丁度、神楽も新八も出かけていて珍しく何もやる事がなかった。
あーあーあー。意味のない声を上げて銀時はソファに寝そべる。
ごろんと体を沈めたソコには定春すらいない。久しぶりに本当に一人だ。
いつもならあんなに煩いこの部屋も今は銀時なんてお構いなしに刻々と時を静かに刻んでいる。

「・・・・パフェ食いに行こーっと!」

このまま一人でいるのは耐えられなかった。以前は一人だったのに。
どうやら自分は人肌に慣れてしまったようだ。
自嘲気味に笑ってからわざと明るい声を出して飛び起きる。

止めてくれる人はいない。
いつもなら怒りながら止めてくれるのに。馬鹿にしてそれでも心配してくれるのに。
独り言ですらやけに響いて銀時は逃げるように万事屋を後にした。









白猫に会う










いらっしゃいませー。
営業丸出しの明るい声が銀時を迎える。はいはい、いらっしゃいましたよ。
心の中で揶揄って溜め息をついた。
人のいるところに来れば少しは紛れるかと思ったが逆に独りであることを強調されてしまった。
何処を見たってファミレス内には友達だとか家族だとかそれこそ今の銀時が見ていて苛々する恋人同士などがうようよいる。
あーあーあー、ついてないねぇ。
再び付いたため息に誰かのくすりと笑う気配が重なった。
すぐ傍の席。溶かした銅色の髪。穏やかな優しい笑み。

「溜め息つくと幸せ逃げるんよ?坂田君。」

その声はやはり穏やかで。優しくて。それでいて銀時の鬱を一瞬で打ち消してくれた。





「お待たせいたしました!スペシャルパフェで御座います!!」

ニコニコ笑った若い店員がどんとソレを置いていく。
普通より大きいグラスに詰め込まれたフルーツやスポンジ。ソレを飾り付けるアイスとホイップクリーム。
ごくりとつばを飲み込んで銀時は向い側に座っているを見た。

「ホントに食っていいの?」
「ええよ。一度頼んでみたかったんや、ソレ。」

一人では食べきれんやろ?
何処か子供のように無邪気に笑うに銀時も笑って そんじゃいただきまーす、とスプーンを持った。


「それにしても珍しいな。最近誘ってもツレなかったのに。」

見事に空になったグラス。はコーヒーを静かに飲んで銀時はまたもや奢ってもらったオレンジジュースを飲みながら、ふと気付いて訊く。
と銀時が初めて出会ったのはお登勢の店だ。
自分と同じく甘党な彼女とはすぐ打ち解けて二人で出かけることも多かった。
しかし最近、はあまり自分の前に出ることはなく自分も自分で神楽や新八の世話に追われて会えない日が続いていた。

「それは坂田君かて同じやん。」
「そんなことねーよ。」
「あるよ。」
「・・・・・。」
「なんかイイ事あったん?」

口を緩ませて笑うはとても綺麗だと思う。


「イイ事なんてなぁんもねーっつーの。むしろサイアク。」
「へぇ。」
「新八っつーメガネと神楽っつー胃袋拡張女を強制的に雇わねぇといけなくなるし。」
「助かるやない。」
「ぜんっぜん役に立たねって。つうか仕事があんまこねーってのに給料早く払えとか言われっし。」
「あらら。」
「あいつ等来てからなんもイイ事ねーし、神楽の胃袋で喰うものもなくなるし。」
「あはは。」
「笑い事じゃねーよ!」
「やって、坂田君。」
「あ?」


「二人の事話してる坂田君すっごい幸せそう。」


え、と銀時は慌てて手で顔を触る。その様子にはまた声を上げて笑った。


「大切なんねんな、その子達の事。」

目を細めて慈しみを込めた瞳でが銀時を見る。言い当てられて不覚にもドキリしてしまう。
少し赤くした顔を、けれどもソレを悟られたくなくて銀時は眉を寄せた。
そんな怒った顔したってにはとうに見破られていると言うのに。


「私もね、イイ事あってんよ。」

袖を押さえてコーヒーを飲んでからぽつりとがそんなことを言った。
伏せられた目に長い睫毛の影が落ちる。


「でも喜んでええのか、いまいちわからんの。」
「何で?イイ事なんだろ。」
「最近な、大切だった人に似てる人に会うてん。
ほんまよう似ててな大切やねん。」
「のろけ?」
「ちゃうって。」

鈴が転がるような笑い声では手を振った。
けど、その誰か知らない人の事を話すは嬉しそうでもあり悲しそうでもあって。
銀時はそれ以上野次る事はしなかった。

「大切やと思う気持ちはある。
やけど、それは大切だった人を重ねて見てるんやないかって時々思うんや。」


そう言うの顔は辛そうで、銀時は可哀相だと思った。の大切な人に似てる人を。
その人は別になんとも思っていないかもしれないが、自分は嫌だ。
見て欲しい。必要として欲しい。自分がここにいる事を忘れないで欲しい。
銀時は沢山のものを失くしてきた。それは友でもあったし、愛でもあった。
とにかく言葉で言い表わせぬほどのモノを亡くしてきたのだ。
だから自分を見てもらえないその人がとても哀れでならない。
そして同時にそう見てしまうが気の毒でならなかった。

自分には今、大切な人たちがいる。
もし仮に彼等が死んでしまったとしたら、自分はきっとおかしくなってしまうだろう。
戦が終わった時のような廃人に。
は今とても辛いのだろう。自分があの時辛かったように彼女は苦しんでいる。

銀時は可哀相だと思った。大切な人を失い今でも苦しんでいるが。

が小さく息を付いた。形のいい唇が自嘲と疲れをかたどった。



「その人自身を見たいのに、その人自身をちゃんと見てるんかわからんの。」






飲みかけのオレンジジュースは汗をかいている。氷がカランと鳴った。
クーラーの効いた店内でそれは消えてしまうほどのちっぽけな音だったが、
銀時には随分と大きく聞こえた。