ついてねェ。
高杉はザァザァと降り続く雨を憎々しげに見つめながら小さく息を吐いた。








こうもり










梅雨の時期とはどうしてこんなにも腹立たしいのか。
煙管をふかしながら考える。考えたところで答えははっきりわかっているし、解決策もない。
しかし、その場を動けない高杉には考える以外何も出来ないのだ。
降りしきる雨。傘を持っていない自分。
天気予報は晴れだと言っていた。


「おもっクソ外れてんじゃねーか・・・!」


百パーセント晴れますとにこやかに言っていたアナウンサーの顔を思い出すと余計に腹が立った。
べたつく暑さ。だからと言って腕をまくれば寒い。
こういう時期が高杉は嫌いだ。というか、苦手だ。
昔から体はあまり丈夫な方ではない。季節の変わり目は必ずと言っていいほど風邪を引く。
しかし、病弱だと思われたくないがために強がって顔に出さないのだ。
長い付き合いの桂でさえ気付けないほどのたちの悪さ。
その高杉を一発で見分けたのが五歳年上のと言う女だった。




「・・・っくしゅ。」


強く吹いた風に思わずくしゃみが出る。
着物の袖をかき寄せても寒いものは寒い。


「・・・・・・・・・・・っくしゅん。」
「おや、風邪かい?」
「っ!!」


突然聞こえてきた声にバッと後ろを振り向くと修羅と呼ばれた女が立っていた。
飴色の髪に黒い制服。にこりと微笑んで片手を挙げた。




「やあ。」


表情と声こそ穏やかだが着ている服は真選組の物だ。
しかも隊長格の者だけが着る上着を着ている。


「またテメーか、。」
「そんな嫌な顔するなよ。傷付くなぁ。」
「傷付いた顔には見えねーけどな。」
「心はガラスのハートなのさ。」
キモイの通り越して痛いぞ、ソレ。
「ひどっ。晋助には言われたくないよ。」
「あぁ?!どういう意味だ!!」
着物のセンスとか。」
「・・・・・・・・う、うっせェ!!(←傷付いた)他人のセンスにとやかく言ってんじゃねーよ!!」
「え、何、傷付いちゃった?」
「ちげーよ、バカ!!」


明らかに傷付いている高杉には少し考えた顔をして突然高杉の前髪を掻き揚げた。
咄嗟の事で反応できなかった彼は目を見開いたまま動けないでいる。
身長はの方が大きい為か見上げる形のなったがそんな事を気にする余裕は今の彼にはない。
すっとの顔が近づいて彼女はにやんと笑った。


「嘘。似合ってるよ。(御祭り好きが良く表れてるし)」
「・・・・・・・・・。(カ―――//////)」
「?顔赤いけど風邪悪化した?」
「っ!お前、ホント<バカだな!!!


空いている手での頭を思いっきり押しのける。
の首から嫌な音がしたがこの際無視だ。
未だバクバク言っている心臓を押さえて距離を置く。


「うわ、いって、首がありえない方向に曲がったんだけど。」
「知るかァァ!!」
「キミ反抗期でしょ?それとも二日m・・・」
斬るぞ。
「スイマセン。」


目がマジだ。
あはははとは笑ったが内心冷汗を掻いていた。心なしか顔も引き攣っている。



「ところでお前、何でこんなとこいんだよ。」
「ん?雨の日のお散歩。」
「・・・・・・・・。」
「ってのは冗談でぇ」
「(絶対嘘だ)」
「近藤さん探し?の途中。」


近藤と言う言葉に高杉の目が険しくなる。細めた瞳は嫌悪の色。


「・・・だったら早く行けよ。」
「冷たいね。」
「当然だろ?」


俺とテメーは敵同士なんだから。
睨んだ彼の瞳に複雑な表情では笑い、やれやれと言った風情で肩をすくめた。


「じゃぁ、今日のところはおいとましようかな。」
「もう会いたかねーよ。」
「ひどっ。あ、そうだ」
「?」


訝しげに彼女を見るとは右手に持っていた黒い布に包まれた棒らしきものを地面と平行に持ち、広げた。
バッと言う音がして黒い布が張る。和傘に似たものだ。
そしてにっこり笑って高杉に手渡してきた。


「・・・・なんだよコレ。」
「西洋の傘だよ。こうもり傘って言うんだってさ。」


和傘よりも機能性がいいんだ。
そう付け加えるの言葉を半分聞き流してソレを一瞥するとまた彼女に向き直る。


「で?」
「晋助傘ないんだろ?」
「だから?」
「貸したげる。」


満面の笑みを浮かべている目の前の真選組副長
高杉はしばらく傘を眺め、







ドスッ




傘の先での顔を刺した。



「・・・晋助クン、其れ、そうやって使うのと違うよ?」
「そりゃァ悪かったなァ。てっきりこうやって使うんだと思ってたぜ。」
「痛い、痛い、え、ちょっと痛いから。グリグリしなくていいから。」



「ふん、いらねェ。」


高杉はそう言うとぱっと傘の柄を離した。
ふわりと重力によって落ちていく傘。
鼻上をなみだ目で押さえていたはえ、と目を少し大きくさせて彼を見る。


「いらないって・・・風邪引くよぉ?」
「引かねぇよ。それより早く俺の前から消えろ。」


テメーの顔見てると虫唾か走る。
鼻に皺を寄せて剣呑な目付き。青白い肌に毒々しい着物。
高杉の全てがを威嚇し、拒絶していた。



「・・・・・困った子だ。」


は一瞬だけ目を悲愴に歪めたがさして気にしない様子で笑う。
そして落ちたままの傘を拾い上げると高杉の手に持たせる。
彼は拒否しようとしたが、の手はその細腕に不似合いなほどの力を持ち、半ば無理矢理に持たせた。


「・・・いらねェっつってんだろ!」
「持ってってよ。」
「テメーに借りは作りたかねェ。って、聞いてんのか、コラ。」


高杉などお構いなしには緩慢な歩調で雨の中へ入っていく。
次第に濡れてゆく黒い制服は更に黒く、飴色の髪は色を濃くしていった。




「もう昔には戻れない。」
「・・・・。」
「もう風邪を引いたキミを心配する事も、看病する事も。出来ないんだ。」


霧のかかった中では表情はわからない。
足音を立てないで歩く癖は未だに変わらないのだと場違いな事を思う。


「じゃぁね、ちゃんと宿に帰ったら髪を拭くんだよ。」


そう言っては町に消えていった。
残ったのは彼女の服を同じ黒い傘。



俺を、俺たちを裏切って消えてしまったお前が。
心配する事でも気にする事でもないじゃないか。
どうでもいいだろ。俺の事なんか。
どうだっていい。お前の事なんか。


なのに、