ある日、遊庵が家に帰ると見慣れた案内人が兄弟と共に夕飯を食べていた。


「・・・?」


思わずポロリと零れた独り言に案内人が顔を上げる。

「おはえりふぁはいまへ、ふあんはま!」


・・・何言ってるかわからない。














ショートする










「はーぁ、螢惑が人を誘うたぁねぇ。」


大体の経緯を話し終わったがお茶を飲む。
遊庵も遅めの夕食に箸を寄せた。
隣では庵曽新と螢惑が恒例の早食い競争を繰り広げている。


「言うのが遅くなってしまって申し訳ございません。」


ぺこりと頭を下げるに遊庵はからからと笑った。


「別に気にしちゃぁいねーよ。それに人が一人増えただけだしな。」


それって結構重大じゃないのかなとかが思っている間に
どんっと大皿が置かれる。皿の中はから揚げだ。


、アンタ痩せ過ぎじゃないの!もっと食いな!!」

上を見れば庵奈の顔が目の前にある。
驚いて固まっているをよそに庵奈の目はの手にいき、首にいき、
また顔に戻った。


「そんな細い腕じゃ刀も上手く振れないよ!!贅肉つけなきゃ!」


空になりかけの茶碗を奪い山盛りにご飯をよそう。
そしてはいっ、と手渡した。
はしばらく渡された茶碗を見てからにこりと嬉しそうに笑った。

「ありがとう御座います、庵奈様。」


正直嬉しかった。
こんな風に賑やかな食事をした事はなかったから。
思えば一人暮らしをする前から一人で食べていた。
召使が傍にいたとしても親子揃ってなどした事はない。
父は別の家に住んでいて、母は他の男の家に行ったり招いたり。
どっちにしろ母とは“死の病”で寝たきりになるまで話を交わした事もなかった。

此処は暖かい。


「べ、別に感謝されるまでもないわ!」


顔を真っ赤にする庵奈に でもありがとう御座います。とお礼を言って
箸を進める。
横で遊庵が 流石癒しキラーとか呟いたのは幸い聞こえていない。

「それにしても最近痩せ過ぎじゃねーか?」


早食い競走が終わったのか庵層新が話に加わる。
今日も引き分けだったらしい。



「そうですか?」

腕を目の高さまで掲げるが、いつも見ているせいか変わりなく見える。
周りは痩せた、痩せたと言っている。
しかし、お茶を飲んで一息つく螢惑の一言に彼と以外が固まる事になる。


一週間何も食ってなかったんだって。」




・・・・・・・・・・・・・・。







「「「「「「「「はぁ―――――?!!!!!!!」」」」」」」」











「ちょ、な、バカじゃねーの?!」


動揺丸出しの遊里庵に

「「何それ新たなダイエット方法?」」


と真里庵、里々庵コンビ。

「それにしちゃぁ、度越してるでしょ。」


冷静に突っ込む庵樹里華を紀里庵が、

「ダイエットじゃないだろ。」


と嗜め、庵奈は卒倒しそうな勢いで

「そんな身体に悪いダイエットなんて止めなっ!!」


と言い、絵里庵に呆れ口調で

いや、ダイエットじゃないって、絶対。


と突っ込んだ。
最期に今まで唖然としていた庵層新と遊庵が同時に

「「それ以上痩せてどーすんだ!!!」」


気迫に満ちた顔で迫られたは困った顔で情けなく笑う。

だからダイエットから頭離そうよ。


と螢惑が言ったのを誰も聞いていなかった。






「金がない?!!」


素っ頓狂な声を上げた紀里庵をは居心地悪そうに身じろいだ。


「いや、無いって言うか、給料日前ですから・・・。」
「俺達だって給料日前だけどそれなりにやってるぜ?」


庵層新の一言に皆、を見る。
うっと言葉に詰まったは無意識に後退。他は前進。
じりじりと追い詰められていく。
壁に背中があたったとき、ついにがはーっと長い溜め息を吐いて、観念した。


「実はですね・・・」
「実は?」


ごくりとつばを飲み込む遊庵とその兄弟達。
螢惑もちゃっかり混ざっている。
は躊躇う様子で口を開いた。


「貯金をしてるんです。」


全員が真面目な顔をする。
しんと時が止ったかのように静まり返り、そして


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁー・・・。」


一気にと螢惑以外が脱力した。
特に庵奈と遊庵と庵層新の脱力っぷりはすごかった。
は心外だとでも言いたげな視線を送り、口を尖らせて顔を赤らめる。


「ちょ、貯金のどこがいけないのですか!」
「別にそりゃ、の勝手だがよぉー。飯食う金くらい貯金すんなって。」
「ちゃんと食費代は取ってあります。ただ、今回狂ってしまっただけで・・・。」

でも、とが顔を上げる。


「人間水だけで結構生きていけるモンですよ!」
「え、まさかこの一週間水だけ?」


顔を顰めた絵里庵には目を輝かせて答えた。少し自慢げな顔で。


「はい!ちなみに俺の最高記録は二週間です!!」



自慢できる事かァァァ!!!

ふるふると拳を握り締めていた遊庵がの頭をぶっ叩いても
誰も何も言わなかった










「っていうか、気になってたんだけどって何のために金貯めてるの?」


どうにか落ち着こうと茶を飲む遊庵たちをよそに螢惑はぽつりと疑問を口にした。
それがまた波紋のように広がり、再び皆の目がに向けられる。


「んー、家引っ越そうと思って。」


見られていることに気付いていないがにへーっと笑って爆弾発言を言った。
ごふっと咽る音がしたが二人は構わず(ってか、気付いていない)会話を続けている。


の家ボロいもんね。」
「そう、ソレが問題なんだ。それ以外は住みやすいんだけどさぁ。」
「良いとこ見付かった?」
「んーん、まだ。ってか、お金も溜まってないし。」

「あ、でも。」


と、がそこで言葉を区切り、屈託無く笑って言う。


「今度住むときは風呂のある家が良いなーとか思ってるよ。」


其の一言で遊庵たちはショートした。
庵奈は持っていた湯飲みを落としたまま固まっていて、ころころ転がる音だけが
虚しく響く。


「流石に川で体洗うのもキツくなってきたし。」
「え、今更じゃない?」
「太白様が綺麗な川にしようとおっしゃっていたから。」
「そんなこと言ってたっけ?」
「聞いとけよ。だから辰怜様に小言を言われるんだよ。」
「むー。」


あらぬ方向へと話が変わっていくが、
遊庵たちは未だ金縛りにあったように動けなかった。





その後、の給料は遊庵によってか二倍に増え、
確認書と共に養子届けが同封されていた。
きっと遊庵様が上に掛け合ってくださったんだろうとは感動しながら
その二倍分を全て貯金に回していた
それを庵一家が知る事になるのはずっと後。


ちなみに同封されていたソレをは“遊庵様はご冗談が好きなんだなー”くらいにしか捉えていなかった。