あの日決めたんだ。お人好しのアンタはすぐ人を信じるから。

俺がアンタを守るって。














星を慕う黒犬

















さんへの恩って何ですかィ?」

隣で煙草を吸っていた土方は片眉を吊り上げてそれかた不機嫌な顔をした。



「何だよ行き成り。」

別に。と沖田は応えたが目は土方を見ていた。
あの事件から沖田は異常にに事を知りたがった。




どんな人ですか?仕事は何してるんですか?好きなものは何ですか?



近藤に聞いたり土方に聞いたり。それはしつこいくらいに。



よほど気に入ったんだろう。



近藤は苦笑しながらそう言っていたが土方は内心複雑だ。
好かれるのは嬉しい。自分が慕っている人だから。でも好かれ過ぎるのはダメだ。



「拾ってもらった。それだけだ。」

と短く応えた。
沖田は何か言いたげな顔をしている。

しばらくの沈黙。


・・・・・。


・・・・・・・。



「わかった!言えば良いんだろ?!言えば!!」

じーっと見つめる沖田の視線に耐え切れなくなった土方が
ヤケを起こしながら机を叩いた。
灰皿が反動で浮かんで落ちる。
最初っから素直に言やァ良いのに。とボソリ言う沖田の声は無視だ。



煙草を肺一杯に吸い込み、吐き出す。


「あれは俺が十九のときだったな。」














































天気が良かった。

真っ青に晴れた空を天人の船が幾つも泳いでいた。
橋のわきだったか店のわきだったか。
とにかくそこに土方は崩れるように座っていた。





また侍かしら 最近多いわね

職を失ってああやって死んでいくのさァ

こら、近づいちゃダメよ 何されるか判らないんだから





通り過ぎる人の声はあまりにも残酷だ。
しかし土方にはそれに食って掛かるほどの気力も体力も残っていない。
それ以前に 何も感じなかった。
日差しが痛い。
セミの声が鼓膜を震わせる。


両親はとうに亡くなった。

傍らにあった刀は廃刀令だかなんだかで奪われた。
人は自分を恐れた。関われば何をされるかわからない、と。
生きるのが辛かった。俺が生きてたって仕方ないだろ。
辛い人生だ。苦しい未来だ。
誰も自分を必要としない。今までもこれからも。








死にたかった。






























「何しとんの?」

女の声だ。








石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
今まで痛かった日差しが消えた。
不思議に思って目を少し上げてみる。木製の棒が見えた。
嗚呼そうか日傘だ。


「・・・死を待っている。」

声を出すのは何週間ぶりか。
乾いて喉が痛い。獣のような声。

人から離れた声。







「それは楽しい?」
「・・・。」
「生きれば楽しい事あるもんやで。」
「俺には何も無い。死にたい。」
「・・・死んだらアカンよ。」
「死にたい。」
「・・・・。」






「何も無い。何も出来ない。何も変わらない。それなら死んだ方がマシだ。」
「そんな事無い。」
「死にたい。」
「そんな事言わんといて。」
「死にたい。」
「私は死んで欲しくない。」

「・・・・・・。」



もう構わないでほしかった。
優しくなんてしないで。生きたいと思ってしまうから。
期待してしまうから。





「何も出来なくなんかないよ。ちゃんと出来とるやん。だって此処におるやん。」

「ねぇ、こうやって触れる事出来るよ?」

「見る事出来るよ?キミの声、聞くこと出来るよ?」

「何も出来ないなんて言わんで。ねぇ。死んだ方がマシだなんて言わんといて。」


死にたい
死にたい
死にたい



・・・生きたい


涙が出た。
嬉し涙でも悲し涙でもない。
胸が締め付けられる。それでも暖かい。
何も言えない。出てこない。

女がくすりと笑った。
着物の袖で涙を拭われる。
綺麗な女だった。

「せっかくの色男が台無しやで。」

赤銅の髪が日に当たって一層赤くなる。
差し出された白い手。

綺麗だった。






































「今の俺がいるのはさんのおかげだ。
近藤さんに会ったのもさんのつてだったしな。
何回頭下げたって足りねぇくらい世話になった。」

何本目かの煙草を灰皿に押し付け土方はしみじみ言う。
珍しく沖田は黙って聞いていた。

「アノ人は近藤さん並みに人が良い。だから高杉なんて危ねぇ奴匿うんだ。」
「ああだから見回りの回数が多くなったんですねィ?さんの家中心の。」
「っ!何でてめぇ知ってんだァァァ?!!
「・・・・さんがいらしたみてェですぜ?」

「話そらすんじゃねェェェ!!!」













「何やっとんねん、自分ら。」

刀同士がぶつかる中、襖を勢い良く開けたが首を傾げている。
手にはビニール袋が握られている。

さんこそどうしたんだよ・・・。」

息を切らす土方にはにっこり笑った。



「土方君が好きやったアイス、あったから買うてきてん。」



みんなの分もあるでー。
そう言って笑うはあの時自分の涙を拭った顔と変わらない。

どうかこの人に幸あれ。




暑さの残る外を眺めてそう願った。