『それでも地球は回っている』 ガリレオ・ガリレイが言ったその言葉はとても的を射ているのです。 例えば俺が朝起きるとき、何処かの国では眠りにつく頃かもしれないし 俺が雨を憂鬱に見上げているとき、晴天を見上げて笑う少女が地球の裏側に居るかもしれない。 絶え間なく 俺の知らない国では俺の知らない出来事が起きているように 誰も知らない俺の国で密かな命が絶って行くのを 誰も知らない。 「病気がちだった割には生きた方なんだ。」 冷たい雨が降る中、太白様が掠れた声で言った。白い息が出て消えていく。 もう五月に入ったというのに今日はやけに寒い。 歯がカチカチと小刻みに震えたけれど俺はじっと少し前にいる大きな後ろ姿と その先にある小さな墓を見つめていた。 お世辞にも立派とは言えない小さな、本当に小さな墓だった。 太白様がその大きな手で作った墓だった。 「外で遊ぶのが好きな子でな、、お前の事を気に入っていたよ・・・。」 苦笑混じりでその子の生前を語る太白様に喉が詰まる。 俺も一緒に遊んだ。特にかくれんぼが好きで隠れるのが上手かった。 降参と言ったときに出てくるその子の顔が思い浮かぶ。 「気が強かったが・・・優しい子だった。」 知っている。 面倒見がよくて頑固でもあって俺の事を“お兄ちゃん”と呼んでいた。 いくら俺は女だよと言っても 私の中ではお兄ちゃんなの、と笑うのだ。 笑うとき、少し大きな前歯が見えてそれが可愛らしかった。 「今までもこうやって死んでいく子供達を見てきた。しかし、どうしてだろうな」 「未だに・・・・慣れないんだ。」 最後は絞り出すような声でそう言って太白様は目頭を押さえた。 小刻みに震える大きな背中。その先には雨に濡れた墓。 太白様が作った小さなお墓。 大きなその手で悲しみを堪える様に作ったお墓。 俺は「どうか誰も死にませんように」なんて慈愛に満ちた事は言えない。 俺が言えばそれは偽善になってしまうだろう。 嫌いな人はいるし、苦手な人だっている。この手で人を掛けたこともある。 牛乳と蜂蜜だけで生きられるほど俺の体は完璧じゃない。 から揚げは好きだし甘い物に目がない。 俺は沢山の命を犠牲にして成り立っているのだ。 だから、これは俺の自分勝手で酷く傲慢な言い分でしかないと自覚している。 自分があたかも神であると自負するこの国と同じように俺はとても傲慢だ。 (どうか俺の周りにいる大切な人達だけは死なないで) 降りしきる雨は一向にやむ事がない。 噛み締めて泣く太白様と死んだその子の笑顔が頭から離れなくて胸が一杯で 喉が詰まって、気付いたら俺も泣いていた。 子供のように涙を流して、鼻水を啜る。 嗚咽をかみ殺しても小さく出て、それが情けなくてもっと泣いた。 何か言わなければならないと思い、はぁっと息を整えて嗚咽を抑える。 「そんな、事に、慣れなくても、ぃいじゃぁ、ないですか。」 変な声。喉が張り付いて思うような声にならなかった。 嗚咽を抑えてもやっぱり無理で、聞き取りにくい鼻声になってしまった。 「慣れなくて、も、良いと、思います。」 ありきたりの言葉しか思いつかない俺はかなり下らない人間だ。 もっと気の利いた言葉は言えないのか。 それでも太白様は俺に振り返って“ありがとう”と言ってくれた。 少し笑ってくれた気がするが俺は直視できずに下を向いたままで ただただ泣いているだけしか出来なかった。 寒い寒い春の雨の日、大切な掛け替えのない命が消えていきました。 それでも地球は回っている。 時間を刻みながら、季節を感じながら―――――― 絶え間なく、刻々と (どうか安らかに。) |