒装束は何処までも暗く の肌は何処までも白い。 風に着物がはためいた。茶の髪は木漏れ日に金色に光る。 「だからね、友達になろう。」 (そう言って手を差し出してくれた君を俺は一生忘れないよ) |