「あの女、絶対許さん!」 人でも殺しそうな形相でレヴィさんはテーブルをどんっと叩いた。 弾みで私と彼の紅茶カップが飛び上がる。ある晴れた日の3時のおやつの事だった。 レヴィさんが目の敵にしているのはボスの膝に腰を下ろす女性、名前は確かリイコ・アイザワさん。 なんでも異世界からトリップしてきたとか言う人で、その天然な性格からヴァリアーの幹部(レヴィさんを除く)のハートをゲットしまくる恋愛スナイパーだ。あの傲慢なベルさんがケーキを持ってきてあげたり、守銭奴のマーモンさんが服を送ったり彼女に陶酔する姿は見ていて面白い。ただ触れただけで拳を振り下ろすボスが、彼女を自らの足に座らせるほど溺愛する姿は、レヴィさんにとって見過ごす事ができないようで、しきりに突っかかって行っては周囲の攻撃を受けて玉砕している。哀れ。今も3時のティータイムに彼女を巡って争奪戦が繰り広げられるのを、レヴィさんは隅の席で嫉妬に燃えた目で見ていた。本当に人でも殺しそうな勢いだ。いや、私たちは暗殺部隊に属しているのだし、名利に尽きるのかもしれない。 「馴れ馴れしくボスに近づくなど死に値する!そうだろう、!」 「どーでもいーです、レヴィさん。」 末代まで呪うような声で同意を求められたけど、正直どうでも良い。 今、たぬきちの驚くべき真実がわかるところなので静かにしてもらいたいのだ。DSを置いてさっきレヴィさんが叩いた所為で少しこぼれた紅茶に口をつけると、レヴィさんが憎々しそうに私を見ているではないか。面倒くせぇ。 「動物の森だか村だか知らんが、今はゲームより俺の話だろ!お前は俺とゲームどっちが大切なんだ!!」 「そりゃ勿論、レヴィさんでもゲームでもなく動物です。私の人生はあの愛らしい動物達の為にあるんですよ。知りませんでした?」 そう言うとレヴィさんはがっくりと肩を下げてしまった。 その姿はサバンナで迷子になってしまったバンビのよう。私は動物が好きだ。この愛はただ単に動物愛と言うにはあまりにも重く、そして深い。だからか弱いバンビと重なるレヴィさんをほっとくことは到底出来なかった。私はたぬきちの真実を涙ながらに振り切り、DSの電源を落としてレヴィさんに向き直る。いじけたレヴィさんは普段の数倍ブサイクだった。 「どうせボスだって飽きますよ。それまでの我慢だと思って、」 「そう言ってもう1ヶ月経つではないか!もう待てん!今日こそ目に物見せてやる!!」 この台詞は1ヶ月前からレヴィさんの常套句だ。 荒々しく席を立ち、鼻息荒く煩いボスたちのところに行くレヴィさん。ボスの膝に乗ったリイコさんに「この阿婆擦れ女!ボスから離れろ!!」と怒鳴るのも31回目になる。私は紅茶に口をつけた後、次に来るであろう攻撃音に備えて席を立った。「テメェ、リイコに何言いやがる!」や「お前いっぺん死ねよ、グズ」や「う゛おぉぃ、変態が調子こいてんじゃねーぞぉ!」などありとあらゆる罵倒が聞こえたが、レヴィさんは気丈にも「俺は真実を言ったまでだ!」と頑張っていた。そんなレヴィさんは素直に格好良いと私は思う。でも多勢に無勢と言うか、相手はボスとか天才とか剣豪とか術士とかレヴィさん1人じゃ到底敵わないような奴ばっかで到底勝ち目はない。しかも皆美形。レヴィさんが勝てるところなんて何もないのだ。さらに言い争いになった彼らを見てリイコさんが「みんなレヴィに対して酷いよ!ブサイクとかグズとか!本当だとしても本人に言う事じゃないじゃない!レヴィだって一生懸命ザンザスのために働いてきたのに酷い!レヴィが可哀相よ!」とKYというか火に油を注ぐというか、そんな発言をするものだから皆のレヴィさんに対する扱いが酷くなっていく。最終的にリイコさんに庇われたような形という、レヴィさんにとって屈辱的な形で騒動は終わるわけだが、終わった後も「なんでテメェがいるんだよ。こっから出て行け」オーラが醸し出されるのでレヴィさんはこの場所を出て行かざるを得ない。今日も私の脇を無言で通り過ぎてこの場所を出て行くレヴィさん。あぁ、その姿は群れを追われたか弱いバンビ! 「まったく、彼の所為で空気悪くなっちゃったよ。」 「アイツまじでいらなくね?」 「そんな事言ったらダメよ。レヴィだって一生懸命ボスの役に・・・あら、何処に行くの?」 ルッスーリアさんの問いかけに、皆が私を見た。 普段滅茶苦茶影の薄い(周りが濃すぎるのだ)私に気が付くのは精々彼かレヴィさんくらいだろう。 「動物愛護活動です。」 「愛護?そんな事よりちゃんも一緒にケーキ食べようよ!」 誰が一緒になど食べるか、バカ女。 お前にとって“そんな事”でも、私にとって動物を愛護し保護するのは生きる意味なのだ。でも、だからと言って彼女にソレを直接言う気はない。レヴィさんの二の舞は頭が悪すぎる。私は面倒なことは嫌い。だから、「素敵なお誘いありがとうございます、リイコさん。でも私には全世界の動物を守る義務があるんです。・・・また誘っていただけますか?」と、あたかも残念な顔を作ってみればリイコさんは慌てて「いいの、いいの!今度は食べようね!」と手をわたわた振り、嬉しそうに笑う。その“今度”は一生来る事はないだろうね。 「お前、リイコの誘い断るなんて頭おかしいんじゃねーの?1回死んでくれば?」 「その分リイコさんを楽しませてあげてくださいよ、ベルさん。」 「ま、お前の頭のおかしさは今に始まった事じゃねーか。もう行けよ。お前の顔なんか見たくねーし。リイコ、俺ともっと楽しいコトしよーぜ!」 「え、ベル?!ちょ、・・・・んっ」 「うお゛ぉぃ゛ベルゥゥ!!なにリイコにキスしてんだよ!!!」 「死ね、カス」 ぎゃあぎゃあ煩い彼らをしばらく眺め、私は今頃恐い顔を悲しみに歪ませているだろう可愛いバンビを愛護する為に踵を返した。1人を除いてこの部屋にいる人は私の存在をもう忘れているだろう。それでいいのだ。面倒事は嫌いだ。私にとって生きていく糧は最低限の生活と動物のみ。他はどうでもいい。だから中心の彼らから1席あけて座るこの人が声をかけてくるのが煩わしかった。 「・・・あなたはいつもそうなのね。レヴィと動物にしか興味が無い。」 「それ以外の何を気にかける必要があるんですか?」 「・・・・・。レヴィが好きなの?」 「まさか。いえ、彼の事は恋愛を抜きに好きですよ。バンビみたいでとても可愛らしい。私は動物が好きなんです。」 「なら私は?」 「ルッスーリアさんはルッスーリアさんでしょう?動物じゃない。」 「・・・・・そうでしょうね。ねぇ、あなたって誰にでも優しいけど・・・、時々とても残酷ね。」 「あはは、この世界で残酷じゃない事なんて1つもありゃしないんですよ。それに私が残酷だというのなら、あんなに可愛らしい彼を群れから外すあなたたちは、きっと私の数倍残酷なんでしょうね。」 笑う私にルッスーリアさんは眉を悲しそうに寄せた。 サングラス越しの目は良く見えなかったけれど、きっと憐れんでいるのだろう。私を?自分たちを?どうでもいい!だって私にとって“そんな事”ペンギンが空を飛べない理由よりも価値のないものだもの!! 「それではさようなら、人間のルッスーリアさん。」 にっこり笑って恭しく頭を下げれば、彼は悲しそうにため息をついた。 **** 「レヴィさん、そんなに泣くとブサイクな顔がさらにブサイクになりますよ。」 「ほっとけ!!」 1番高い塔の上で体育座りをするレヴィさんの隣で私も同じ格好をする。 太陽が燦々と降り注いで気持ちが良い。部屋を出た後、レヴィ雷撃隊の人に彼のいる所を聞いた。あの人はいつも場所が変わるのだ。ウーノさんたちはよくわかるなぁといつも感心してしまう。以前そんな話を本人に言ったら彼らは笑って「隊長の居場所はすぐにわかるんです。上手くいえないけれど、本能みたいに」と言っていた。まるで忠犬だ。バンビが引き連れるのは忠犬だなんて、なんて素敵なんだろう。私はその話を聞いて彼らも好きになった。 「皆俺をブサイクだブサイクだと馬鹿にしおって!!お前も俺を馬鹿にするのか!!」 「私はレヴィさんを馬鹿にしたことなど1度だってありませんよ。顔がブルドックのようだと思ったことはありますが、」 「馬鹿にしているではないか!!!もう知らん!お前の事なんか知らん!!」 「えー、褒め言葉なんですけどねぇ。可愛いじゃないですか、ブルドック。」 だってあんなに強面なのに忠犬なのだ。 まさにレヴィさんにぴったり。私がボスならレヴィさん愛護法とか作るんだけどなぁ。私の隣でレヴィさんは子供みたいに「お前なんか知らん!」と繰り返す。泣き顔はブサイク。でも私は結構あなたの事好きですよ、レヴィさん。恋愛じゃないけど。でも恋愛以上に私はレヴィさんを大事に思うし、彼がもしヴァリアーを去るようなことがあったら私も一緒に此処を去ろうと思っている。だって群れを追われた動物は1人じゃ生きていけないのだ。私には動物を救う義務があるのだし。そう言うとレヴィさんは鼻水を啜りながら「やっぱりお前は俺を人間と見てないだろう!」と言い出した。 「あはは、当たり前じゃないですか。」 「っ!!お前とはもう口をきかん!!!絶交だ!!」 両目から涙を流すレヴィさん。 その涙がとても綺麗で思わず舐め取ってしまいたくなる。人間が何だって言うんですか、レヴィさん。人間の何処が優れてるってゆーんでしょう?私はね、あなたがあんな汚らわしい人間と同じ種族だなんて到底思えないんですよ。沢山の犠牲の上に成り立つ事が当たり前だと思っているあの人たちと同じだなんて、それこそ何かの冗談に決まってる。 ねぇ、レヴィさん。 ボスに対する執着だとか、ブサイクな顔だとか、皆から煙たがられても気丈な態度を貫き通す所とか、でも1人になると泣いてしまう泣き虫な所とか、あなたの全てが堪らなく愛おしい。私には全世界の動物達を守る義務があるんです。だから、ねぇ。 「そんなこと言わないでくださいよー。仲良くしましょーよ。」 誰が何と言おうと、たとえボスがあなたをいらないと言ったとしても、絶滅の危機に瀕しているあなたを私は守る義務があるんです。知ってました?私は意外と健気で貢ぐタイプなんですよ。動物に対してのみですけどね。 |
わ た し の 可 愛 い バ ン ビ ち ゃ ん
(あなたが愛おしくてたまらないんですよ)