「。」 珍しい事もあるものだ。 彼から声を掛けてくるなど。 嘘吐き 目を空から移せば見知った顔。 いつも通りの無表情でじっと自分を見下ろしている。 「どーしたよ、螢惑。」 「それはこっちの台詞。」 怒っているらしい。 抑揚のない声がいつもより39パーセント増量されている。 しょうがなしに愛想笑いしたら顔を背けられた。(ショーック!) 背けたまま螢惑はの隣に座る。 「ゆんゆん探してたよ。」 「怒ってた?」 「焦ってた。」 あー、そうかもしれない。とは帽子で顔を隠して寝転がった。 部屋を出て行くときに見た遊庵の驚いた顔。 彼があんなに驚いた顔をするなんて初めてだ。 隣にいた時人も驚いていた。柱に寄りかかって立っていたひしぎも。 ただ目の前にいた父親だけはいつもどおりの無表情で彼女を見つめていた。 「なんでキレたの?」 同じように螢惑も寝転がる。 空が高い。 今頃みんなは場違いなところを探しているんだろうなと思う。 この場所は自分としか知らないから。 草野特有の匂いが鼻腔をくすぐった。 は答えない。 「吹雪に一緒に住もうって言われたんだってね。」 「・・・なんだ。知ってたのか。」 「ゆんゆんに聞いた。」 共に住まないか。 彼らしい簡潔な一言だった。 無表情な顔と無機質な声。 漆黒の瞳は何処までも暗い。 いつもと変わらない姿のはずなのに言葉だけがいつもと違った。 「良い話なんじゃないの。の夢だったんでしょ?」 「そんなのどうでもいいよ。」 「良くないくせに。」 「夢は夢で終わったの。」 「終わってなんかいないだろ?」 「一人暮らしは楽だもん。」 「嘘吐き。」 「・・・・。」 「今日は、嘘吐きだ。」 「・・・知ってるよ。」 風がそよぐ。 賑やかな声が遠くで聞こえた。 探しに借り出された者たちの声。 「だって」 不意にがそう呟いた。 何かに抵抗するような言い方だ。 「しょうがないじゃないか。俺にどうしろって言うんだよ。」 確かに夢だったよ。 褒められたくて、名前を呼んで欲しくてその背中を必死になって追いかけた。 しかし、ダメだった。 それが現実だ。事実だ。 だから割り切ったのだ。父親ではなく太四老の吹雪様、と。 なのに。 共に暮らさないか、なんて。 嬉しくなかったわけじゃない。勿論、嬉しいさ。 でも俺は捻くれてしまったから、臆病になってしまったから。 怖いんだよ、正直。 彼の気遣いは俺に対する負い目だとか同情だってわかっているから。 もし仮に共に暮らしたとしていつか俺は吹雪様の邪魔になる。 おれはもうみはなされたくないんだ。 「・・・俺の気持ちなんて小指の甘皮ほどにも理解していないんだ、きっと。」 「そんなの当たり前じゃん。って何考えてるかわかんないもん。」 「螢惑だけには言われたくなかったなぁ・・・。」 困ったように苦笑してが起き上がる。 てっきり泣き顔を隠すために帽子を押し付けていたと思っていた。 しかしの目は赤くもなければ泣いた跡もない。 「さて、と。戻りますか。」 帽子を被り直して立ち上がる。 茶灰色の長い髪を風に躍らせ黒い瞳が螢惑を見下ろした。 「ありがとな。もう大丈夫だから。」 気の抜けた笑顔。 至極おだやかで優しい表情。 螢惑は密かに眉を顰める。 嘘吐き。 大丈夫なわけないじゃないか。 彼女はいつだって笑って誤魔化す。 辛くても苦しくても悲しくても、笑顔の下に全て隠してしまうのだ。 苦しければ苦しいって言えば良いのに。 悲しいのなら泣いてしまえば良いのに。 自分の前くらい弱くなったって良いのに。 「嘘吐き。」 もう一度はっきりと口にした。 「・・・知ってるよ。」 苦笑を込めて同じ答えが返ってくる。 (弱いんだ、とっても) |