♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 休憩が終わっても姿を現さない螢惑を探していると聞き慣れない三味線の音が 風に乗って聞こえてきた。 優、良、可、不可 雲ひとつ無い夏の日の午後。 一番暑い時間であるためか外には辰怜以外誰もいない。 だらだらと嫌な汗を拭いながら彼は溜め息をついた。 別に辰怜とて外など出たくはない。熱いのは苦手だ。 出来れば涼しいところで仕事をしていたい。 しかし、それを可能とする事が出来ない理由が彼には有った。 五曜星である螢惑が昼の休憩時間を過ぎても姿を表さないのだ。 「何処まで行ったのだ、あの馬鹿は。」 これまでも行方不明(またの名をサボり。)になった事は有った。 その度に辰怜が探さなければならない。 別に彼じゃなくてもいいのだが、歳子、歳世では嫌がるだろうし(日焼けするのが嫌らしい) 鎮明では当てにならない。太白が抜けては仕事にならなくなる。 よって、強制的に辰怜が探す羽目になるのだ。 「・・・はぁ。」 本日三十四回目になる溜め息を零して太陽を睨み付ける。 人の気も知らずにさんさんと照らすそれが酷く憎らしい。 生ぬるい風が汗で張り付いた髪を優しく梳いた。 少し休憩しても罰は当たらないだろうと数少ない日陰に逃げ込み瞳を閉じる。 最近ろくに寝ていんないためか瞼の奥がじんじんした。 「ん?」 風に乗って何かが聞こえた。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 三味線の音。 微かに聞こえるそれに辰怜は首を傾げる。 こんな時間に、しかも城下町でもないのに聞こえるなんて。 そもそも三味線を弾ける人がいた事が意外だ。 実力や知恵の高い人なら腐るほどいる陰陽殿内だが器楽を手がける者はいない。 いるのかもしれないが辰怜は見たことが無い。 段々と好奇心が疼いてくる。 (少しくらい・・・・。) 押さえきれない好奇心に負けて辰怜は糸の音を頼りに歩き出した。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 坂を越え、整えられた道を外れ、木々の揺れる林を通る。 三味線の音は時々戯れるように突飛な音をだした。 それからまた旋律に戻ったり、全く別の旋律を奏でてみたり。 弾いている人はかなりの気まぐれなのだろうと思う。 途中から歌う声も混じった。 林の中は涼しかった。風も冷たい。 「壬生にこんなところがあるとはな・・・。」 中にいることの方が多いためか全然知らなかった。 林から森へと緑が濃くなっていく。 咽返る様な精気。 天を見上げると葉で覆い尽くされて太陽は見えなかった。 段々と暗くなっていく道。 少し不安を覚えたが風に混じって聞こえる三味線の音は途切れる事は無い。 やっとの事で森を抜け出た辰怜を迎え入れるかのように光が一気に彼を包んだ。 眩しすぎて目を開けていられない。 近くで笑う声が聞こえた。 「辰怜様がこんなところに来るなど珍しいですね。」 驚いて無理矢理目を向ける。 が、目がくらんで思うように見えない。 「目が眩みましたか。少し目を閉じていると直りが早いですよ。」 聞き覚えのある声。 言われたとおり目を瞑る。 しばらくして目を開けるとそこには黒い服で身を包んだ案内人がいた。 木陰に座って三味線を抱いている。 「お前だったのか、その三味線。」 「?そうですけど・・・」 どうして知っているんですか、とでも言いたげな顔で問いかけてくるものだから 辰怜は経緯を手短に話しだした。 訊き終わった後、は可笑しそうにくすくすと笑った。 「何が可笑しい。」 むっと眉を寄せる辰怜に彼女は いえそう言うわけでは、と言いながら笑っている。 いよいよ辰怜の眉間に皺が寄った頃、が慌てて口を開いた。 「辰怜様の探し人は螢惑ですよね?」 「そうだが。」 「螢惑なら此処にいますよ。」 「なにっ?!」 見ればの隣で寝転んでいるではないか。 気持ち良さそうに目を閉じている。 「散々人に迷惑をかけおって・・・!!」 この馬鹿者が!!っと怒鳴ろうとしたとき、がすばやく彼の口を塞いだ。 「〜〜〜〜!!」 「眠ってますから静かにしてください。」 「〜〜!!(!!)」 怒りをあらわにする辰怜にが珍しく真面目な顔をした。 「螢惑の奴、だいぶ弱っているみたいなんです。」 最近任務が多かったらしくて。 え、と怒りを表していた辰怜の顔が驚きに変わる。 眠っている彼を見れば目の下に薄っすら隈が出来ていた。 辰怜が落ち着いたのを確認してはそっと口から手を離す。 「ですから、午後の仕事は欠席すると歳子様にお伝えしたはずなのですが・・・。」 上手く伝わらなかったようですね、と苦笑するに彼は顔を紅くして俯いた。 そして心の中で歳子に怒りをぶつけながら彼女に詫びを入れる。 「・・・なんで此処に辰怜なんかがいるの。」 急に入ってきた掠れた声に二人が目を向けると不機嫌そうに眉を寄せた螢惑が薄っすら瞳を開けていた。 「起きたか。」 「なんかとはなんだ。」 辰怜、が同時に声を掛けてますます眉を寄せ、横に座る彼女の袖を引く。 「なんで変なのがいるの?」 「変とはなんだ!」 「耳元で怒鳴らないで。ウザイ。」 「なんだと!!」 延々と続きそうな兄弟喧嘩には溜め息をついて軽く手を二度打った。 通常、簡単な役職だと言われている案内人だが、背負うリスクは大きい。 どうやって相手の警戒心を解くか、どこまで穏やかに事が進むか。 それを考慮して案内するのだ。下手をすれば殺されかねない。 その為案内人は他の人より声や言葉、足音などの律動に長けている。 の叩いた音は不思議な響きと律動を持って二人を落ち着かせた。 「螢惑、お前はまだ寝足りないだろ?午後は休みなんだ。もう少し寝ろ。」 「それから辰怜様、貴方もだいぶ疲れが溜まっているようですよ。暫し休まれては?」 二人は眉を顰めてを見たがニコリと笑う彼女に何も言えずそれに従った。 三味線を持ち直して糸を気まぐれに弾く。 「さぁ、次は何にしようか。」 「壬生の唄以外。」 「じゃぁ、海の唄にしよう。」 涼しい風が吹く。 「これは阿波の国の漁師が歌っていた唄だよ。」 びぃんと糸を弾いて旋律を奏でた。 高らかと響くソレに合わせて澄んだ声が重なる。 阿波なんて国は知らない。外の世界など、見たこともない。 しかし、懐かしく思える唄だ。 穏やかな音。 隣で螢惑の寝息が聞こえた。 太陽が木の葉と葉の間できらきら輝いている。 たまにはサボるのも良いかもしれない、との唄を聞きながららしくない事を 考えて目を閉じた。 唄う彼女が笑った気がした。 (夏の午後の日差し) |