ソレは虫や鳥を殺す行為と同じだった。 デイダラは悲鳴を上げて赤に染まるソレを見てふと昔を思い出した。 砂糖が荒らされるからと言って蟻の巣を見つけると大人たちは決まって巣に水を流した。デイダラの里がいくら風の国より乾燥していないといってもやはり乾燥はしている。その為食べるものは豊富ではないし第一、高かった。死ぬか生きるか。つまりそういうことだ。食料を守る為には犠牲は付きもの、と。其れを傍から見て育った子供達は実に残酷だ。デイダラもその一人である。流された蟻を見て笑い、もがく様子を見ては優越感に浸る。さも自分は君臨者でもあるかのように。高慢と傲慢の交じり合った目でデイダラは動かなくなっていく命を見つめた。どきどきする。自分の手によって死んでいくモノ。気付いたら悦びさえ感じていた。 ある日人を殺した。 滴る血液を眺め、水に溺れる蟻を思い出す。周りの大人たちは紙のような顔色でデイダラを見る。異端だ、異常だ。そう囁く周りを不思議に思った。彼にとって虫を殺す行為が人に変わっただけだ。何のことはない。「退屈」と言う死にそうな現実を生きる為の犠牲だ。それなのに里のものは自分を異端児だと言う。 「助けてくれっ・・・・・。」 恐怖で引き攣った声。己の血で汚れた顔はひどく醜い。まだ死んでいなかったのか、とデイダラは呆れにも似た感情をそのまま顔に出す。正直飽きてきた。 「お、俺には女房も子供もいるんだ・・・」 「だから?」 「見のが・・・っヒィィィ!!!」 クナイが風を切って男の皮膚を裂く。 溢れ出る鮮血。溺れる蟻。男の引き攣った顔。動かなくなる命。オーバーラップ。 ぞくりとした。同時に感情が消えていく。あるのはあの日と同じ興味と好奇心。 「オイラにはどうでもいいことだな・・・うん。」 残酷に笑いクナイを握る。真っ白な顔をして呆ける男の上から勢い良く右手を振り下ろした。 鈍い音がして首が飛んだ。 アジトに帰ったデイダラを最初に迎えたのは暗く静かなリビングだ。午前三時を過ぎている為他の者はもう寝ている。デイダラは小さく息を付くとソファに身を沈めた。 ひどくだるい。人を殺した後はいつもそうだ。あの瞬間は異常なくらいテンションが上がるのに。身をよじる。濡れた髪やコートから雫が垂れている。アジトに帰る途中川によった。返り血をべっとりと付けて帰ると鬼鮫が騒ぐのだ。に教育上良くないと。良い悪い以前に人を殺す事自体教育上良くないだろ、とデイダラは心中嘲笑したが大人しく従った。面白いのはあんなに無関心なイタチが其れをちゃんと守っていることだ。イタチだけじゃない。サソリもだ。 川に着いたは良いものの服を脱ぐのが億劫だったのでコートを着たまま川に入った。とりあえず髪だけは解く。下流に向かって流れる水を見ていると自分も流されていく感覚になる。力を抜いたら本当に流されていくだろう。其れもいいと思った。結局コートに染み付いた血の臭いだけは取れなかった。 ぽたぽたと衣服から床に水が落ちる。気付けば小さな水溜りが出来ていた。鬼鮫がまた小言を言うだろう。想像して俄かに皺が寄る。そのまま目を閉じるとソファ越しの床から誰かが廊下を歩く音が聞こえた。とたとた。どこか遠慮するような足音。ここに住む者達は足音など立てない。ある人物を除いては。小さく、やはり遠慮がちに開けられるリビングのドア。そこから顔を覗かせたのはだった。秋色の髪が暗い部屋に浮かぶ。はソファに座るデイダラには気付いていないようで目を擦りながらドアを静かに閉めた。このまま気付かずにいるといい。そう思うと同時に気づいて欲しいとも思った。よくわからない感情が胸を掻き立てる。ぽたり、また雫が落ちて不意にと目が合う。眠そうだったの瞳が大きく見開かれた。戸惑っているらしい。幾分目を揺るがせている。やってしまった、デイダラは心の中で舌打ちをする。気付かれたら気付かれたで如何すればいいのかわからない。自分の計画のなさを呪うばかりだ。 「どうしたんだい、。」 とりあえず曖昧に笑ってみるとは目を泳がせた。水でも飲みにきたのかと問うと頷く。顔は下を向いたままだ。ざわり。急に背筋に寒気が走る。もしかしたら彼女は気付いているのかもしれない。いや、気付いたのかもしれない。自分が異端児だと言う事が。今、人を殺してきた事が。咄嗟に右手を隠す。伏せられた目はまるで自分を咎めているようで。 怖いと思った。右手にはもう血は付いていないのに。それでも隠さずに入られなかった。何故だ。みんなやっている。自分だけじゃない。人を殺しているのは。お前の師匠だって何の感情も持たずに人を殺すんだ。そう叫んでやりたかった。は何も言わない。黙って目を伏せている。それがデイダラを否定しているようで彼は怖くなった。デイダラはに話しかけられた事がない。いつも自分が声を掛けている。だからどうというわけじゃない。自分は自分であるしはだ。しかしにとって自分がサソリと同じところにいるとは到底思えない。むしろ嫌われていると思う。自分の昔を知ったらもっと嫌いになるだろう。 無言のままが顔を上げる。そして口を一文字に結び、デイダラのほうへ大股に歩き出した。彼の前で立ち止まると少し目を泳がせたが、意を決したかのようにデイダラの左手を掴む。それに驚いたのはデイダラで。ぐいっと引っぱられればされるがままに立ち上がっていた。それを確認するとが歩き出す。彼女の小幅は狭い。それでも一生懸命に歩くものだから手を振り解くことが出来なかった。そもそも振り払うなど最初から彼の頭の中にはなかったのだが。 の暖かい体温がデイダラに伝わっていく。熱いほどの体温。きっと自分が冷た過ぎるんだと一人苦笑する。 着いた所は風呂場だった。 は脱衣所の電気をつけるとデイダラから手を離し、風呂場に消える。 呆然と立ち尽くしたまま左手を見た。離れた小さい手の感触。段々と消えていく体温。あの、・・・大丈夫ですか、控えめな声が響いた。はっと顔を上げるとがこちらを見ている。風呂場からは水音がした。・・・もう少ししたらお風呂、出来ますから。デイダラは曖昧に笑った。うん、ありがとな。戸棚からタオルを持ってきたにそう言うと彼女は小さく首を振る。 「悪かったな、。あとは大丈夫だから。」 「・・・・そこ、」 「え、あ、うん。」 の視線の先を追うと四十センチほどの洗濯籠があった。中は衣服が満杯になって入っている。座れと言う意味なんだろう。大人しく従うと頭にタオルを掛けられた。それから遠慮がちに小さな手がかかる。痛、くないですか。問われて大丈夫だと言う。しばらく沈黙だけが落ちた。 「あとは自分で出来るからはもう寝ろよ、うん。」 もう一度控えめに言う。にはちゃんと届いていたはずだ。デイダラが口にしたとき髪を拭く手が一瞬止ったから。しかし、聞こえなかった振りをするように手は止まらない。丁寧に髪を拭いていく。 「。」 「・・・・・・・。」 は息を呑んだ。下唇を噛み締めて視線を落とす。デイダラの声は優しいが鋭かった。まるで咎められている気分だ。そして拒まれている気がした。いつもは自分の方が押され気味なはずなのに。タオルを持つ手に一回そっと力を入れ、また髪を拭くため手を動かした。 「いいって」 「そのままだと風邪、引きます・・・・。」 「別にいいだろ・・・。」 「オイラの事は別に気にしなくていい。嫌いなんだろ?」 ぴたりと小さな手が止まった。デイダラは視線を上げない。上げられなかった。 がどんな顔して自分を見ているのか知るのが怖かったのだ。 嫌われなくない。憎まれたくない。憎悪の篭った目で見られなくない。何度もそう思って引き攣った顔に無理矢理笑顔を貼り付けた。疲れたのかもしれない。彼女の前では偽りの自分。本当の自分はこんなに汚いのに。血で穢れ、薄汚れた欲望を持ち、妹に罪を負わせた。醜い。いっその事突き放してしまえばいいかと思って口にしたが、口にしてからやはり言わなければ良かったとデイダラは後悔した。視線を下に向けて俯く。下の床との足が見えた。小さい。子供の足だ。 が息を吸う。はぁっ、と小さく音がした。 何を言うのだろう。何を言われるのだろう。デイダラの内は恐怖と不安で一杯だ。今日殺した男の顔が思い浮かぶ。きっとこんな感じだったんだ。今頃になって彼に罪悪感を感じた。 「デイダラさんは、」 と、小さいのにやけにはっきりとした声が耳の鼓膜を突く。 「・・・・・・・苦手です。」 「・・・・・そっか。」 多分これはの優しさだ。面と向かって嫌いとは言えないから。は賢い。例え嘘でもデイダラの事を好きだと言ったとしてもそれをデイダラは見抜く。それをは知っている。だから遠まわしに肯定したのだ。そう思ってデイダラは自嘲気味に笑った。泣きたい気分になったが涙は出てこなく、変わりに偽りの笑顔が張り付く。 「だって心を読まれている気分になるんですもん・・・。」 思いがけない言葉にデイダラは気の抜けた顔でを見た。嘘をついているのだろうか。そう思ったがの顔は戸惑いが浮かんでいるだけで嘘をついているようには見えない。戸惑いもただ何から話していいかわからない、と言った感じの顔だ。 「デイダラさんは、いつも私が聞きたいと思っている事の答えを私が訊ねる前に言っちゃうから、・・・心でも読めるのかな、って思って、」 「そう思うと、やっぱり読まれたくなくて、でも読まれない方法わかんないし、どうしようかなって思って、その、だから、」 ・・・・苦手です。 段々小さくなっていく声と反比例にの顔は恥ずかしさからか赤くなっていく。眉が下がってどうしようもない、と表情が語っている。そんなを見てデイダラは吹き出した。 よかった。嫌われていなかった。その安心に一気に気が緩んだ。嬉しさがこみ上げてくる。くくっと抑えきれない笑い声が彼女にも届いたのかますます顔を赤らめた。 「・・・・苦手です。」 「うん。」 「本当に、苦手です。」 「うん。」 「イタチさんよりも、苦手です。」 「うん。」 「でも・・・・・嫌いじゃないです。嫌いじゃない。」 「・・・うん。」 抱き締めると一瞬は体を震わせたが大人しくデイダラの腕の中に納まっていた。 柔らかくて暖かい。デイダラと同じ髪色と髪質が彼の頬を撫でる。結局同じ事を考えているのだなぁと。喉から込み上げてくる笑いを抑えながら思う。結局同じなのだ。考えている事は。その事実がひどく嬉しい。 初めての前で本当に笑えた気がした。 |
赤 い 手 を 隠 す