俺が暇を持て余している時、彼女はふらりとやってくる。






















かげろう
















ラジオから流れる曲に耳を傾け、は机に頬杖をついていた。
こじんまりした診療所の中は珍しくがらんと空いている。
特には気にしない。
良くある事だから。
この場所は不思議なもので自分が忙しいときに繁盛して余裕があるときには
嘘のように人が来ないのだ。


正午の日は高く、さんさんと暖かく照らしている。
開けた窓からレースのカーテンが風ではためいた。
心地良さに目を閉じる。
子供達の笑い声や子を叱る母の声が遠くで聞こえ、思わず苦笑。
穏やかに一日が過ぎていく。
そう感じるのがは好きだ。






「ドアに鍵はかかってませんよ。」


含み笑いをしてくるりと椅子ごと振り返る。
そこには飴色の髪と黒い制服を着込んだ猫が一人。
にやんと笑って にゃぁ と鳴くように「こんにちは」と言った。







「どうぞ。」
「どうも。」

が独特の笑みを浮かべる。コーヒーの香ばしい匂いが漂って室内を満たした。
二つ入れたうちの一つをに渡しては再び椅子に座る。
その一つ一つの動作が所作のように完璧だ。


「さっき土方が来ましたよ。」
「アイツがサボるなんて珍しいね。」
「なんでも能天気な毛色をしたもう一人の副長を探しているとかで。」
「そりゃぁ、大変だ。」
アンタの事ですよ。」
「てへっ☆」


頭をぺしりと軽く叩きペコちゃんのような顔をする殺意にも似た感情を持ったのは言うまでもない。







「大変だね。」
「何がですか?」
が。」
「そう思うならここに非難してこないでください。」
「えー。(ブリっ子風)」
「止めてください。気持ち悪いです。」
「はっきり言うね。」
「言わないと判らないでしょう。」
「御尤も。」


は気にした様子もなくクスクス笑ってカップに口をつけた。


「晋助に会ったよ。」
「へぇ?」
「来たでしょ?」
「良く判りますね。」
「顔色悪かったから。あれは風邪だね。」
「抗生剤は出しときましたから心配ないですよ。」
「心配なんてしてないよ。」
「はいはい。」
「ホントだよ。」
「はいはい。」
「・・・・・・今ちょっと嘘付きました。」


悪戯を見つけられた子供のようにしゅんとしてが呟く。それにはふわりと花が咲くように笑った。
少し眉を下げて、しょうがないと言う顔で。





「だってさぁ」


と、ちょっと拗ねた感じでが唇を尖らせる。



「お前と俺は敵同士だ、とか言ったんだもん。あいつ。」
「それはそれは。」
「・・・それだけ?」
「本当の事でしょう。」
「・・・・・・・・ソウデスケドー。」


むっと眉を寄せて軽く睨むとは恐ろしいほどの美貌を呆れた表情に崩した。




「なら攘夷に付いたらいいじゃないですか。」
「其れは出来ない。」


ひゅっと氷が肌を走り滑る感覚はこんなだろうとは思う。
今までだれていたからは想像も出来ないほどの威圧感。刀の鋭利さに似せた目が己を見ている。


「幕府にとって攘夷派は敵だ。」
「捨てればいいでしょう。」
「ダメだ。」
「どうせ形だけの国家だ。」
「それでも、守らなければならない。」
「何故そこまで幕府にこだわるんですか?」
「・・・ある人に誓った、から。」
「『彼』に?」


少し目を細めたが意味深に笑う。は一瞬驚いた顔をしたが冷めたコーヒーを一気に飲み干し、再び眉を寄せて長い溜め息をついた。


「知ってたの?」
「新月の夜に起きていたのはあなた達だけではないんですよ。」
「油断したてたよ・・・・。」
「と言っても聞いていたのは俺と、だけですけどね。」


と言う名にの表情が翳ってふっと短く息を吐く。それを見ていたは視線をカップに落とし、自嘲気味に笑った。




「自分でもね、矛盾していると思うよ。
何のために真選組になったのかを忘れたわけじゃない。
でも、晋助や小太郎を置いていってしまった事を忘れる事は出来ない。」

「私は晋助も土方も銀時もみんな好きだ。大切だと思う。
だから・・・私はもう喪いたくはないんだ。」


カップを持つ手が戦慄く。
は黙っていた。のまっさらな笑顔が脳裏に浮かんで消える。
出会わなければ良かったのに。いっそ忘れられたら良いのに。
あまりにも儚く消えてしまうならいっそ自分の心から消えて欲しい。
いた事実さえ曖昧になってしまうのなら。


どうか、忘れさせて・・・・。






「・・・あなたは不器用ですね。そして真っ直ぐだ。」


何もかも手放してしまえば楽なのに。自分のように放棄すれば。






「しかし、其れがあなたの良さだと俺は思いますよ。
考えるだけ考えて答えが出なければ風任せにするのも手だと言ったのはあなたです。」



微かに笑みを刻んだ瞳。
は琥珀の瞳を見開いて、


「うん、そうだね。」


情けない顔で苦笑した。




















「それにしてもは意地悪だ。知っていてわざとそんな質問をする。」
「あなたが動揺するのは珍しいですからね。ちょっと仕掛けたくなったんですよ。」
「そう言うの、世間ではなんていうか知ってるかい?」
「さぁ、何ていうんですか?」


ニィっとが笑う。



「サディストってゆーんだよ。」


それには鮮やかな、しかし意地の悪い笑みで返した。