存在意義 月のない夜だった。辺りは静まり返り、獣の鳴き声一つ聞こえない。 の隣にいた坂本が何か、話しをしようを言い出した。 「こがに静かだと気がおかしゅうなる。」 そう言って顔を歪めたのが暗がりでもわかる。 と桂がそうだなと坂本の意見に同意を示す。残りの二人は無言だったが、否定はしなかった。 其の前に木でも燃やして明りにしようと坂田が言ったが桂が反対した。 「今、奇襲されたのでは一溜りもない。」 横目で昏々と眠りに付く志士たちを一瞥する。元々は五百人を越える志士たちが集まったのだが、激しくなっていく戦に一人、また一人と死んで行き今では五十人にも満たなくなていた。生き残った彼らも疲労の色が濃い。 もはや体力も気力も残っていない状態だ。 「明りが有ろうと無かろうと話すのには必要ねェだろ。」 ふぅっと紫煙を吐き出すのと同時に高杉が冷笑した。何となくバカにされら気がして坂田が口を開きかけるが、返す言葉が出てこないらしく口を閉ざす。 「じゃぁ、辰馬からどーぞ。」 高杉と同じく煙管を咥えたがニコリと笑って坂本を指名する。 「ワシが始めか?!」 「当然だろ。」 「テメーが始めに言ったんじゃねーか。」 「こーゆーのは言いだしっぺが先って決まってんだよ。」 桂、高杉、坂田に言われて渋々坂本が話し出す。ソレは大概どうでもいい話だった。 土佐の話だったり星の話だったり。高杉がくだらねェと言ったが、寝る気はないらしい。 不安だった。それは五人全員に言えることだ。日に日に濃くなっていく死。 明日の今頃一体何人の志士たちが残っているのだろう。 何か話してなければ気が狂いそうになる。 坂本の話が終われば坂田が、桂が話した。時々高杉も話した。 中には短い話も有ったし、長い話もあった。 自分の故郷の話や育った環境とかたわいのない話を途絶える事無く話す。 やがて昔話も尽きて、何故攘夷戦争に参加したのかと言う話になった。 「なぁ、なんでは参加したんだ?」 木の幹に背を預けている坂田がに話を振った。は煙管の吸口を咥えたまま坂田を見る。気付けば他の三人が坂田同様自分を見つめていた。 んーっと唸るように何かの鳴き声にも似た声を発して緩慢に髪を掻く。 「大した理由じゃないよ。」 「いーから話せ。」 中々話さないに痺れを切らしたか高杉が急くと彼女は煙管を咥えたまま器用に口端を吊り上げた。 「あらあら晋助クンそんなにオネーサンの事知りたいの?」 「・・・・ぶっ飛ばすぞ、ババア。」 「毛も生えないクソガキに言われたくないねぇ。」 青筋を浮き上がらせて刀に手をやる高杉に対しては余裕の笑みを見せる。 「まあまあ喧嘩しなや。」 苦笑混じりに坂本が制す。喧嘩の仲裁者はいつも坂本だ。 「はまだ二十四じゃき。ババアじゃぁないきに。」 「でもテメーより三歳年上だ。俺となんて六歳もちげェ。」 「年でしか女を判断できないのかい?可哀相な奴だね、晋助。」 「も挑発するんじゃない。話がややこしくなる。」 「っつーか、話逸れてんじゃん。」 坂田の一言にはたと我に返った三人と決まり悪げな顔をする。 「ほがに言いたくないがか?」 「そんなに聞きたい話かい?」 「ききたーい。」 にやにや笑って坂田が野次を飛ばす。は彼を軽く睥睨してから諦めたように天を仰いだ。 「この話をするのは多分キミたちが最初で最後だと思うよ。」 見上げた暗幕でもかけたような空だ。紫煙が薄い膜のように消えてゆく。 夫がいたんだ。 静かにしかしはっきりとそう言ったに四人は唖然と彼女を見た。 「おまっ、結婚してたの?!」 「うん、丁度十八のとき。」 「今の俺と同じ年じゃねーか!!」 「そーだねぇ。」 「ワシはひとっことも聞いとらんぜよ!!」 「言ってないし。」 「何故黙っていた!」 「あはっ。」 「「「「笑い事じゃ(ない)((ねーよ))(ないぜよ)!!!」」」」 ばっちり息の合った突っ込みには拍手を送る。あまり嬉しくない。 笑うに脱力する四人。とにかく爆弾発言だった。 「どんなヤローだよ。こんなデカブツと結婚するやつぁ・・・。」 「少なくても晋助より大きいよ。」 「・・・んーだとぉ!」 「え、どんくらい?」 「んー、辰馬よりデカかった。」 「かなりデケーじゃん。」 「無視すんじゃねー!!」 がばっと立ち上がりむきになる高杉を隣の桂が宥める。 「しかし、本当に変わっているな。お前の伴侶になるとは・・・物好きと言うか、何と言うか。」 「んー、まぁ変わってはいたね。杏仁豆腐に唐辛子かけるような人だったし。」 「「「「・・・・・・・・。」」」」 「あと西瓜に砂糖かけたり、あ、味噌汁に納豆入れたりしてたな。」 指折り数えていくを前に高杉が、 「・・・っつーか、」 と珍しく諦めた声を出し 「それは、」 額に手をかけた桂が呟くように言う。 「変わってるって言うかさぁ・・・」 ひくりと口を引き攣らせる坂田の言葉を継いで坂本が 「ただの味音痴じゃろう。」 と溜め息をついた。 はくるりと煙管を回して、 「そうとも言うねぇ。」 と不敵に笑う。其の言葉はひどく高慢だ。 「最初に会ったのは道場だったかな。なかなかに強い男だった。」 武術がとかそんな事じゃない。もっと奥の。 本当の「強さ」がどんな物かを知っている人であったのだと思う。 「あっちは幕臣でこっちは道場の師範代。接点はなかったけど出合った。んで、お互いを好きになって結婚したんだ。」 「おいおい、出会ってからの話すっ飛ばしてんぞ。」 「あとはイチャイチャ新婚生活さ。子供は作んなかったけど。」 「何故だ。」 イチャイチャの部分で高杉がすごい顔をしたがさらりと桂は流す。 と言うより最後の言葉に違和感を感じた。は面倒見がいい。 子供も好きだ。なのに何故。 ふっとが自嘲気味な笑みを口の端に浮かべた。 「作るよりも前に旦那は将軍を庇って死んだよ。」 幕府に対して不満を持っていたある一派が将軍に襲い掛かったとき咄嗟に庇ったと言う。誰よりも幕臣である事を誇りに思っていた彼にとって最高の死に様だったのだろうか。安らかな顔だったと彼の同僚が言っていた。 「周りは名誉ある死だとさ。」 漠然と広がる夜空に白く霞んだ紫煙が昇る。 の目は怒りも嘲りもない。真実だけを見ていた。 「・・・遺体は?」 おずおずとを伺いながら聞いた桂に彼女は微笑んだ。 灰を落とす音がやけに響く。 「さぁね、帰ってきたのはこの刀だけだ。」 横に置いていた刀を一瞥して桂を見た。思わず桂は口を噤む。 は軽く声を立てて笑った。 「気にしなくてもいい。昔の事だ。」 「ほがに経つかえ?」 「うん。もう五年も前になるよ。」 「・・・そいつの」 「ん?」 目線を下にしたまま高杉が呟く。擦れた小さな声。 「そいつの墓・・・」 「あぁ、・・・・・うん。」 高杉の意図することを理解し、も目を伏せる。 「形だけあっても意味ないから、ね・・・。」 「・・・・・・・・・そうだな。」 どうして命を懸けたんだ。 あるときは憎々しげに、あるときは悲しみを堪えて、何度となく残った刀に呟いた。 返答など返ってくるはずもないのに。それでも問うのを止められなかった。 キミはバカだ。 幕臣が一人死んで何が変わる?良く見てみろ。腐った幕府が良くなったか? 何も変わりはしないじゃないか。 私にはキミしかいなかったのに。 なぁ、私のことは考えてはくれなかったのかい? 私より幕府を愛していたのかい? 一人残された私は如何すればいい。 ・・・・教えてくれ。 「残った形見は刀と幕府。」 皮肉だね。とは言った。 「怨んでも怨みきれない幕府が彼の形見なんだ。」 彼が最も愛したソレは自分から彼を奪って行った。 行ってきますといって出て行った彼は刀だけになって帰ってきた。 は煙管を銜えて長い溜め息のように紫煙を吐き出す。 「私には何が良くて何が悪いのか判らなかった。だから、」 「とりあえず彼が残していったものくらいは守りたいと思うんだ。」 彼の誇りは誰にも汚させない。 どんなに憎くても彼が命張って守ったコレだけは、奪われなくない。 「バカな亭主にはバカな女房が付きモンでね、腐った幕府でも守りたいのヨ。」 そう言っては茶化すように笑った。 |