この白に近い髪色が嫌だった。 バケモノ染みた力も嫌だった。 孤児であるのが嫌だった。 アネモネ 丘の上の木は誰も知らない銀時の秘密の場所だ。 村の少し離れたところにある本当に小さな木。それでも広げる葉の色はどの木よりも青々としていたし、桜の木よりも堂々としていた。 そこは銀時の秘密の隠れ場所だった。 生まれつきの銀髪のせいで敬遠された銀時が心から安心でいる場所で。村人は誰も知らない。 ある日その小さくも大きな木のわきに一輪の花が咲いているのを彼は見つけた。 花びらが風に乗ってふわりと揺れる。鮮やかな青。銀時が見てきたどの青よりも綺麗な青だった。 それは銀時以外誰も知らなくて。銀時だけが知っていて。 言うならば彼のために咲いている花だった。 「俺のために咲いてくれるのか?」 小さく呟いた銀時の声に合わせて花が風に揺れる。頷くように。 偶然と言う言葉を銀時は知っている。それでもこの時は偶然じゃなくて、本当に偶然じゃなくて。ちゃんと頷いてくれたんだと。そう思った。 誰にも必要にされない銀時を必要としてくれた花は空よりも綺麗な青い花。 この時、銀時は一人じゃなくなった。 その花が枯れたのはある朝の事だ。 銀時がいつものように丘の上に行くとその綺麗な花ははらりと倒れるように。 崩れるように。青い花びらをくすんだ色にして枯れていた。 それは銀時以外誰も知らなくて。銀時だけが知っていて。 言うならば彼のために咲いている花だった。 誰かに必要とされる事のなかった銀時のために咲いた一輪の花は、銀時が大切に思っていたことも知らずに枯れていった。 銀時はまた一人だ。 「キミの花かい?」 突然後ろから声を掛けられ、銀時の肩が大きく揺れる。振り向いた先には刀を腰に差した人が立っていた。 実りの色をした髪は風にふわりと揺れて琥珀の瞳は優しく銀時を見ている。 「キミの花?」 もう一度その人は言った。横たわっているこの花のことを言っているのだと気付いて頷くとにこりと笑って。 「綺麗な花だ。」 「・・・・思ってもない事言うな。」 そんな事を言われたのは初めてで、優しく微笑んでもらった事も初めてで、つい捻くれたことを言ってしまった。言ったあとしまったと銀時は心の中で後悔する。 それでもその人は気を害した様子もない。 「私はとても綺麗だと思うよ。」 「そんなこと、ない。」 「キミが大切にした花だろう?」 「・・・っ」 心の中を見透かされて驚いた顔をしている銀時の目の下をその人の指が掬う。 良い匂いがして女の人だと初めて気付いた。目が合い微笑まれる。 恥ずかしくて視線を下ろせば彼女の指が目に入った。自分目の下を拭った指が濡れていて銀時は自分が泣いていた事に気付いた。 「キミは花のために泣いた。だったら其の花は幸せだ。」 幸せな花は綺麗に咲くものだよ。 その声は穏やかで。銀時を見つめる瞳は優しい。 よしよしと頭を撫でらる。子ども扱いされた気がしてむっとしたが、同時にもっと撫でて欲しいとも思った。目の前の女性が笑う。 「綺麗だね。」 「何が?」 「キミの髪色。初雪の色に似てる。」 「村の奴らは気味悪ぃって言うぜ。」 「私は好きだよ。」 「・・・別にアンタに言われたって嬉しくねェよ。」 「うん。でも私は好きだなぁ。」 顔を真っ赤にして下を向く銀時を見てその女性はもう一度笑って手を離した。 無意識に顔を上げる。飴色の髪が風に揺れて綺麗だった。 「そろそろ行くね。」 バイバイ。と言って片手を挙げる。そして丘を降りて行く。 「っアンタの!」 咄嗟に言葉が出た。ん?と振り返った彼女が銀時を見た。 「・・・な、名前。・・・・・まだ聞いてない、から。」 耳が熱くなるのを感じながら銀時は下を向く。段々小さくなっていく声。 最後の方はただの呟きになっていた。 ははっと笑い声が聞こえた。むっとして顔を上げると、口をあけて彼女が笑うのが見えた。 「その花、アネモネって言うんだ。」 笑った拍子に白い歯が見える。 秋の実りを表した髪色は風に靡いてキラキラ光る。 「アネモネ?」 うんと彼女は頷いた。 「風って意味。アネモネの種はね、風に乗ってずっと遠くに飛んでいくんだって。そして何があっても必ず咲こうとするんだって。」 風が吹く。琥珀色の瞳が穏やかに細まった。 「また咲くよ。」 「その時咲いたアネモネの花の色、良く覚えておいて。」 その色の花言葉が私の答えだから。 背が伸びて、ほど良く筋肉が付く。白銀の髪は更に輝きをまし、骨格もしっかりしてきた。 あの日から四年の歳月が経つ。 銀時はしばしあどけなさが残るが大人の男になった。腰にはあの日彼女が差していたように刀を。村は十九のときに出てそれっきりだ。今は攘夷戦争の前線に立っている。 隣には攘夷と言う名で結ばれた仲間がいた。長い髪をした神経質な男や、生意気な年下の男。高らかに笑う男。そして、 実り色の髪を風に靡かせて駆ける女が。 坂本に連れられて来た彼女はあの日出会った女性に似て穏やかに笑う。名をと言った。銀時は一目であの日の女性だとわかったが、彼女の方は気付いていないようだ。驚いた顔も懐かしそうな顔もしない。 自分だけが覚えているのが癪で銀時もあえて何も言わなかった。 それから数ヶ月経って銀時はたまたまとペアを組まされた。合図があるまで待機と桂に言われて岩の陰で暇を潰す。隣には。会話は特にない。 これは銀時の意地だ。忘れられていたのがかなりショックだったらしく自分から話しかけるものかと突っぱねているのだ。 「銀時。」 ふいに今まで黙っていたが声を掛ける。気のない顔でを見ると彼女は岩の外を真っ直ぐ見ていた。銀時たちのいる岩から真向かいの岩に桂達がいる。合図は鬼兵隊の大砲だ。 「ちゃんと青いアネモネだっただろ?」 「へ?」 ドー・・・・ン 大砲の音。合図だ。 呆気に捕らわれてる銀時を気にせずが立ち上がる。そして銀時へと振り向いた。 琥珀の瞳はあの時のように穏やかに。 「『キミを信じて待つ。』」 それは青いアネモネの花言葉だ。がにこりと微笑む。 いつかキミは私とまた会うだろう。それはどんな形でかはわからないけれど。 でも、信じてるから。きっと会う。そしたら、ちゃんと名前を言うよ。 「。それが私の名だ。」 白い歯を見せて屈託なく笑って。は破顔した。 そして悪戯が成功したかのような声音で囁いた。 「合図だ。行くよ。」 刀を掴んでが駆けて行く。飴色の髪が太陽に透かれて光を孕む。 驚かされるのはいつも銀時だ。 |