驚きのあまり固まっている辰怜をよそに螢惑は眉を顰めた。


「何でがここにいるの?」
「危険分子の排除ってやつ。」
「・・・俺達と戦うの?」
「場合によっては。」







分かれ道









螢惑の困惑した様子を感じ取っては苦笑を洩らす。


「戦いたくないのか?」
「戦いたくない。」
「じゃぁ、もと来た道を戻るんだ。」
「ヤダ。」
「・・・ならしょうがないねぇ。」




すらりと刀を抜いて。
細い白い手が柄を握る。
刃が鈍色に光った。
その切っ先を螢惑に向けて笑うの瞳は鋭い。


「此処で死んでもらうよ。」


どっと毛穴から汗が吹き出るのを辰怜は感じた。
いつも穏やかな顔をしている彼女とは思えない殺気。
なによりが刀を握るのを見るのは初めてだ。
どれほどの実力を持っているのはわからない。


(だが、確実に強い。)


背筋に走る悪寒がその証拠だ。
螢惑を盗み見れば同じような顔をしている。
ぐっと奥歯を噛み締めて辰怜はを睨み付けた。


「目を覚ませ、!お前は騙されている!太四老こそが『悪』だ!!」


は鋭い瞳を丸くした。そして殺気を緩やかに消しながら笑った。
その場にそぐわない酷く穏やかな笑顔だ。
螢惑の瞳が不快げに細められる。


「何がおかしいの?」
「おかしいわけじゃないさ。辰怜様、」
「なんだ。」
「貴方は何をもって『悪』と決めるのですか?」


意外な質問に彼は言葉を詰まらせた。


「『正義』と『悪』、これを決め付ける事は簡単ではありません。」
「しかし今壬生が太四老の手によって悪の道に走っているのは事実だ!」
「それは貴方の基準で計ったにすぎません。悪ではないと思っている人がいる限り
決め付けるのは早い。」
「・・・お前は思っていないと?」
「双方の考えは極端すぎて俺には判りかねます。」


「ならは何のために戦うの?」


の口の両端が上がる。
意志の強い目が螢惑と辰怜を射た。



「俺の『正義』の為。」




の『正義』?」
「うん。俺には俺の正義がある。信念と言ったほうが良いかな。きっと誰もが馬鹿げた事だと笑うだろうがね。」


これ以上大切な人たちを失いたくないなど。
そう呟いたの瞳はさっきまでの強い輝きはなかった。
漠然とした絶望と虚無。


「太白様も歳子様も歳世様も好きだった。十二神将の方々は優しくして下さった。 でも、もういない。俺はこれ以上失いたくはないんだ。」


ふー、とは長い溜め息を吐いた。


「出来れば貴方達とも戦いたくはない。特に螢惑、お前とはね。」
「でも俺は引かない。」
「知ってるよ。だから俺が此処にいるんだ。」


不意にが螢惑を見据える。


「螢惑は何のために戦う?」


静かで落ち着いた声。
螢惑は一瞬答えに迷った。
こんな事を言ったらを傷付けるかもしれない。
彼女の信念を否定するかもしれない。


それでも。


本音を。


「俺が俺である為に。四聖天のほたるとして。」
「それがお前の信念?」
「うん。」


自分を初めに理解してくれたのはだった。
泣きたいときも苛々した時もずっと傍にいてくれた。
風のような人だけど気付けばいつも隣にいてくれた。
これは裏切りだろうか。
彼女を、裏切った事になるのだろうか。


「それで良いよ。」


穏やかな声にはっと顔を上げて彼女を見るとふわりと笑っていた。
嬉しそうに満足そうに微笑む。


「俺は俺なりの道を歩む。その為に戦う。例えそれが愚かであったとしても、『悪』だったとしても。
だから螢惑も螢惑なりの道を歩むと良い。それは悪い事じゃない。」
「それで良いのか?」


困惑しながら辰怜が訊く。


「そうやってお前は裏切られてばかりではないか。
村正様にしろ真田幸村にしろお前を裏切った。勿論俺も、螢惑も。
なのに、何故そのような事が言える!」


責めても良いのに。
彼女はいつも笑うだけだ。


「裏切ったのではありませんよ。ただ己の道を進んだだけの事。
辰怜様が気に病む事じゃぁないです。」


は帽子を被りなおして微笑んだ。


「さて、話は此処まで。」




刀を地と水平に持ち直し、峰に片手をそっと添える。
そしてそのまま目を閉じた。


「我が胸に住む獣よ、一切の束縛を断ち切り給え。」


それは誰も知らないが人を殺める時の儀式だ。
心を落ち着かせ、感情を殺す呪文。


「狂った月よ、我が牙となりし刃よ、死に逝く者へ憎しみ無き愛と死を。」


すっと瞳が開かれる。刃の鋭利さに似た目。
先程の殺気など比べ物にもならない。
酸素を奪うような息苦しさ。
全身を駆けめぐる悪寒。
まるで喉元に刃を突き付けられている感覚に二人は戦慄すら感じた。


緩慢に刃先が天を見上げ、二人へと向けられる。
の表情には穏やかさなど一欠片も無い。






「四聖天のほたる及び五曜聖の辰怜、太四老の命により この案内人がお相手致します。」




目の前には黒い獣。










(例え元に戻らないと知っていても俺は願うよ。)