「なぁ、今日天体観測しようぜ!!」
「・・・・・・・はぁ?」
放課後、友達の春奈を待っていたときの事だ。
天体観測
「何で私が日生とそんなのしなきゃいけないのよ・・・。」
私はたっぷり間を空けてから、私の机に腰掛けている相手、日生を睨みながら苛ただしげに言った。
しかし日生は動じずにこにこ笑っている。
この爽やかな笑顔から女子から絶大な人気を誇っている。
私にすれば笑顔の裏側が気になるところだけど・・・・・・・。
「さっき先生が言ってたじゃん。夏の第三角形調べろって。」
そう、中学生なら必ずといっていいほどやる星座調べ。
レポートにして提出なのだが提出は一週間後。
まだまだ時間がある。
「そんなの適当に書けばいいじゃん。面倒臭い。」
「でたっ!の面倒臭がり!!もっと青春を謳歌しろよ。」
大げさに目を見開く日生。
そういや、こいつはサッカーやってるんだっけ。
凄く巧いと春奈が言っていた。
「あんただけ勝手にやってろ。
ってか、なんで私がただのクラスメイトの日生君と一緒に夜星見るんだっつうの。おかしい。」
「おかしくない。しかも今、ただってとこ強調してなかったか?
酷い、俺傷ついた。お詫びにハーゲンダッツ奢れ。」
「・・・・しばくぞ?」
「冗談。」
めそめそ泣き真似をしていた(キモい)日生はぱっと顔を上げてお得意の笑顔を見せる。
それに眉を寄せながらも心の中では、それ程ムカついてはいない。
飄々として猫みたいなこいつの性格は結構気に入っている。
「日生ー!」
慌しい足音と共に息を切らせた声が聞こえた。
教室のドアを見るとユニフォームを着た男子生徒がひょっこり顔を覗かせている。
「部活始まるぞ!」
「マジで?今行く。」
床に置いてあったスポーツバックを担ぎ颯爽と日生は教室を出る。
出て行く間際に奴はぼんやり見ている私ににっこり笑った。
「とりあえず今日二時に踏み切り前な。あ、今日じゃなくて明日か。ちゃんと来いよ!」
「え!ちょっ」
勝手に決めんな!
っていうか、なんでその時間?!
女の子が出歩く時間じゃないじゃん!!
訂正しようにも相手はもういない。
開けっぱなしのドアを見つめて私は深くため息を付いた。
「・・・・・しました。それでは・・・・予報です。」
入りの悪いラジオを一人踏み切り前で聴く。
案の定、周りには誰もいない。
勿論日生もいない。
時計を見ると二時二分。
「ごめん!遅れた!!」
こいつにしては珍しく息切れしている。
慌てて走ってきたんだろうか。
「二分遅刻。原案者が遅れてどうすんのよ。」
鼻を鳴らして言ったら奴は、にひひと笑った。
「お前細かいな。面倒臭がり屋のくせに。」
大きなお世話だ。
「っていうか、何それ。」
日生の肩に担がれているのは立派な望遠鏡。
「何って望遠鏡じゃん。知らねぇ?」
「や、知ってるから。って、私が知りたいのは、たかが星座調べにそんなのいらんでしょって言う意味。」
「何言ってんの?俺言ったじゃん。」
「は?」
「『今日天体観測しよう』って。」
「・・・・・・・・。」
つまり日生は星座調べ=天体観測と思っていたわけではなく、
星座調べ+天体観測する予定だったのか・・・・・・・。
果てしなく騙された気分だ!!!
「何ブサイクな顔してんだよ。行くぞ〜!!」
再度日生が望遠鏡を担ぎなおして走り出した。
『ブサイク』なんて仮にも女の子に対して言う言葉か?
憤慨しながらも黙って日生を追う。
夜の道路は昼間と違って見えた。
暗くて
怖くて
今にもこの暗闇に飲み込まれてしまいそうで
ただ前を走る日生の白いTシャツを必死で追いかけた。
「到着ー!!」
くるりと振り返って日生が笑う。
私は泣きそうな顔をしていると思う。
それでも奴は笑ってる。
「始めようぜ。」
一言で私の心情なんて流してしまうんだ。
「あれなんだっけ。」
「アルタイル。」
「あっカシオペヤ座だ!」
「って、日生ばっかり見ないでよ!!」
「おおー白鳥座!!」
「聞けよ。」
晴れた夜空は見事なもので星がくっきりと見えた。
中学生の男女がこんな時間に天体観測なんて前代未聞だろう。
頭の隅でそんな事を思いながらも一心に望遠鏡を覗く。
乗り気じゃなかった私はいつの間にか星に夢中になった。
その隣で日生も夢中で星を眺める。
たくさん 星を覚えた
天の川に歓声を上げた
肉眼で見えないような星を二人で追いかける
日生が笑った
私も 笑った
「疲れたー・・・・・・。」
草原に大の字で寝込ぶ。
手元には細かく書き込まれたレポート用紙。
理科の先生は驚くかな。
「当分星は見なくていいな、俺。」
「私も。」
お互い顔を見合わせて声を上げて笑う。
こんなに楽しいのは久しぶり。
「、俺「流れ星だ!!」
きらりと星が流れた。
「流れ星だよ、日生!!!私はじめて見た・・・・。」
一瞬の事で願い事も出来なかったのがちょっと悔しい。
日生はぽかんとした顔を笑顔に変えて
「俺も初めて。」
そう言った。
「気を付けて帰れよ。まぁ、大丈夫だと思うけど。」
「どういう意味よ、それ。」
「そのまんまの意味。」
悪戯そうな顔で笑っている日生。
明日会ったら仕返ししてやろう。
「じゃぁな。」
日生が片手を上げる。
「バイバイ。」
私は手を振る。
日生はやっぱり笑っていた。
次の日、日生は学校に来なかった。
担任の先生が転校したとみんなに話した。
教室は途端に騒がしくなる。
クラスメイトの女の子が泣き始める。
日生の事が好きだったみたい。
春奈もちょっと泣いていた。
私は机の中のレポートを握り締めて俯く。
涙は出ない。
あ、仕返し出来なかった
どうでもいい事だけが頭の中を駆け巡る。
「は何処行くの?」
「I高校かな。」
「すごーい!あそこレベル高いじゃん。」
「まぁね♪」
片手で問題集を解きながら子機で春奈と話す。
時計を見れば午前一時半過ぎ。
家族はみんな寝ている。
「私も頑張んなくちゃ。じゃぁ、またね。」
「うん、バイバイ。」
子機を耳から放してため息をつく。
机の上は参考書と問題集で一杯。
扇風機の風にあたりながら再度問題に取り掛かった。
そしたら消しゴムが見当たらない。
面倒臭いながらも替えを取り出そうと引き出しを開けた。
「・・・・・・・。」
中には沢山の手紙。
私が書いた日生宛の手紙だ。
あれから、日生が転校してから一年が経つ。
最初はクラスのみんなも寂しそうだったけど、そういうのって段々忘れていくモンだ。
夏が終わって秋が来て冬を乗り越え春が来る。
そしてまた夏。
日生の事が好きだったあの女の子は隣のクラスの男の子と付き合いだした。
相変わらずクラスはうるさい。
日生がいない生活が日常になっていく中、私だけ取り残されている。
ふと、窓を見上げると夜空に星が綺麗に光っていた。
あの時とおんなじだ。
ガタンッ
椅子から立ち上がる。
押入れからあの後買った望遠鏡と取り出した。
時計は午前一時五十分。
まだ 間に合う。
私は急いで家を飛び出した。
望遠鏡は思ったよりも重い。
それでも走る。
『!』
思い出すのは笑顔。
いつもそうだ。
飄々として猫みたいに笑う奴の顔。
今何していますか
そっちの暮らしはどうですか
私は 元気だよ
クラスも相変わらずです
心配事も少ないです
ただ ひとつ
あの時、言い掛けた言葉な何だったの?
出せない手紙が増していく。
息が切れる。
走れ 走れ 走れ
午前一時五十九分
踏み切り前。
息を整えながらもラジオをつける。
あと一分で二時二分
5
4
3
2
1
日生は 来ない
ラジオも 星も 踏み切りも あの時と一緒なのに日生だけいない。
そのとき初めて涙がこぼれた。