しくじった、そう思ったときにはすでに肩を切られ、周りを囲まれていた。
無我夢中で刀を振るう。

何かを切った感触。
こびり付く肉片。

何人切ったとかどのくらい怪我を負ったかは覚えていないし
覚える必要もない。
とにかく無我夢中だった。




気が付いたら見慣れぬ天井があった。












1.手負いの黒猫












それは茶屋の天井でもなく、自分いきつけの遊廓の天井でも
幼馴染で同じ過激派である男の家の天井でもない。
全く見たことの無い天井。



「起きたん?」


頭上左から聞こえた声に飛び起き・・・・・・・てそのまま布団へ倒れた。
腹がいてぇ。背中がいてぇ。全身が焼けるような凍るような感覚に眉を歪めると
隣でため息をつく音が聞こえた。


「いきなり動くと傷に触るで。」

キミ、絶対安静なんやから。



独特なイントネーションだ。
声からして女。
目だけを移すとやはり女がいた。

赤味掛かった髪を結い上げ、自分と目が合うとにっこり笑う。
睨み返したら肩を竦められた。

なんだ、この女。


「あー、別に危害加えるつもりはないねん。
せやから、そんな睨まんといて。」


「・・・・・・・てめぇ誰だよ。」

「人の名前聞くときはまず自分から名乗るのが礼儀やないの?」


しらっと言われた言葉に一層眉を寄せたが、目の前の女は
知らん顔で涼しい顔をしている。


「・・・・・・・・・・・高杉晋助。」


「高杉君やね。私はや。。」

好きに呼びぃ。


「呼ばねぇよ。」

「あらあらノリ悪いなぁ。
高杉君、詰まらん男ってようゆわれるやろ?」

「うっせ!黙れ!!」

「図星?」

「ちげぇ!!」


なんだ、この女!






「ところで高杉君、」


目の前の女は一つ咳をして真顔を向けた。
意外と綺麗な顔をしている。


って、俺は何考えてんだ!!!












「そんなに大声出して傷痛まんの?」












アンモニアの噴水実験みたいに血、ピューピュー出とるで。








「・・・・・・・・・。(←今更痛くなってきた)」

「やっぱり痛いんやないの。横になりぃや。」


溜め息付きで布団をかけられた。
傷口の手当ては無しか・・・・
一言言ってやりたいと思うのは自分が捻くれているからだろうか。




「・・・・・俺をどうする気だ。」

痛みが引くのを待ってそう言うと女は目を伏せる。
苦しそうな顔だ。
多分、真撰組らへんに売るんだろう。
今の俺には多額の賞金が賭けられているだろうから。



「その台詞やらしいなぁ。」




問題はそこかー!!!!!!







「てめぇはどういう脳ミソしてんだ!!
俺が言いたいのは真撰組に売り渡すのかって事だよ!」

「高杉君突っ込み上手やなぁ。お姉さんびっくりやわぁ。」

「問題はそこじゃねぇっつってんだろ!!」

「あー、はいはい、えーっと、うん、そう。
真撰組に売り渡すかどうかやっけ?」

「聞いてんなら最初から応えやがれ!
ああ、くそっ!腹いてぇ!!」

「それは私の所為やないよ?」

「百パーセントてめぇの所為だよ!!」


女はケタケタ笑った。
絹を裂く笑い声ではなく晴れた空みたいな声。





「売り渡さへん。」


笑い疲れた頃にそう言われた。


「売り渡さへんよ。」


もう一度。
泣きそうなほどの優しい笑顔だった。

・・・・・・・らしくねぇ。




「そうや、高杉君おなか空いたやろ。
ご飯作ったんよ、食べるやろ?」


腹は空いていた。
女の柔らかい笑顔も嫌いじゃない。
それなのに。

「いらねぇよ。」


捻くれているんだ、自分は。

「美味しいで。」

「てめぇの手料理なんて食いたかねぇよ。」


嘘だ。
本当は喰いたい。


「安心しぃ。インスタントやねん。」



インスタントかよ。




「・・・・・・・・・喰う。」


天邪鬼。



女はどっこいしょ、と年寄りくさく腰を上げ、
部屋を出ていこうした。



「待てよ。」

「なん?」





「何で俺を助けたかをまだ聞いてねぇ。」



だってそうだろ?
何処に世間から危険分子と言われている奴を匿う人間がいるんだよ。
殺されるかもしれねぇだろ。
馬鹿じゃねぇの。

俺が殺さないとでも思ってんのかよ。











昔の事なんやけど。

苦笑混じりで女が口を開く。



「私、黒猫飼ってたん。」



「綺麗な猫でいつも一緒だったん。
昼も夜も春も夏も秋も冬も一緒やったん。」




「でもある日死んでしもうた。」






「高杉君、ちょっとその猫に似てん。」


せやから助けたんよ





女は、くすりと笑って部屋を出る。
ひどく大人びた顔だった。