ざら ざら 
色とりどりの色。着色料の入ったチョコレート。
そんな感じに自分たちは着飾って、気取って、それなりのコトをして。
そんな感じに彼女は優しくて、気高くて、そんなコトとは縁がない様な気がしてた。


ざら ざら 転がる色とりどりのチョコレートたち。
赤や黄色に着色されてまるで別の固体みたい。



中身はこんなにも同じ色だと言うのに。










風の噂でに子供が出来たと聞いたのは昨日。本人からの手紙が着いたのは今日。
手紙にはやはり子供が出来たこととそこでの生活の様子が綴られて、最後にもうすぐ寒くなるから風邪を引かないようにと、なんとも彼女らしい言葉回しで書かれてある。そしてお腹に手をやって笑うと彼女の肩を大切そうに抱く男が映る写真が同封されていた。


採点途中の息抜きに今日のおやつのチョコを一口齧る。
のお腹はまだ小さい。まだ二ヶ月だと言っていた。(いや、書いてあった)
これから膨らんでくるんだろう。もっともっと。
の胎内では小さな、本当に小さな生命がゆっくり、ゆっくり息づいて育っていくのだろう。もっともっと。
それはとてもすごい事で、その子はどんな子になるんだろうとか色々想像してみて一人笑った。に似るんだろうか。それとも父親に似るんだろうか。


それは楽しみな事で、嬉しいことのはずなのに。俺はどうも全面的に喜べない。
胸にぽっかりと穴が開いたように冷たい風が通り過ぎていく。




俺とは元々同じ高校で何がきっかけだったか忘れたがひょんな事から一生涯の友人になった。それは桂や坂本や高杉も同じ。大学は皆バラバラだったし仕事も俺と以外ばらばらだった。(桂は医者になり、坂本は父親の跡を継いでどっかの社長になった。高杉は保険医)
と言っても俺もも赴任先は全然違うところだ。それでも俺たちは度々会って飲みに行ったり飯食いに行ったりしている。こんなに長い友達になるとは五人が五人とも思っていなかっただろう。
はキャアキャア騒ぐ女子とはまったくかけ離れた存在だった。と、言うより随分人間離れしていた。優しいくせに厳しく、背が高くて細いくせに自分よりもゴツイ男たちを簡単に伸してしまう。だからと言って暴力的ではなくいつも笑ってる人だった。同い年なのに妙に大人の彼女に俺や特に高杉なんかは何かと迷惑をかけっぱなしだったのも思い出に残っている。
浮世離れしていて掴んでないとどこか違う世界に飛んでいってしまいそうなに彼氏が出来たと聞いたのは俺が新任からようやく三年が経とうとしていた時だった。


「いい人だよ。」


一言、そう言って微笑んだは俺が今まで見てきた中で一番穏やかな顔をしていた。その時からだ。もやもやした気持ちが芽生え始めたのは。
別にが好きだとか愛しているわけじゃない。いや、人間として好きだし愛してはいる。でも女として性として見たことはなかったし、彼女が見せたこともなかった。友達で親友で大切な人。それだけの関係だがそれ程の関係でもあった。
紹介されたその男は何処にでもいそうな容貌と底知れないほどの大きな器量を持った人だった。優しそうな笑みを浮かべ俺が嫌な態度をとっても嫌な顔一つせずに笑って許してくれた。この人には敵わない。そう思うと同時にこの人ならコイツを幸せに出来るだろうなと思った。
彼女が俺たちに心を許してくれているのは知っている。けど、それでも彼女を俺たちは繋ぎとめておくことは出来ない。





(子供が出来たって事はやっぱヤったんだよな。)


ざらざらと落ちる丸いチョコを一粒ずつ食べて、ぼんやりと写真を眺める。笑った二人。
付き合っているときも結婚した後も二人はそんな雰囲気を匂わせなかった。仲が良くて、一緒に笑い合う彼等を俺も一緒になって笑った。 俺は酷く安堵していたんだ。結婚した後だってだ、と。
確かに一緒にいられる時間は減ったけど俺にとっては親友の一人だし、 にとっても俺は親友の一人だと思っていた。
変わらない対等な関係。変わらない友達の関係。
男とか女とかそんな狭い枠に入らない、ただ対等で親友な関係がこのまま続くとバカみたいに、けれど当たり前に思っていた。


(そんな事あるはずないのに。)


人は日に日に大人になる。心も体も。
いつか子供を生み、その子供も掛け替えのない生命を宿す。当たり前の行為。
そうやって自分も生まれてきた。そして今ここにいる。
あの二人も同じで、俺の知らないところで女であり男であったのだ。


(わかってる、わかってるよそんなの。)


アイツに限ってありえない、なんて思ってなかった。
だってアイツは女で、相手は男なんだから。だけど理屈じゃないんだ。この気持ちは。


(わかってる)


生徒の答案用紙の上に撒かれたマーブルチョコ。
ありえない着色料で固められたチョコレート。人間もそんなものだと思っていた。
赤や黄色と固めるように着飾ったり気取ったりして己を塗り固めていく人間達。でも剥がれて曝された中身はどれも同じように性欲や欲望にまみれている。はそんな世界から離れた存在だと思っていた。穏やかな笑顔。颯爽と歩く姿。女を匂わせない雰囲気。
そんなもので彼女は構成されている。そう無意識のうちに思っていた。
あるはずないのに。だって人間だとゆうのに。
ソレでも俺は彼女の事を随分と神聖なものと決め付けていたのだ。


(俺の知らないところでは俺の知らない顔で笑ったり怒ったり・・・・誘ったりすんのかな)


乏しい頭で想像する。
今まで俺が抱いた名前も忘れた女をに置き換えて。
ソレはまるで思春期の男子の自慰に似ている。


しかし俺は哂うことも、ましてや興奮する事もなく
ただただぽっかりと胸に穴が開いたような虚無感に襲われるだけだった。




マ ー ブ ル チ ョ コ レ ー ト