多分私は不安だったんだ。
「行ってきます」と言って出て行った彼がちゃんと苦しまずに逝けたのか。




「ご苦労サマでーす。」


声と同時にピタリと頬にあてられた冷たい何かに白哉は驚いたものの顔には出さず、即座に後ろへと振り向いた。そこには長身の黒い制服を身に纏った女(おそらく)が一人。手には冷たい缶ビールを持っている。白哉の頬に当てられたのはソレだろう。いくら気を抜いていたといって後ろの気配に気付かぬほど白哉は鈍くない。相手は相当の使い手だ。


「そんなに働いて過労死とかしないのかい?」


あぁ、もう死んでるか。と彼女は呟いて飴色の髪をがしがしと掻いた。何だこの女。自分がこの世の者ではないことを知っている。険しく細めた目に彼女は気付いたのか苦笑して。


「この前阿散井君が来てね。」
「・・・恋次が?」
「うん。それより、」


ニコリと笑って缶ビールを持った手の人差し指でベンチを指した。


「移動しよう。私はまだイカレた人には見られたくないんだ。」








「まぁ、遠慮せずに飲みなさいよ。奢りデスカラ。」


真夏のせいか公園内にはと白哉以外いない。時々公園の入り口を横切る人はいるがそれもまた見えなくなっていく。


「・・・・・。」
「あの、そんな見つめなくても毒とか入ってないんですけど・・・。」
「・・・・いや、貴公はいつも水分補給にを飲むのか。」
たまに。
「・・・・そうか。」


もしここに阿散井がいたら勤務中に酒飲んでんじゃねェー!!と突っ込んでいるだろうが、生憎此処にいるは白哉だ。無表情のまま缶に目を移す。物を貰ったのは初めてだ。貴族出である為誰もが白哉を一目置き、敬遠した。しかし、ソレについて悩んだ事はない。別に他人が如何思おうと自分には関係なかったし、自分も他人に興味を持たなかった。だから、行き成り目の前に現れてあっけなく自分に酒を出したに白哉は動揺を隠せない。は気にせず自分の分の(勿論ビール)缶のプルタブを開け、中身を嚥下している。そして飲み切るとくるり、白哉の方へ顔を向けてにやんと笑う。


「自己紹介が遅れたね。私はと言うんだ。」
「名を聞いた覚えはない。」
「知ってるよ。ただの私の自己満足。聞き流してくれて構わない。」
「・・・貴公は変わっている。」
「私から言わせるとあなたの方が変わっていると思うけどね。」
「・・・・私は朽木白哉だ。」
「朽木って、ルキアと同じ苗字だねぇ。」
「ルキアを知っているのか。」
「とても可愛らしい子だったよ。」
「(質問の意味を理解しているのか?)・・・そうか。」


は足を組みなおすと膝に肘を置き、頬杖を付いて目を細めた。白哉はソレを一瞥すると真っ直ぐと前を向く。くすりとが笑った。そして目を閉じたままくだらない話をするような声音で言う。




「内緒の話をしてもいいかな。」
「貴公は私が否と言おうと止める気はないだろう。」


前を向いたまま白哉は答える。は口を歪めて小さく ご尤も。と呟いた。真夏の日差しが容赦なく二人を襲う。


「ある人を見送る事が出来なかったんだ。」


の話は始めもなく途中から始まった。
当たり前の如く話し始めた彼女に戸惑う事は何故かない。


「ある人ってのはもう死んじゃったんだけど、んー、大切な人で。たまたまね、お偉いさんを庇って死んだのよ。」


行って来ますと言ってその人が出て行ったとき、自分は朝食の用意で忙しかった。いつもはとっくに出来ている時間。なのにその日はたまたま寝坊してしまってご飯を食べさせるどころか見送る事も出来なかった。


「飯食わせられなかったこともそうだけど、やっぱ見送れなかった事に後悔してる。」

どんな顔で「行って来ます」と言ったのだろう。まな板にだけ視線を向けていた自分にはわからない。これからも、わかる事はない。


「それが内緒の話。」


ふぅと短く息を吐き出したをまた一瞥して白哉は立ち上がった。行くのかい?と声を掛けると無言で頷く。 腰に差していた刀を抜きそのまま軽く振る。パキンと割れる音がして扉が現れた。


「一つだけ聞きたい。」


黒い蝶がニ、三羽舞う中、白哉が無表情のまま振り向いた。


「何故私に話した。」


ふっとは情けない顔で笑う。


「似ていると思ったから。」
「・・・・・・・そうか。」


人には直感と言うものが必ずあり、その感覚だけで似たものを割り出す事が出来る。白哉の過去に何があったかをは知らない。しかし、何か、しかも自分と似たものを感じていたのかもしれない。白哉は少し目を伏せた後、踵を返して振り向かずに言った。








「安心しろ。“彼”は元気に暮らしている。」






の目が大きく見開かれる。
琥珀の瞳が驚いたように白哉を見つめた。


「・・・・・・・・・・本当に?」
「嘘は言わん。」


もしかしたら。
もしかしたらまだ未練があってこの世を彷徨っているのでは、と寝る前に時々思っては不安に陥った。見送れなかったから。ちゃんと笑っていたかわからないから。本当は悲しい顔をしていたんじゃないかとか。斬られたとき痛かったんじゃないかとか。


そしてそのまま今もずっと苦しんでいるのではと。




の顔が泣きそうに歪む。赤子がこの世に生まれてきたときの顔に良く似ていた。何度も頷き、懸命に笑顔を作って。


「・・・うん、うん。」


笑った顔から涙が次々と零れ落ちる。
ありがとう。
小さく呟いてはまた頭を下げた。


終 わ り の 日
(本当は其の言葉が聞きたかったんだ。)