伝えたい事があった。 彼女が彼女として生きる事が出来るように。 ひさしぶり、そう言うと彼女は目を白黒させた。よほど驚いたのだろう。動揺を隠す為に髪を掻き揚げるが視線は自分を見つめ、半開きになった口は言葉を探す様に彷徨っている。その表情が愛しくて微笑んだ。彼女の目から涙が溢れる。素直に綺麗だなと思っていると頬を思い切りぶん殴られた。 「・・・・死んだといったって此処では感覚があるんだよ?」 「そんな事知るか。それに何が『ひさしぶり』だ。十年だぞ?!」 「そんなになるのか。通りでが老けるわけだね。」 のんびり返したらソレがいけなかったのだろう。二発目を食らってしまった。ごめん、と一応謝る。気が治まらないのか睨まれた。彼女がこんなに怒るのは滅多にない。本来気性は自分と同じで穏やかな方だから。怒られる理由を考える。有り過ぎて逆に困る。 「ごめんね。」 「謝ってすむ問題だと思ってるのか?」 「いや、でもごめん」 「何故命を懸けた!何故将軍を庇った!」 私には、お前しかいなかったのに。 ソコまで言って彼女は口を噤んでしまった。涙が顎を伝っている。泣き顔を見るのは本当に久しぶりだ。この十年、彼女は泣く事を忘れてしまったかのように生きてきた。堪らなくなって抱き締めると素直に身を任せてくれる。 「お前はバカだ。」 「うん、そうだね。僕はとてもバカだった。僕が死んだって何も代わりはしないのにね。」 「・・・・・・私を好きだと言ったのは嘘だったのかい?」 「嘘じゃない。大切だよ。昔も今も。」 「だったらなんで、」 「守りたかったんだ、君を。」 国が大切だったんじゃない。彼女が生活する国が大切だった。彼女が笑って暮らせるように。もう生きるために殺め続ける事をしないですむような国を作ってあげたかった。彼女が彼女でいられる世界を、守りたかった。その為に必死で。ただ必死で幕府に身を捧げてきた。それが彼女を苦しめるとも知らずに。 「僕はバカだね。何にもわかっていなかった。知らないうちに君を傷付けてしまっていて。君の悲しみも寂しさも死んでから気付いたんだ。ごめん、もっと早く気付けてたら。僕がバカじゃなければ、」 刀を持たせる事もなかったのにね。 ごめんと彼女が謝った。何もしてあげられなくてごめん。美味しいご飯作れなくてごめん。あの朝見送ってやれなくてごめん。嗚咽混じりの声。切なくて抱き締める力を強くすると彼女の背中に回した手が強まる。彼女が謝る事なんて一つもないのに。むしろ謝るのはこっちなのに。苦しさに気付けなくてごめん。人を殺める事をさせてごめん。老けるまで一緒にいられなくてごめん。生きて帰ることが出来なくてごめん。 「ごめん、ごめんな。辛い思いはさせないと誓ったのに。ごめん、だけど忘れないで。愛してる。愛してるから。国が大切なんじゃない。が大切なんだ。それだけは真実だから。」 だからもう僕の為に幕府を守らなくて良いんだよ。が望む道を進んで構わないんだ。これはの人生なんだから。君は自分だけ幸せになるのが忍びなく思っているようだけど僕も君が面倒見た少年隊士たちもこっちはこっちで案外気楽な所でね、幸せに過ごしているんだよ。もうそろそろ幸せになっていい頃だ。どうか幸せな道を歩んで。 「!」 「・・・・・・・・・しん、すけ?」 目が覚めた時には彼の姿はなく、代わりに高杉が彼女を覗き込むようにして座っていた。ぼんやりとした目で隻眼の男を見ると彼は怒ったような、泣きそうな顔をする。うろりと周りを見れば懐かしい戦友たちと今の仲間達が険しい顔をしていた。 「ここがわかるか?」 「近藤さん、・・・・んー、真選組の一室?」 「お前、ガキに斬られたんだよ。覚えてるか?」 そう言われてみると数時間前の事が頭を過ぎる。わき腹をさっくり斬られたのだ。死を覚悟した矢先に高杉が現れた所までは覚えている。それからの記憶がない。 「晋助が運んでくれたのかい?」 「・・・目の前で死なれんのが胸クソ悪かっただけだ。」 「そう言いながら必死の形相だったじゃねーですかイ。が死ぬ!って。」 「余計な事言ってんじゃねェよ!ぶっ殺すぞ!!」 刀を抜いた高杉を羽交い絞めに桂と坂本が押さえ、返り討ちでさァと意気込む沖田に対して近藤と山崎が説得を試みている。お前等煩いネ!静かにするヨロシ、と障子を持ち上げる神楽に新八が 神楽ちゃんそれ振り回しちゃだめだからー!!とか叫んで、その隣ではお妙が作った卵がゆ(黒焦げの)を土方が押し返していたり(うちの副長に変なもの食わせんじゃねーよ!)と部屋の中は一瞬にして阿鼻叫喚の絵図になった。坂田は一人お見舞い品の果物を食っている。水飲むか、と聞かれては頷く。起き上がって水を一口飲んだ後も事態は収集がついていない。ふと笑いがこみ上げてきた。 「ははっ、」 堪らないと言った風の笑い声に騒いでいた面々がぽかんとした顔でを見つめる。それでも笑う。夢の中に出てきた男が言っていた言葉を思い出す。自分の望む道を進めと。幸せになれと。傍の刀を見つめる。自分はこれからもこの刀を使うだろう。(最後まで君の要望に応えられなくてごめん、浅葱) 「随分と遠回りをしたらしいね。」 「は?何言ってんだ?」 「こっちの話さ、晋助。」 「あ?」 「助けてくれてありがとう。」 「べ、別にテメーの為じゃねぇよ!」 「うん、それでもありがと。」 死んでも良いと思っていた。幕府のために、彼のために死ねるなら本望だと。だけど本当は違かった。彼のためと、そう言って生きる事から逃げていたんだ。だけど今は違う。生きていた事が嬉しい。まだ守れる。今度は大切な人を。 「君たちがどうしようもなく愛しいよ。」 はー?何言ってんだ?とか 照れるなぁ、とか周りの反応は様々だ。しかし悪態を付くでも素直に受け止めるでも皆一様に嬉しそうである。が苦笑染みた、ソレでいてとても満足そうな笑みを浮かべる。そして周りの大切な面々を見渡した。 (それが私の生きる道なんだ) |
昨 日 の 続 き