まことの言葉はここになく、シュラのなみだはつちにふる。(宮沢賢治『春と修羅』より) 散る音 強い風に腐りかけの支柱が悲鳴をあげ、荒れ狂う雨音にが酷い天気だと眉を寄せた。彼女の刀にこびりついた真っ赤な体液は降り続く雨で幾筋にもなって流れていく。自分の刀も同じだった。 「。」 足元には抜け殻が二つ。 かつて人と呼ばれたソレ。 雨音は本当に酷くて二、三回ほど呼んでやっとが顔をあげた。雨に濡れた髪は蜂蜜の色に似ていて美味そうだとぼんやり思う。 は銀時の顔を一瞥した後、転がっているソレにまた向けた。 表情からは彼女が何を考えているのかわからない。ただ輝くような琥珀の瞳は睫毛の下に半分隠れている。 「。」 人の形を無くした二つの亡骸は昔銀時達ともに戦った戦友だった。下っぱで彼等より年も若い、少年の域を越えたか否かの子供だった。 血液は雨に流されている。それらの命はもうない。と銀時が奪った。 「 」 雨の音でかそれとも呻くような低い声のためか、聞こえない。無声映画を見ている様だと思った。 寒さで青白い肌。暗い瞳。薄い唇が動く。 惨い、と。 二人の少年は天人に繋がっていた。 仲間の振りして攘夷志士に近づき、本気の振りして戦に出た。 彼らにとっては順風満帆だったのだろう。 誰もが彼らを仲間だと思っていたし、そんな事ありえないと思っている。 たまたま見つかった天人宛ての書簡が彼らの転機だった。 「もう、七人目になる。」 其の数は尊ぶべきものであり、同時に残酷なものでもあった。 と銀時が仲間を殺した数だ。いや、仲間だと思っていたスパイの数。 彼らを処理するのはと銀時の役目だった。俗に言う隠密である。 誰もいない場所まで呼び出して、斬る。相手は悲鳴すら上げずに死んでいく。 「私より若い子供ばかりだ。」 唇の動きは相変わらず遅い。瞳は瞬きもせず虚ろだ。 大抵、天人のスパイをする人間は子供から青年にかけてが多かった。中年と呼ばれる年の人はすでにいない。 攘夷戦争という名に於いて借り出され、決して帰ってくる事はなかった。 激しくなっていく戦乱。大黒柱を失った代償は大きい。金は尽き、食べ物もない。 痩せていく家族を支えるのは年端もいかない少年達だ。 そして飢えから抜け出すには莫大な資金を持っている天人に付くしかなかった。 「でも天人に繋がっていただろ。しょうがねーよ。」 しょうがない。其の言葉の曖昧さを銀時は知っている。しかしそれ以外、掛ける言葉を知らなかった。 自分たちだって死にたくはない。生きたい。 夢も、希望も、大切なものもある。 その為に、自分の下になって犠牲になる者がいたとしてそれは「しょうがない」事だ。 「わかってるよ、わかってる。」 は小さくそううめいた。獣に近い声だ。 所詮人は何かの、誰かの犠牲の上でしか生きていけない。 そんなの知っている。痛いほど知っている。しかし、 「これは、正しい事なのか・・・・?」 煩い雨音。強い風。支柱がギィギィ軋む。 二つの抜け殻。二匹の鬼。夜叉と修羅。 鈍い刀が呆然と雨に打たれた。 豊かさを表す毛色の髪を雨水が濡らす。透明な雫。 「・・・・・教えてくれ。」 下を向いたの鼻先を雫が伝って、 零れた。 泣いているようだ、と思う。 しかし、合間見えるの瞳は乾いていた。 「・・・・・・・・・俺だってわかんねェよ・・・。」 何が正しくて何が悪いのかなんて。 少年達には家族があり恋人がいて、自分たちにも家族や仲間や愛する人がいる。 ただ守りたいと思う人たちを守り抜く力が銀時たちの方が勝っていた。それだけの話だ。 刀が酷く重い。 これまで奪った命の重さだ。 数えきれぬほどの天人を斬り、人を斬ったこの刀は随分と重く感じる。 強い強い雨が降る。風に腐った柱が悲鳴を上げる。 泣けない修羅の涙が雨となって土を湿らせていく。 |