午睡





と言う女は何も考えていないようで時々鋭いとこを突く。
高杉と桂の口論が飛び交う中、煙管の灰を落とす彼女を盗み見て坂田は思った。
一段と激しくなる戦場。気力をなくす志士たち。
坂本が抜けた代償は大きかった。


「だから言っているだろう!これでは逸れた志士たちを助けられない!!」
「わかってねェのはテメーの方だろ、ヅラァ!中央突破出来るだけの人がいねぇんだよ!!」


ダンッ
質素な机を高杉が叩いた。ぎしりと悲鳴を上げる。
昼だと言うのに雨のせいで部屋は薄暗かった。
蝋燭の炎が揺らめき、その音に障子の外の隊士の肩が跳ねる。
相変わらずは煙管を咥えて二人を傍観。其の目はいまいち感情が読み取れない。


「なら如何するんだ!!見殺しにする気か!」
「そうは言ってねーだろォが!!」


高杉も桂も殺気立った目をしている。当然だ。
もう三日近く寝ていない。それは坂田を含む全員がそうだ。
敵を斬って、殺して、仲間が死んでゆくのを横目で追う。悲しみにくれる余裕もない。
もはや全員が限界を越えていた。
ガタンと椅子が倒れる音に坂田は意識を彼らに戻す。睨み合った二人。
今にも刀を抜き、切り捨てそうな彼らを止めようと坂田が口を開いたときだ。



「ここを、」


と、今まで黙っていたが煙管で状況の描かれた地図で指す。




「こうやって横に広がってさぁ、敵を囲むのはダメかな。」
「おい、。聞いてたのか?人手不足なんだよ!」
「今回は勝つのが目的じゃないだろう。出来るだけ相手をこっちに引き付けて逸れたバカどもを逃がせばいい。」


紫煙を円形に吐き出してにやんと笑うに今まで口論していた二人は唖然と彼女を見返した。


「お前って実は頭いい?」


隣で坂田がそう言うと今頃気付いたかとが笑った。


「戦地には私と銀時が行く。晋助、キミの鬼兵隊を少しの間借りるよ?」
「・・・・あぁ、わかった。」
「あと医療班の準備よろしく。」


は飴色の髪を掻き揚げて刀を片手に今だ唖然としている桂に目を向けた。


「それから、小太郎は少し寝たほうがいい。」
「っ!そんな暇があるか!」


怒鳴る桂を無視しては部屋の前に立っている隊士に布団を敷くよう指示する。
自分の意見を無視された桂は顔を真っ赤にしてを睨む。
それすら軽く流しては腰を上げた。


「聞いているのか!!」
「聞いてるよ。ただキミの意見は無視してるけど。」
「っバカにするな!!」


彼女のバカにしているとしか思えない返答に桂が肩を掴もうと手を伸ばす。
それをは軽く払った。びくりと桂が怯む。
の顔は笑っていなかった。






「バカにしてるのはそっちでしょ。」




静かな声にもかかわらず圧力のある声。
高杉も坂田も目を見開いてを見た。彼女がそんな顔をするのを見るのは初めてだった。


「・・・どうゆう意味だ。」
「キミは少々自分の役割を軽く見てはいないかい?キミは軍師だろ。」
「だからなんだ。」
「そんなふらふらで勘も鈍ってどんな策を練ると言うんだ?
言っとくけど、いつもの小太郎ならもっと早く策を作れたと思うよ。それもあんな愚策じゃなくてね。」


溜まった灰を落とす。カンとその場にそぐわない高い音がした。


「晋助が怒るのも当然だ。今日のキミはキミじゃない。疲れを落として早く勘を戻すんだね。」
「・・・お前達だって休んでいないだろ。俺だけが休むわけにはいかない・・・。」



ふぅっとの口が奇妙に歪む。バカが。そう小さく呟いた。
声を聞いたのは坂田だけだった。


「いつまで意地を張るつもり?」
「意地など張っておらん!」
「なら、言い方を変えよう。―――――いつまで自覚しないつもりだ。」
「っ?!」


ぞっとするほど鋭い声で、戦慄すら感じる瞳では桂を見やった。


「キミの策に全軍の命がかかっている。良策か愚策かで私達の生死が決まるんだ。」


其れを早く自覚するんだね。
そう言い残しては今度こそ部屋を出て行った。坂田もそれに続く。
一度だけ桂を振り向くと彼は何も言えず唇を噛んで俯いていた。




の隣を歩きながら坂田は彼女を伺う。瞳はさっきと同じくいまいち感情が読み取れない。


「言い過ぎたかもしれない。」


歩みは止めず前を向いてが言った。坂田も前を向きながら相槌を打つ。
がしゃがしゃと騒々しい音を立てて隊士たちが通り過ぎて行く。
一人の隊士が馬の準備が調いましたと息を切らして走ってきた。が軽く微笑む。
それから坂田に振り向き、さもくだらない話をするような調子で言った。







「でもこれ以上仲間を失いたくはないんだ。」