買物帰りの天気雨。昔馴染みのタバコ屋さんの屋根で雨宿りしていると「こんにちは」と 酷く男前な外人さんが声をかけてきた。




突然の雨だ。彼は傘を持っていなかったようで上から下までびっしょりと濡れている。はにかみがちに笑ってまいったまいったと日本語でぼやく。流暢だ。目を閉じて声だけ聞けば日本人と見分けが付かないくらいに上手い。掻き揚げられた金色の髪から透明な雫が落ちる。水も滴るなんとやらだ。


「こ、んにちは。」


微妙な挨拶をすると青い目がを見た。反射的に目を伏せる。これは彼女の悪い癖だ。初対面の人と目を合わせて話せ。土方に言われて雲雀にも言われ、最近骸に言われた事。わかっているがやっぱり難しい。心の中で覚悟を決める。そしては思い切って隣にいる男前さん(?)を見上げた。ぎこちない笑顔付きで。


「雨ですね。」


あああ、どうして私はこんな会話の続かなそうな話題を振ってしまうんだ!しかも見れば判るよそんなこと!!男前さん(よしもうこれで行こう)は目を瞬かせた。ですよね、困りますよね。恥ずかしくて内心で突っ込みを入れる彼女の隣で笑う気配。


「雨だな。」


いつの間にか落ちていた視線を上げると青年はニコニコ笑っていた。カッコイイ人だなぁ。金髪に青い目。造作も整っていてモデルのようだ。笑う顔は親しみを感じられて肩の力が抜けた。安心しきってへにゃり、と笑ってしまったんだろう。(これもの直さなければいけない癖らしい)(雲雀に言われた)青年は噴出すように笑った。


「あはは、アンタかわいいなぁ。」


ソレは穏やかで良くわからない間に頭を撫でられる。の頭の中は未だ混乱の渦に飲み込まれているが自分の周りは混乱が絶えないのですぐに元に戻った。最近良く頭を撫でられる。雲雀にしても骸にしても彼女を褒める時は頭を撫でた。ソレを思い出しては何となく良い気分になって へへへ、と照れながら笑った。


「止みませんね。」
「天気予報では晴れだっつってたんだぜ。」
「私も見ました!今日は洗濯日和ですって言ってましたよね。」
「そー、今頃ツナのママンは大変だろうなー。」
「ツナ・・・?沢田君の知り合いの方ですか?」


ツナはの数少ない理解者だ。常識人だ。マフィアになるだとか、ボスになるだとか、否定権は与えられていないとか周りに(強制的に)流されてしまうなど同じ悩みを持つ間柄だ。彼はがツナを知っていた事に首を傾げたが、友達である事を彼女が告げるとそうかと微笑む。どうやら彼もツナの知り合いらしい。ディーノと名乗った。なんでもツナとは兄弟弟子の仲らしい。これはもしや彼の家の家庭教師関係かもしれない・・・そうが思ったと同時にディーノさんは自分がマフィアの、それもボスであると明かしてくれた。もちろん、実家はイタリアだとか。自分の周りがどんどん裏社会に染まりつつあるのは気のせいだけではないだろうとは遣る瀬無い気分になる。


「驚かないんだな。」
「そうゆー人たちに囲まれてますから。」
「マフィアに?見かけによらず危ない橋渡るんだなぁ。あ、もしかするともリボーンに誘われたとか。」


それなら納得いく!と手を打つ(ああもうなんでこの人こんなに可愛い仕草するんだ!!)ので曖昧に笑ってそれとなく否定してみる。案の定きょとんとした顔をされて、ついでに小首を傾げられた。


。」


すると彼女の耳に聞き慣れた第三者の声が響く。顔を上げればやはり予想通りの人が傘を差して不機嫌そうに立っていた。手には彼には全然まったく似合わない青の水玉柄の傘。(彼はどちらかと言うと黒とか赤黒とかが似合う)(いや決して血を連想したわけではなくてごにょごにょ・・・)


「遅ェ。買物すんのにいつまで掛かってんだバカ。」
「雨降ってきたんだからしょうがないじゃないですかー。」
「ちゃんとキューピーにしただろうな。ハーフだったらぶった斬るぞ。」
「(そこまで死に急ぎたいのかこの人)」


のことなどまるで無視で買物袋をあさる三十路の土方はマヨネーズの銘柄を確認して、彼女が計算してコンパクトにまとめた袋内を見事にかき回し、ぐちゃぐちゃにしてくれやがりました。これだから俺様はいやだ。


「何つったってんだ。行くぞ。」


土方はそう言って愛用のセブンスターだけ袋から取り出すとあとはに無言でに押し付けるのだから俺様はやる事が違う。


「・・・アンタ、銀狼の仲間の」


めくるめく恨みと俺様オーラの漂う中、今まで置いてけぼりだったディーノが驚いた顔で土方を見ていた。本当にびっくりしている時の顔だ。土方は弓形の眉を器用に上げる。早速点けた煙草の火が雨の中に消えていった。


「キャバッローネの跳ね馬じゃねーか。随分とデカくなったもんだ。」
「親父が会いたがってたぜ。・・・銀狼は、」
「知ってんだろ。」
「じゃぁ、やはり・・・噂は本当だったんだな。」


息を詰まらせてディーノは長く息を吐く。伏せられた瞳を飾る睫毛は長い。はただ見ていた。何も言わず、動かず ただ見ている。まるで映画のワンシーンを見ているようだ。自分は観客で二人はスクリーンの中の人。彼等が何の話をしているのかはわかっていたが、二人の中に漂う雰囲気がを入れさせない。


「アンタたちは今何やってんだ?」
「いろんな事さ。医者やったり会社に入ったりバイトしたりな。俺は道場で剣道を教えてる。」
「ははっ、それなりに楽しそうだな。」


土方が口角を上げて笑った。嫌味な笑みじゃない。自然で、ディーノの言葉通り楽しんでいると言っているようだった。


「そんじゃな、―――行くぞ。」


振り向きざまに土方がを見る。やっと彼女は動きを取り戻した。いそいそと買物袋をがさばらないように整えるが、痺れを切らした土方が袋を奪い取って適当に入れた。まるで兄妹だ。喉の奥で笑う。彼のその様子に土方は苦虫を噛んだ顔のままを連れて雨の中へ足を踏み入れた。が振り向く。今日の雨は細かく霧に似て土方はもう見えない。彼女の前髪の間から見える瞳がやけによく見えた。褐色の双眸。似ている。いや、その目を知っている。ずっと昔に見た。心臓が大きく波打つ。この眼は、白銀の髪の何を考えているかわからない、あの。


(銀狼・・・の目だ)


その目はしばらくディーノを見ていたがやがて霧に消えていった。彼女達がいたことを示すものはもう何もない。ただ雨にと消えたセブンスターの香りだけがかすかに残っている。

天 気 雨 と 男 前 さ ん