壬生の“案内人”を務めて一年ほど経ったある日、は意外な人に書庫までの案内を頼まれた。
“紅の王”それが依頼者の名前だ。普段は目にする事も叶わない高貴な人。そんな人が目の前にいると思うとの小さな身体はさらに小さくなっていく。上の者からは粗相のないようにと言われているが、そんなの経験をつまない限り決して身に付かない。しかも彼女はまだ八つである。書庫までの道のりは特に長いわけでもなかったのだがいつも以上に気を張った所為かどっと疲れが彼女を襲った。紅の王は微笑んで、


「ありがとう、ちゃんと案内できたね。」


と優しくの頭を撫でた。驚いて反射的に後退る。頭を撫でられた事なんて数えるくらいにしかない。しかも目の前の人は壬生の最高権力者だ。如何反応していいのか判らずにいるに王は苦笑した。悲しそうな顔。それにまた驚いて焦ってしゅんとする。謝りたいけど何て言って良いかにはわからなかった。くすりと笑い声が頭の上から聞こえた。


は優しいね。」
(貴方の方が優しいのに。)
の方が優しいよ。」


えっと驚いて顔を上げる。口に出していないはずなのに答えが返ってきた。紅の王は静かに微笑んでるだけ。ついっと彼は本の海へと足を動かした。


。おいで。」


振り返った彼の口元には微笑み。に選択肢はない。彼の紅い目が細まった。が礼を一つとっておずおずと足を進ませる。彼は満足そうだ。彼女が目の前まで来ると紅の王はと同じ視線に合わせてしゃがみ込み、ニコリを笑む。伸びた彼の手がの柔らかい頬を包み込んで覗き込むように顔を近づけた。


「吹雪の目と同じ黒耀の色だね。夜の、闇の色。」
「父う・・・吹雪様と同じ、ですか?」
「父上と呼んでも良いんだよ。事実彼は君の父親なのだから。」
「・・・・しかし、」


ぐっと言葉に詰まって漆黒の瞳を伏せる。あの人にとって自分などどうでもいいモノだ。彼が本当に愛しい人を見つけ、子を召された話は聞いている。その子供を見に行った事も合った。今よりもまだ小さい頃。本家を抜け出してそっと庭を覗いた。その子は母親に良く似ていた。では、自分は?母に似ず、父に似なかった自分は誰に似ているのだろう。誰と繋がっているのだろう。誰とも・・・


の瞳は吹雪と似ているよ。」


そっと暖かい彼の掌がの頬を滑って瞼を撫でた。まるでの思考を読み取っているような、いや見透かされているのだ。全て。彼はその事について何も言わなかったし、周りの大人もその事を彼女に教えなかったがにはわかっていた。しかし驚く事も恐れる事もない。だって受け入れるのは慣れている。


「そ、れは多分、色だけで御座います・・・・。」
「・・・・。」


目の前の王は悲しげに紅い瞳を瞬かせを見つめている。言葉で聞かなくとも彼女の思いは言葉以上に鮮明に響いた。消化しようとして消化し切れなかった気持ちが思いがけない彼の言葉によって膨れ上がってしまったのだ。


「この、黒い色だけがあの方に共通して、それ以上でもなく、それ以下でもないのです。瞳自体が、似ているのではないのです。それにあの方にとっては何の意味のない、詰まらぬものなので御座います。」


伏せたままのの瞳は黒く、縁には透明な雫が今にも零れそうに揺れていた。撫でていた手でソレを優しく拭う。驚いたが目を見開いて紅の王を見つめた。少し哀しみを含んだ微笑みが間近にある。


「・・・愛が、欲しいのかい?」
「あ、い・・・。」


呟いて脳がその言葉を理解した瞬間、ぽろりと涙が黒耀石の瞳から零れた。彼はじっとを見ている。


「ほ、しい です。あの子より少なくていい から、欲しい。でもこんな似もしない子供を、誰が愛などお与えになるでしょう?」


無理に笑おうとして口元を緩めると彼はの瞼をそっと指で下ろさせ、優しく触れるように瞼に口付けた。


「私が愛そう。」


「誰よりも深く、そして時人よりも沢山」








「私が愛してあげるよ、。」




(愛を知らない子供)