が熱を出して倒れたのは螢惑が外に出て間もない事だった。




慰 め な ん か 






「38度9分。」


歳子、歳世から借りた体温計の表示を見ながらひしぎがわざと聞こえるように強調していった。ひしぎの視線の先には居心地悪そうに掛け布団をひっぱるがいる。
額には濡れたタオルがかかって、ひしぎと目が合わないようにと一心に逸らす瞳は心なしか虚ろだ。


「何で黙っていたのですか。」

呆れと僅かな怒りを混ぜた声に彼女は恐る恐るひしぎを見てすぐ逸らした。


「人の話は目を見て聞きなさい。」
「(ビクッ)・・・ハイ。

彼から発せられるただならない怒気には半泣きだ。いつも通りの無表情のくせに目だけは爛々と光る。それだけで人を殺せるだろう。


「その、全然気付かなかっ「言っておきますけど嘘を吐いたら容赦しませんよ。」
スミマセンゴメンナサイ。

熱からくる汗なのかそうでないのかダラダラと嫌な汗が流れる。別にひしぎだってが熱を出したから怒っているわけではない。熱があったのを黙ったまま仕事をこなしていた事に怒っているのだ。今日は室内勤務だったから良かったもののもし、案内人としての仕事だったら殺されていたかもしれない。想像してひしぎは一瞬身が凍るほどの悪寒を感じた。けれどすぐにいつもの冷静さを取り戻して口を開く。


「ニ、三日安静に寝ててください。」
「あの、仕事は・・・・」
「寝ててください。」
「・・・明日はちゃんと出ます。」
「明日も寝ててください。」
「出ます。」
「寝ててください。」
「出ます。」
寝てなさい。
「・・・・。」


「いいですね?」

強い口調でそう聞くと彼女は眉を寄せて頭まで布団を被ってしまった。熱のせいか随分子供っぽいことをする。ひしぎは長い溜め息をついて眉を下げた。


「健康管理がなってないと怒られると思ったんですか?」

布団を被ったままは首を振る。


「・・・馬鹿にされると思ったんですか?」

それにもまた首を振るので、いよいよひしぎの額に血管が浮き出てきた。気が長いと言っても限度がある。


「だったら何で黙っていたのですか。」


これで答えなければ布団を引っぺがして無理矢理にも問いただそうと硬く決心するひしぎ。しばらく沈黙が落る。そして布団に彼の手が伸びたとき。小さな、小さなの声が聞こえた。




「・・・たかったから。」
「聞こえませんでした。もう一度。」








「見捨てられたくなかったから。」


予想外の答えにひしぎは目を見開く。


「熱出したら、弱くなったらみんな俺を見捨てるんだ。」
「誰もあなたを見捨てたりはしませんよ。」
「嘘だ。」
「嘘じゃありません。」
「だって村正様も螢惑もいなくなってしまった。」
「・・・・・。」
「みんなそうやって俺から離れていく。」




「・・・・もう置いてけぼりはヤだ。」


消え入りそうな声。
ひしぎは何も言えずただ目を伏せていた。何と言ってやればいいのか判らなかった。大丈夫とかそんなことないとか月並みの慰めが頭を横切ったが多分ソレを言っても彼女を癒せない、むしろ傷つけるだけだ。言い知れない無力、とはまさにこのことだろうと思う。




「・・・ごめんなさい。」

ぽそりと聞こえた謝罪に我に返って彼女を見ると、やはり布団を被ったままだった。


「判ってるんです。螢惑たちは見捨てたんじゃないってこと。」
「ただ進む道が違かっただけだって、わかってます。」




でも、と彼女は言った。
息を詰まらせて切実に。






「おれひとりさびしいです・・・。」






が縮こまった。小さく。小さく。小さな体をこれでもかと言うほど小さくして。息を殺すように。嗚咽を殺すように。ひしぎは黙って布団越しに彼女の背中を撫でる。 見た目よりもずっと小さな背中だ。その小さな背中の小さな肩にどれほどの重荷を背負ってきたのだろうか。そしてそれを自分は取り除く事は出来ない。ただこの臆病な案内人の背中を撫でる事しか出来ないのだ。


自分よりも一回りも二回りも違う臆病な案内人を愛しいと思った。同時に慰める事も出来ない自分が酷く愚かに思えた。いつも言葉は喉を抜けて彼女に伝わる事はない。






(私だけはあなたの味方ですから)