頭を撫でられるのが好きだった。
お父さんの手は大きく、ごつごつしていて昔は褒められたくて勉強も運動も頑張った。えらいなぁ、そう言って彼はその大きな手でぐしゃぐしゃと撫でてくれるのだ。
雲雀さんの手はすべらかで白くて細い。気まぐれな彼の手は不規則だから驚く事も多いけどその間はトンファーを振り回さないし、優しかった。
骸さんは彫刻のような手をしている。バランスが取れて骨張って長い。形の良いその指は撫でるよりも梳く方が多かった。

無 い モ ノ ね だ り 


「骸さんは、」
「はい?」


にっこりと微笑む顔が目の前にある。埃っぽいソファのにおいが鼻を刺激する。ソレを必死に押さえつけて私は骸さんの膝の上でごろりと頭だけ寝返りを打った。


「マフィア 嫌いなんですか?」
「嫌いですよ。」


嬉しそうに笑う。あそこの交差点に綺麗な花が咲いていたんですよ、とかそんな話をしているかのように優しげな声で。目を閉じる。髪を梳くその指が気持ち良い。思わず寝てしまいそうになるほどに。




「私、殺さなきゃいけないんですか?」
「僕らを?」
「貴方達を。」


くふふ、と骸さんは笑った。(いつ聞いても不思議な笑いだ)梳く手は止めない。


は、僕たちに敵うと思っているんですか?」
「じゃぁ私、殺されるんですか?」
「・・・・。」
「死なないといけないですか?死ぬんですか?殺された方がいいですか?死んじゃえば」
。」


これには笑わなかった。代わりに顎をぐいっと引かれる。笑ってくれれば良いのに。当たり前じゃないですか、と言って嘲ってくれれば良いのに。億劫に目を開けると骸さんが怒ったような目で覗き込んでいた。


「・・・は、どうしたいんです?」
「殺したくないし殺されたくもないです。」
「我儘ですよ。」
「知ってます。」


今度は微笑んだ。綺麗な顔がもっと綺麗になる。でもソレは確かに綺麗で穏やかなものだったけれど、本当に笑っている顔ではないのだ。まるで精密に作られた人形の様に綺麗で美しい、それだけの笑み。骸さんの笑みは嫌いではなかったけど好きでもなかった。雲雀さんの浮かべる笑みはたいていが馬鹿にするような意地の悪い笑みだったけどそっちの方が人間味があって良い。ムッとするけど。
目を閉じる。骸さんの膝の暖かさと手の感触だけに満たされる。


「困った人ですね、は。」
「でもどっちもイヤなんですもん。しょうがないじゃないですか。」


しょうがないじゃないですか。
嫌なものはイヤ。欲しい物は欲しい。好きな人は生きて欲しい。でも自分は死にたくない。だって死んだら好きな人たちと一緒にいられない。ソレはイヤだ。


いいかィ、。俺はお前の右腕だ。お前を守るってーのが俺の仕事だ。場合によっちゃァ人も殺すし、撃たれもする。死ぬかもしれねェ。でも悲しむな。俺はお前を守れれば死ぬのだって怖かねェんだ。お前はずっと前だけをみてりゃァいい。世界の頂点をな。


ずっと小さい時だった。小学校にも入る前。夕焼けの光に私を庇って負った傷口が怖いくらい映る。すごい怖いと思った。今も思う。自分が危険になったらこの人が死ぬんだ。彼は自分なんて取るに足らない存在で代わりはたくさんいる、けど代わりたくないから強くなるのだと言っていた。何て怖いことを平気で言うのだろう。沖田さんは沖田さんしかいないのに。その目も耳も手も足も全部同じ人はいないのに。
それでもこの人はもし私が殺されかけたら平気な顔で私に言ったように、平気で私のために命を散らすだろう。何食わぬ顔で。怖いな。怖い。失うのが。


「殺されたく、ないです。」


私の代わりに彼が死ぬのはイヤだ。でも彼はする。だから私はとりあえず私を殺そうとする人たちに殺されないようにしなければならない。殺さなきゃいけない。


「でも殺したくないです。」


目の前の人やその人に付き従う人たちは決して穏やかな人ではなかったけれど優しい人たちだった。少し危うげな雰囲気を醸し出す事もあったし、自分には理解できない考え方をする人たちだったけど。けど、嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。


「どっちが大切かなんて決められないです。失っても平気なものなら最初から持ってません。どっちも、どれも大切だし捨てられないです。イヤです、ヤだ。どっちかなんって決められない。どっちも欲しい。」


この世には死んで欲しくないモノが沢山あって、大切なモノもいっぱいあって、ずっと傍にいて欲しいと思うモノもいっぱいいっぱいある。そう思ったら何だか涙がこみ上げてきた。
お父さんも骸さんもお母さんも千種さんも高杉さんも雲雀さんも沖田さんも犬ちゃんも土方さんも山ちゃんもみんなみんな好きです。大好きです。守りたいです。でも如何すれば守れるのかわかりません。失いたくはないんです。
そっともう片方の手が私の瞼を覆う。心地良い掌。






「困った人ですねぇ、本当に。」


そう言って骸さんはやっぱり綺麗に、しかし何処か悲しげに微笑んで頭を撫でてくれた。私の涙は彼の片手に吸い込まれていく。




(どうせ叶わないと言うのなら  嗚呼 今だけはその言葉に溺れていようか)