「元気ですか?」 「えぇ、其れなりに。」 「イチョウは見えますか?」 「此処には生えていませんよ。」 「冬は暖かいんですか?」 「日本よりはね。」 「骸さん」 「はい。」 「会いたかったです。」 「・・・・・・・・僕もです。」 最後の一言がどうしようもなく詰まる。目の前の女性は骸が知っていた時よりも背が伸び、髪が伸びていた。服は黒尽くめで彼女が何になったのかすぐにわかる。そして何の為にソレになり、何の為に此処に着たのか。骸は手に取るようにわかり、わかるからそう言っていいのか迷った。 「もう九年経ちました。」 ぽつりとが呟く。その声はしみじみとも淡々とも言い難い調子でいまいち骸にはわからない。光を背中にして座る彼女は口元に笑みを浮かべるだけだ。 「骸さんや千種さんや犬ちゃんがいなくなって九年です。」 中学を卒業して高校に入り大学を出た。義務教育を受けていた自分が今では大人と見受けられる年になっている。 「ねぇ、骸さん。『R.W』って統治者って意味なんだって高杉さんが言ってました。マフィアの監視役だって。」 マフィアの立法であり掟。それが『R.W』本来の形だ。マフィアとしての活動も少しはするが調律する方が断然多い。だから他のマフィア達は彼等を恐れ同時に敬慕する。 「えぇ、存じています。あの混沌と交じり合う暗黒の世界を一掃し、君臨したのが十七にも満たない坂田銀時だった。そして、あなたはその跡を継ぐんですね。」 手紙で近藤たちが準備の為にイタリアへ飛んだのはつまりそう言う意味だ。そして多分自身、大学在学中に動いていたのだろう。だから気配の消し方も纏う空気も場を踏んだソレになっている。 「はい。そして骸さんたちにも入ってもらいたいんです。」 「否定権は?」 「ありますよ。でも牢獄か自由か。二つに一つです。」 淡々とした声に思わず骸は笑った。否定権なんてあるようでいてないのだ。一生を此処で過ごすか、組織という箱庭で飼われるか。 「わかりました。良いですよ。あなたに従いましょう。」 「『R.W』に入ると捉えて良いんですね?」 「えぇ、」 薄く笑ったが よかったと呟く。骸は形のいい眉を顰めた。彼女の表情は今までに見たことのない笑みだった。例えて言うのなら骸が懐に入れてない人間に対して使う表面的な笑み。 「今から拘束具を外しますからじっとしてて下さい。」 顰められた眉に見向きもせずは骸の足につけられている拘束具を外しに掛かった。座らされている彼の前に跪く格好となるが別段気にした様子もなく彼女は入室する際に貰った鍵を鍵穴に差し込む。彼女の顔は見えない。カチリ。単調な音が室内に吸い込まれた。 「。」 「次は手錠を外しますから。」 「。」 「じっとしてて下さい。」 「。」 手枷がかけられたままの手での頬を包み込む。上げられた顔に骸は困ったように微笑んだ。 「泣かないで。」 「っ、」 反射的に身を引く。驚いた顔の骸。彼よりも驚いた顔をしたは慌てて件の笑みを取繕ったが、唇が戦慄いて涙が頬を伝った。 「違っ、違うんです。ホントに。違っ、」 「?」 「ごめんなさい、ごめんなさいっ」 何に謝っているのだろうか。骸にはわからない。いくら訊いても目の前の人はただ自分に謝罪の言葉を繰り返すだけだ。そっと立ち上がってを同じ視点に腰を折る。 「泣かないで下さい。ねぇ、」 「・・・・・・・・・・・・・さい。」 「何ですか?」 「いくら謝っても足りないってわかってます。どんなにマフィアの監視役だって言っても貴方達の嫌いなマフィアである事は変わりないんですよね。っごめんなさい。」 ポタポタと雫が落ちて床に弾いた。嗚咽を噛み殺す度に唇が震える。 「助けるって言って、自由にするって言って。今度は私が骸さんたちの自由を奪うんだ。」 大きな箱庭で飼い殺して、ソレに何の意味があるのだろう。自由と言う偽名の鎖をつけて、本当に自由にする気なんてないのに彼等を騙すのだ。最低だ。涙が零れる。しかし、今度は落ちなかった。ざらりとした舌で舐め取られる。驚いて目を上げれば至近距離で骸が微笑んでいた。 「の所為じゃありません。僕が悪いんです。生半可な興味であなたに近づくべきではなかった。」 関わらなければ。懐に入れなければ。彼女はあの保険医が望んだように平和に暮らすはずだった。汚い世界を見る必要も無かった。自分たちを助ける為にその身を世界に売る事も無かった。をこんな風に。世界の王にしてしまったのは紛れも無く自分なのだ。手紙が途切れる事無く届いたのはいつまでも彼女が自分たちを忘れないから。彼女が自分たちの世界に入り過ぎたから。ソレに甘えていた。彼女が大切なら無理にでも拒絶するべきだった。 「あなたには・・・・すまない事をしたと、そう思っています。随分と苦しめた。」 がさっきまで座っていたソファの隅に。埋もれるように拳銃が置いてある。元帥である事を世界に認めさせ、骸たちの解放を世界に承認させた彼女は復讐者の出した条件を飲む事でソレを実現したのだ。『R.W』の監視下の元でのみの自由と毎月の状況説明。ソレを欠かさずに報告すれば骸たちは鎖にも牢獄にも縛られない生活を送れる。しかし、彼等が『R.W』の組織に入る事を拒否すればそこで彼女自らが処罰を下す(つまり殺すと言う事だ)、と言うのが復讐者が出した条件だった。残酷な条件だと思う。が、彼等にしてみればかなりの譲歩である事は骸もわかっている。本当なら即死刑だ。ソレを九年も延ばし、チャンスを与えたのは『R.W』が彼等の信頼を得ていたからだろう。(坂本や近藤たち大人と復讐者は面識がある)(立法と裁判官と言う持ちつ持たれつの関係だ) 「、右手を出して下さい。」 「?」 にこりと笑う骸には鼻を啜ると言われたとおり右手を差し出した。その手を綺麗な骸の手が持ち上げ甲にゆっくりと彼の唇が触れる。 「此処に誓いましょう。今後如何なる事があったとしても僕はあなたを裏切らない。嘘や偽りを言うかもしれない。時には欺くかもしれない。けれど決してを裏切りはしません。生きる時死せる時をあなたと共に。」 「あなたに忠誠を」 の顔がまた泣きそうに歪む。八を描いた眉と震える唇。溢れてきた涙を左手で乱暴に擦って小さな声で言った言葉に骸は まるでプロポーズだ、と笑って目尻にキスを落とした。 「きっと幸せにします」 |
あ な た に 忠 誠 を