もう何日この森を彷徨っただろう。唯一動く頭でそう考えても答えは出ない。 掠れた視界で見えた空は鈍色。雨音が耳に入る。寒い。 体を預けた木の葉でどうにか雨を防ぐ。欲を言えばあともう少し葉を広げてくれれば足が濡れずに済むのだが・・・。 体はとっくに機能を停止している。指一本動かない。役立たずだ。 生きるんだよ。そう言っての母親と父親は彼女を残して死んでいった。三ヶ月くらい前の事だ。いや、もっと前かもしれない。月日の数え方なんてとっくに忘れた。 「お前こんな所で何やってんだ?」 突然聞こえた声には考え事を一度中断させる。視界には黒いコート。何って、楽しそうに遊んでいるように見えるのか、と非難めいた目を向けるとその人は ふん、と鼻を鳴らしたようだ。 「なんだ、生きてんのか。しぶてぇガキだな。」 確かに今の自分は屍状態であるのは間違いない。あともう少しで屍だ。目が眩む。 走馬灯のように今までの出来事が脳裏を流れた。 生きるんだよ。 その言葉が何度も頭を反響する。反響しすぎて耳鳴りに聞こえた。何がなんだかわからない。寒い。寒い。さむい・・・。 薄れていく意識の中でその人が何か言っている。あとは真っ白だ。 「貴方もろくなものを拾ってきませんね。」 ふと呆れた声にの意識が浮上する。無意識に指を動かすとピクリと動いた。さっきまで動かす事さえ出来なかったのに。驚いて目を開くと白い天井が見えた。そのまま下にさげて行くと二人の男が話している。 「うるせぇな。俺の勝手だ。」 「結局世話は私に回ってるんですから。って、あ、起きたようですよ。」 一人の独特な顔付きの男がの顔を覗きこんだ。普通の人間なら其の顔を見て驚きの一声はあげるだろうがまだ意識が浮上したての事もあっては黙って其の顔を見つめ返した。 「よぉ、まだ死んでなかったんだな。」 横に視線を移せば薄く笑った人がいた。色素の薄い短い髪。声からして森であった人だろう。は曖昧な表情を浮かべる。確かに死んでいないがこれから自分はどうなるのか。そう思うと億劫でしょうがない。恐怖はなかった。ただ億劫だった。 ひとりぼっちで森を彷徨うほうがすっと恐怖だ。 と、行き成り部屋のドアが盛大に開かれ、またもや二人の男が入ってくる。 「旦那ー。子供拾ったんだってー?」 無邪気な笑みで片手を挙げる男はこの中で一番若いのだろう。伸びた髪を独特に結っている。其の後ろには黒髪の男。不思議な目をしているのがベットの上からでもわかった。 「これが噂の子供かい?・・・・へぇ、ホントに子供だな、うん。」 男が興味津々とでも言いたげな表情で身を乗らせた。 が身をゆっくり(やはり体はまだ動くのがしんどい)起こして四人を見ると彼らもを見る。居心地が悪い。思わず視線を落とした。 「・・・・それでどうするんだ、サソリ。」 今まで黙っていた黒髪の男が問いかける。森で会った男の名はサソリと言うらしい。 「何が?」 「決まっているでしょう。その子供ですよ。」 「見たところ忍びでもなさそうだしな、うん。」 「俺の勝手だっつってんだろ。」 「まさか囲うんじゃないでしょうね?」 「世間ではそうゆうのロリコンって言うんだぜ、旦那。」 「鬼鮫、デイダラ・・・・殺されたいか?」 「別にオイラは旦那がその子にあんな事やそんな事しても軽蔑しないって、うん!」 「まぁ個人の趣味ですからね。」 「せいぜい孕ませるなよ。」 「イタチ・・・テメェも死にてぇらしいな。」 会話を聞いていくうちに黒髪の男がイタチで敬語を使う男が鬼鮫、無邪気に笑った男がデイダラとわかった。は黙ってシーツの白さだけを見つめていた。 「おい。」 サソリの苛ついた声音。自分に掛けられた言葉だと気付くのに数秒かかる。おずおずが顔を上げると不機嫌な顔をしたサソリと目が合った。 「名は?」 「・・・・・・。」 三ヶ月以上人と話していなかったせいで随分と掠れた声が出る。人よりは飢えた獣に似た声だ。乾いた声。同時に喉も渇いて気持ちが悪い。数回目を泳がせるとそれに気付いたイタチが後ろに置いてある水差しの水をコップに注ぎ、のそばまで持っていく。渡されたソレを見て御礼を言おうと口を開く。しかし、渇き切って一言も出ない。 とりあえずコップの中の水を飲みきり再度お礼を言おうとしたがなんとなくタイミングを外してしまった。空のコップを持ったまま黙る。 「は森で何してたんだい、うん?」 再び質問され自分は里の追い忍に追われていたことを話した。最初は父と母と一緒だったが三月ほど前に二人とも死んだ事。それからずっと森を彷徨っていた事。 「追われたって事はお前の親は抜け忍か。何やらかしたんだ?」 「・・・何も、してない。」 「何もしないで追われるわけないでしょう。」 「殺されそうになったから、里をでただけ・・・。」 「普通何もしてないで殺されものなのか、うん?」 「んなわけねぇだろーが。、もっと詳しく話せ。」 これ以上何を詳しくすればいいのだろう、と内心首を傾げたがとにかく里にいたときのことを途切れ途切れに話した。 自分には兄がいる事。兄は自分が生まれる前に犯罪を犯して里を抜けてしまった事。自分が生まれてまたあの恐怖が蘇ると里に人たちに憎悪の目で見られた事。それでも両親は普通に育ててくれた事。ある日、本気で殺されかかった事。その為里を出ようとした事。 「世の中何処も危険ですからねぇ。」 「犯罪者の兄貴を家族に持ったのが運のつきだったな、うん。」 「ガキ一人に大人気ねぇな。どこの里だよ。」 「・・・岩隠れの里。」 の一言にデイダラはぎくりとする。まさか自分の里の名前が出るとは思わなかった。それに会ったときから嫌な予感がしている。髪の色だとか顔の造りだとか自分に似てはいないか。偶然といってしまえばソレで終わる事だが里の名が出てきたことで嫌な予感は確信を増していく。 「お前の親の名は?」 デイダラの様子に何か思うことがあったのかイタチが訊くとは目を伏せて戸惑った声で、でもはっきりと言った。 「ザイとセン。」 ひくっ。デイダラが息を詰まらせた。目は驚きと少しの恐怖の色で彩られている。 不幸か幸いかは下を向いていて彼の表情に気付いていない。それよりも体がだるくてしょうがなかった。考えてみれば無理もない。栄養も体力もないのだ。 数秒の沈黙の後、口を開いたのはサソリだった。 「まぁ、過去の事なんてどうでもいい。問題はお前が使えるか使えないかだ。っつっても今の状態じゃどっちとも言えねぇけどな。」 ふんと鼻を鳴らして顎を上げる。 一方、は体が鉛のように重くなっていくのを感じていた。さっきまで動いた指もまた動かなくなっていく。はぁと息を漏らして鬼鮫がを再びベットに寝かせた。 「とりあえず寝せておいた方がいいみたいですね。」 あぁ、とイタチも相槌を打つ。サソリは無造作に毛布を引っ掛けてやり、それから後ろの三人に目を流して 「そろそろいいだろ。もう出ろよ。」 と睨んだ。イタチは軽くとデイダラを見比べ黙って出て行き、やれやれといった風情で鬼鮫が後に続く。 「お前もだ、デイダラ。」 サソリが未だ立ち尽くしたままの彼の腕を取り、無理矢理引き摺った。それでもデイダラの目はを見ている。 と、サソリはさっき彼が笑って言った言葉を思い出した。思わずにやりと笑う。 「なぁ、デイダラ。俺みたいなのを世間では何って言うんだっけ?」 ドアの前で突然そう質問されたデイダラは最初ワケがわからないといった顔をしたが今までの経緯を思い出し、さっと血の気を引かせた。 「だ、旦那・・・」 「軽蔑しないんだろ?」 「それは、」 「じゃぁな。」 薄ら寒くなるような笑顔でサソリは戸を閉める。戸の前には固まったまんまのデイダラが真っ青の顔をして立っている。 |
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