「・・・・で?」


そう言って並盛中学校風紀委員長こと雲雀恭弥先輩様は私が持ってきた書類から目を離して不機嫌そうに顔を歪めた。どうやら私の次の言葉を待っているようでじっと見つめてくる。(というか睨まれている気がする)春うららの日差しなのに応接室はひどく寒い。いや、寒いと言うか冷たい。雲雀さんの目とか雰囲気とか私を囲むように並んでいるリーゼントとか。
何だここは。もしかして私は一昔前にタイムスリップしてしまったのかもしれない。つーか、茶髪は校則違反でリーゼントは良いんですか。ああ、そんなことどーでも言い。今大切なのはこの委員長様の機嫌だ。このままでは確実に噛み殺される。


「えっと、あの、その書類に書いてあるとは思うんですけど、あの、私
前期風紀委員になりました。あ、志村です。よろしくお願いします。」


いや、だから顔歪めないで下さいね。軽く傷付きますから。








と風紀委員の中で冷たい沈黙が流れる。放課後のグランドで部活の声が遠く聞こえた。は妙に息苦しい空気を感じながら硬く拳を握る。


(だから無理だって、先生)


雲雀のもはや表情のない顔を見つつ、は声援を張り上げながら自分を見送った担任を心の中で呪う。そもそも何でが風紀委員会に入らなければならなかったかと言うとソレは一思いに彼女の担任が貧乏くじを見事に引いた所為だ。
人手不足と言う事で風紀委員のほうで一人出して欲しいと言う要請があったのはも知っている。結構な噂であったし、なんだかんだ言ってみんな興味を持っていた。自身誰が風紀委員の生贄となるのか友達とおもしろ半分に話していた記憶がある。だが、まさか自分がその哀れな生贄になるとは思っていなかった。


「志村は、ほら、委員会も部活も何もやってないし、な?」


極めて明るい声で諭すまだ若い担任をは泣きそうに見つめた。不幸な事に彼女の担任は今年入ったばかりの新米教師だ。その為職員室で一番身分が低い。(教師って上下関係が意外と大変なのだ)押し付けられた憐れな彼はあろう事かにその役目を任命したのだ。


「無理そうだったら帰って来い!とにかくあの雲雀にだけは口答えするんじゃないぞ!!」


声援だけは勇ましい。哀愁漂うは担任に持たされた書類(この子を推薦しますとか長々と書かれてある)を握り締めて応接室に来た次第だ。




「なったって・・・まだ君を入れるとは言っていないんだけど。」
長いような短いような沈黙を破ったのはやはりと言うか雲雀。短く息を吐き、髪を掻き揚げる。その仕草は綺麗だ。


「はぁ、すいません。ええと、今日から風紀委員になる予定の志村です。」
僕の予定には入っていないよ。
「じゃぁ、風紀委員になるらしい志村です。」


まずい。その場にいたと雲雀以外の風紀委員たちが冷汗を流す。
ビクビクする反面、人をおちょくっているのかと問いたくなる返答をするに周りは目を見合して慌てた。が真面目に言っているのは彼女の顔を見ればわかるのだが、ここまで自分らの委員長に言う人間も見たことが無い。慌てる彼らを雲雀は一瞥するとソファから立ち上がり(優雅だ!)の目の前で止った。一気に室内の空気が張り詰める。不機嫌そうだった顔が不意に微笑んだ。と言っても、爽やかな笑みではなく不敵な笑み。それでも女性受けする笑みだ。(彼は故意でやっているのではないが)ぞっとの背筋を寒気が走った。口元は笑っているのに目は決して笑っていない。思考が止っているの横をひゅっと風がそよぐ。




ガッ




「・・・・・・・あの、」
「ワォ、結構本気でやったつもりなんだけどね。」


壁に穴。しかもそこにめり込んでいるトンファー。そのすぐ下にの頭がある。背中を冷たい汗が流れ落ちた。


(こ、怖ェェェェェェ・・・・・!!)


雲雀はトンファーを仕舞うと未だ壁に張り付いているを見て目を細める。


ゴッ


「・・・き、気に入らないなら気に入らないって言っちゃって構いませんから。」


むしろそう言って頂いたほうがこちらとしても平和で安穏な生活が送れて嬉しい限りです。と言いたいところを飲み込んでさっきまで自分の頭があった場所を見つめる。さっきよりもめり込みがスゴイ。雲雀は今度こそトンファーを仕舞うと興味を持った目でを下から上まで無遠慮に見た。
肩よりも少し短い黒い髪を二つに結んでいる。瞳は赤味がかった茶色で中肉中背。どっからどう見ても普通の女子生徒だ。なのに二回も自分の攻撃を避けた。一回目はまぐれかと思ったが二回目まで避けられるとなるとそれなりに役に立つかもしれない。


「ふぅん、おもしろいじゃないか。」


ニィと笑って雲雀は満足気に笑う。そして机の中に入っていた腕章をに投げて寄越した。


「今日から風紀委員になることを受理するよ。」













「あー、もうヤだ。無理です。私、風紀委員に向いてないんスよ。」
「そーかい、そーかい。」
「・・・千勢さんちゃんと聞いてますか?」


セーラー服に腕章を付けたが溜め息を付く。隣には千勢豊と言う同じ風紀委員の先輩がいる。風紀委員は全員学ランであることから予想していたがやはりセーラー服を着用させられた。今は寒いので雲雀恭弥と書かれた学校指定のジャージを上に着ている。(いらないからと強制的に貰った)


「聞いてるって。っつか、そうゆーのは雲雀さんに言えよ。」
「だって雲雀さん怖いんですもん。一日に五回トンファーで殴られる身にもなって下さいよー、もう。」


うえー、と渋った顔の。千勢は苦笑。は風紀に入ってトンファーを間近で見ない日はない。彼はとても楽しそうだ。こっちは全然楽しくない。


「でもはいつも避けるじゃねーか。アレは痛いぞ。当たると。」
「そうですけど・・・でも次は当たるかもしれないじゃないですか。あの人絶対Sですよ。ドSです。私ノーマルだから彼のプレイには合わせられません。はぁー・・・」
「・・・・プレイ。(時々コイツがわからない)


うんざり顔の千勢は大げさなほど深い溜め息を吐く。むっとして何か言い返そうとしているを見なかったことにして彼は もうすぐ時間じゃねーのか、と誤魔化した。ぱっと彼女はポケットから携帯を取り出して溜め息。


「・・・やっぱり私も行くんですかねぇ?委員長一人で大丈夫、って言うか私逃げ回ってるだけで邪魔じゃないスかねー。」
「避けるの専門だもんなーお前は。」
「先日逃げ足だけは速いって相手さんに褒められました!!」
それは多分嫌味だ。


こんな時にアレだがは不思議な女だと千勢は思う。焦ったり、怒ったりとくるくる変わる顔。決して強気と言うわけでもないのに雲雀の前でボケたり突っ込んだりする彼女は千勢の周りにいるタイプの誰とも似ていない。多分他のメンバーも同じだろう。だからみんな彼女が次何を仕出かすかわくわくして見ているのだ。

。」


涼しい声が彼らの後ろで聞こえた。雲雀だ。彼は切れ長の吊った瞳を細めて腕を組んでいる。千勢は慌てて立ち上がり頭を下げた。も立ち上がろうとしたがその瞬間雲雀に首根っこを掴まれた。


「三時半に応接室って言ったよね。」
「あだだだだ。し、絞まってます!!」
言 っ た よ ね ?
「はい!はい、勿論、聞きました!ええ、確かに耳に入れてましたとも!!だから首っ、」
「何でいなかったのかな。」
「まだ五分前・・・・」
「五分前行動は当たり前でしょ。と言うか何で僕が人を待たなくちゃいけないの?
「え・・・えェー・・・・(結局そこなんだ!)」


さも当たり前のように言ってのけられては返答に困る。隣にいた千勢もと同じような顔をしていた。


「って、ことで行くよ。」


何が如何すれば“って、こと”になるのだろう。雲雀はぐっとの首根っこを掴んだまま歩き出す。半ば引き摺られた状態だ。ギブを申し出ている彼女を微塵にも気にせず雲雀は鬼のように早い歩調で去っていった。千勢のことはアウト オブ 眼中なのだろう。しばらく見送って千勢は苦笑した。



初 め ま し て 志 村 で す