「愛があれば人は何だって出来ますよ。」


その声はやけに真剣でいつになく低い声音だった。雲雀が書類から顔を上げる。彼女はじっと自分の膝を見ている。赤味のある瞳は強い色をしていた。




「前にお話しましたよね。私養女なんです。本当の両親は私が生まれてすぐに亡くなりました。でも別に悲しくはないです。引き取ってくれた今の両親は私のこと可愛がってくれていますし、不自由ない暮らしを送っていると思います。小学校の低学年の時家出したことがありました。とても些細な事での喧嘩だったんです。でも私にはとても重大な問題でした。家を飛び出して、でも、行くところなんてないし結局公園のブランコに乗って途方に暮れてました。そしたら知らない中年の男性が声をかけてきたんです。直感でおかしい人だと思いました。当時近所では変質者が流行っていたんです。私は逃げようと思ったんですが怖くて体が動かないんです。心臓がドキドキ言って。あの時は涙も出ませんでした。本当に怖いときって何も考えられないんですよね。その時なんです。いつもは穏やかで優しいお父さんが獣のようにその男性を怒鳴りつけてそのまま殴り飛ばしたんです。そっちの方が怖かったんですけど私に向けた顔はいつものような優しさで もう大丈夫だからな、って頭を撫でてくれました。それが嬉しくてほっとして酷く居た堪れなくて思わず声を上げて泣いたんです。その間もずっと頭を撫で続けてくれました。後で帰ったらお母さんに平手打ちされましたけど。しかも泣きながら。最後はぎゅっと抱き締めてくれました。その時のことは今でも鮮明に覚えています。私たちには血縁は有りません。戸籍上だけの親子です。でも私はあの人たちを愛してます。ソレは本当の気持ちです。」




雲雀はずっと黙って聞いていた。一言も聞き漏らさずに。
雲雀は群れる事が嫌いだ。草食動物は見ていて噛み殺したくなる。そしてその生ぬるい関係の中で育まれた愛を雲雀は理解ができなかった。弱いものは入らない。足手まといは必要ない。それが雲雀の雲雀である考えの一つだ。


「・・・僕は愛なんて信じない。でもソレをに押し付ける気もない。の考えが僕に理解できないように僕の考えをが理解できるとは思えないからだ。でもね、」


雲雀は半眼で頬杖をつきその綺麗な人差し指での膝を差す。正確には膝の上の弁当箱を。




「その原型すら留めていない玉子焼き(仮)を食べるために毎回自分に暗示をかけるのはどうかと思うよ。」
「(仮)じゃありません。“かわいそうな卵”です。」
かわいそうを超えてるよ。


もはや海の化石よろしく卵の灰を目の前には大きく深呼吸をした。


それは確かに愛の塊なのだよ