「約束だからな。」と言ったキミ。 春の風に漂う紫煙を見つめながら ふと昔の約束を思い出した。 shooting star 「。」 ボロ寺の縁側で一人煙管をふかしていると実に聞き覚えのある声が聞こえた。 「行ったんだ?」 「ああ、薄情者っつってたぜ。」 見送りにいかねーから。 詰まらなそうな顔のまま坂田が言うとは軽く笑ったようだった。 消えかけの紫煙が一瞬彼女の顔を霞ませる。 空に漂うソレを見ては確かに目を細めて笑った。 「だって、辰馬はそれを望んでいなかったからなぁ。」 溜まった灰を落としてが初めて坂田を見た。 色素の薄い鳶色の髪が風に揺れる。 鼻筋の通った其の顔は男とも女ともとれ、判断するのが難しい。 しかも胸が小さく、背が坂田と変わらないとくればいよいよ怪しいところだ。 「そうだろ?」 にやんと笑って訊ねるに坂田は言葉を詰まらせる。 疑問系であるのにもかかわらず随分確信を持った言い方だ。 そしてそれが当たっているのだから性質が悪い。 は? そう訊ねた坂本に来ない事を告げると彼は残念そうな顔をして 薄情な奴ぜよ と苦笑した。 しかし、しばらくしてから彼は でも、と続けて今度は穏やかな笑みを浮かべた。 今、が居のうてワシはほっとしちゅう。 「誰だって前を進むのは怖いし、居なくなるのは辛い。」 笑みを口元だけに浮かべて静かにが言う。空には白い雲が漂っていた。 「辰馬の選択は正しいと思うよ。」 「ヅラたちはそう思ってねーけどな。」 「彼らは根本的な考え方から違うから。」 は困ったと言って再び煙管を咥え、ふぅっと紫煙を作り出す。 それを眺めながら坂田は彼女が時々、円形の煙を吐き出しては坂本を喜ばせていたのを思い出した。 「もし、見送りに行っていれば私は辰馬をきっと引き止めていたよ。」 は誰でも話すし笑い合うけれど特に坂本とは仲が良かった。(ように見えた) 「淋しくなるねぇ・・・・。」 そう言った。何となく坂田は面白くない。 坂本を太陽とするならばは星だ。それも流れ星。 一瞬でも目を離したら遠いところに行ってしまうんじゃないかと不安になる時がある。 前を向く坂本と、佇んだままの桂と高杉。 自分は前を向きながらも足は佇んだままだ。 「お前もいつから行くんだろ?」 (行くな、行くな、行くな。) 問うと彼女はにやんと笑った。 「戦が終わればね。私を動かすのは幕府だから。」 「・・・・・・・・なぁ、」 「うん?」 「約束しろよ。」 もし、お前が何処か遠いところに行ったとしても、俺が何処か違う道を歩んだとしても また会える、って。 「約束だからな。」 「うん。約束だ。」 春の風に髪を遊ばせながらは一人縁側で呟く。空はあのときと同じく穏やかだ。 大きな空の海に天人の船が泳いでいる。 あれから四年の月日が流れた。 空に飛び出していった男も“約束”をした男もどうなったかは知らない。 しかし、予感がした。 「さーん!」 遠くで誰かが自分の名を呼ぶ。は煙管の灰を落として立ち上がった。 真撰組の黒い上着が翻る。腰には刀。 「此処だよ、退。」 襖を開けて顔を出すと探し回ってたのか山崎が息を切らせて寄ってきた。 「そこに居たんですか?」 「んー?うん。」 「もー、気配消さないで下さいよ。」 頬を膨らませて恨めしそうに見上げてくる彼には ごめんねと言って頭を撫でる。 にやんと笑えば彼は顔を赤くして別にいいですけどと小さく呟いた。 「どうかした?」 「あ、はい!局長がお呼びです!」 「近藤さんが?何でまた。」 「何でも面白い男を見つけたとかで三丁目まで来るようにと。」 「へぇ。」 面白い男。 脳裏を過ぎった男には口を歪める。 山崎が不思議そうな顔をしていたが、にこりと笑って礼を言うと照れくさそうに笑った。 晴天の空。風は暖かい。 町は相変わらずそれなりに賑わっている。 もう四年だ。 長いのだろうか。それとも短いのだろうか。 ソレを決める基準をは知らない。 しかし、この空の下で彼を初め他のみんなが笑っていればいい。 「また、会うんだろ?」 誰とも言わず問いかけて、は笑った。 約束が果たされるのはあと数分後。 |